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68話 冬の初めの学園祭 その5

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二人は取り合えずレインは放っておくかと掲示物を改めて確認する、二人が見ても中々に面白い読み物となっており、へーと思わず感心してしまった、ソフィアとしては子供のころから慣れ親しんだ神話であったりするが、それでもこうして文章として目にする事は初めてで、改めて読めば中々の教訓を含んだ良く出来た物語であり、初見の物語も多いようだ、思わずニヤリとさせられる、タロウからすると幼少の頃によく読んだ昔話や童話の類に近く懐かしさを感じ、こちらに来て数年経つがこうしてこちらの神話に触れたのは何気に初めてかもしれない、どこぞも似たようなものになるのだなと思いつつもその独特の生臭さと血生臭さ、素朴で理不尽、俗に言うオチの無い小話の集積はなるほど構成も創作も入らない原典とはかくあるべしだなとほくそ笑んだ、

「むー、ヒマー」

しかしミナはやはり落ち着いて見物する事が難しいようで、暫くの間は挿絵を指さして嬉しそうにしていたが、それもあっという間に飽きてしまったらしい、ましてレアンやマルヘリートも相手をしてくれず、レインまでもが不愉快そうにしながらも掲示物を見上げており、遊び相手からも背を向けられればそうもなるであろう、ミナは走り回る事は無かったが結局タロウとソフィアの間に割り込んでブーブーと不満そうに二人の足を抱え込んだ、

「こら、ゆっくり読んでみなさい、面白いわよ」

「うー、つまんないー」

「そう言うな、読めるだろ」

「読めるけどー、つまんないー」

「あら、ミナには読めないのかしら?」

「だからー、読めるけどー、つまんないー」

「んー・・・あー、あれか、背が届かないか」

タロウがそういう事ならとミナを抱き上げるが、それでもミナは不満そうにしており、結局掲示物には背を向けてタロウの肩に身を預ける、

「・・・まったく・・・」

「仕方ないわよ」

タロウとソフィアはやれやれとミナに微笑む、祭りの雰囲気は廊下の人波とその喧噪から感じられるが、この教室はここだけ切り取られたように落ち着いている、祭りの中にあってポッカリと静謐と表現されうる空間となっていた、神を祀る場所としてはそれが正しいのであろうが、ミナは祭りの喧噪こそを楽しんでいたのであろう、羨ましそうに扉から覗くこちらを視野にも入れず廊下を行く人達を見つめている、

「んー・・・そうだなー・・・あっ、神官さんね」

タロウはミナの心底つまらなそうな顔に、ここは一つやってみるかと傍でニコニコと微笑む神官に声をかけた、

「はい、ご質問でしたら何なりと」

神官は嬉しそうにスッと近寄る、

「いやね・・・少し遊んでみたいんだがいいかな?」

タロウはニコリと微笑むと、コソコソと打合せを始める、神官の顔は優しい笑顔から驚きの顔になり、すぐに深刻そうな顔へと変わる、そして暫し沈黙し考え込んでいる様子で、やがて、

「まぁ、信者様もいらっしゃいませんからね」

と渋々と受け入れたらしい、他の神官達もどうしたのかと訝しそうに二人を見つめる、

「ありがとう、では、この絵を使っていいのかな?」

「掲示していない予備のがあります、それを御利用下さい」

「ありがとう、手間かけさせるね」

タロウはニコリと微笑むとミナを下ろして神官と共に簡易祭壇の背後に向かった、

「あら、何かしら?」

「わかんなーい」

ソフィアはすぐに気付いて首を傾げ、ミナはタロウから離れるとソフィアの足に抱きついた、するとタロウと神官が数枚の板を手にして戻り、何やら話し込んでいる、そして、タロウが何やら納得したようで、これなら行けると笑顔を見せると、神官は困った様な顔となった、

「よし、ではー・・・あっ、ミナー、面白い事やるぞー」

タロウがニヤニヤとミナを見下ろし、

「なに?面白いの?」

ミナがピョンと飛び跳ねた、

「おう、多分だけどな、下手だったらごめんな」

「下手なの?」

「そうだぞー、殆ど初めてだ」

「今度はなによ?」

「まぁ見てなさいソフィア君」

タロウがニヤニヤと微笑む中先程の神官が他の同門の神官と共に壁際に寄せられたテーブルと椅子を持ち出し中央付近に並べている、どうやら観客席らしい、他の神官達も突然何を始めるのかと睨んでおりしかし特に口出しをする事は無く、レアンとマルヘリートもどうしたのやらと振り返る、

「じゃ、ミナ、レイン、ほれ、そこ座れ」

タロウは準備を整えた神官に軽く礼を言ってテーブルに板を並べると、懐をまさぐって何やら角材を二本取り出した、ソフィアはそんなものまで仕舞っているのかと呆れるが、冒険者時代は手頃な岩を収納しては焚火に使える等と笑っていた事を思い出し、あれよりは遥かにマシかしらと苦笑いとなる、

「さて、少々騒がしくなりますが、御容赦を」

タロウはニコリと神官達を見渡し、レイナウトもやっと騒がしいなと振り返る、レアンとマルヘリートはいつの間にやらミナとレインと共に席に着いていた、どうやら面白そうな事が始まると子供特有の感覚が自然とそうさせたらしい、タロウはゴホンと咳払いを一つ挟むと、

「さぁ・・・ウン、アーアー、もとい・・・うん、さぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい」

突然威勢の良い大声で喚きだす、一体何事かと神官達は眉を顰め、ミナ達はエッと驚いた顔でタロウを見つめた、

「今日は学園祭の良き日であります、子供も大人も御老人も、ちょいと座って楽しんで、今日の良き日を祝いましょう」

妙に朗らかな口上を述べると角材をバンバンとテーブルに打ち付けた、本来であればそのような騒音は忌避すべき暴力的な騒音である、しかし、賑やかな口上の後のそれは場を盛り上げ、且つ気分を高揚させるものであった、

「さぁさぁ、本日の演目は、創造神様がこの世をお造りになって神様が生まれたお話しになります、大事な大事な神様のお話しだー、お代は見てのお帰りってね、見なきゃ損、聞かねば後悔、静かに座れば一夜の思い出、夢にも見ちまう楽しいお話し、さぁ、座った座った」

とても先程までのタロウとは思えない声音と大声であった、レイナウトはポカンとタロウを見つめ、それは神官達も変わりない、ソフィアは何を始めたのやらと困惑しつつも、どうやらまた変な病気かしらと取り合えず腰掛けた、子供たちは呆気に取られているがすっかりタロウに集中してしまっている、タロウはバンバンとテーブルを叩くと、

「それでは始まります、創世神話の第一章、この世はかくして作られた」

バンバンとテーブルを打ち鳴らし、タロウはサッと重ねられた板の一枚目を起こす、その板には創造神とされる始まりの神の姿が描かれていた、

「創造神は生まれたとき、この世にはなにもありませんでした、ただただ黒い闇の中創造神は一人漂っています、創造神はそれが当たり前だと思っておりました、ただただ小さくなったり、大きくなったり、闇の中で身体を動かしては暇を潰していたのです、ですが・・・ふと思い立った神様は、光あれ、大きく叫びました」

さっと別の板を起こし、バンバンとテーブルを叩きつつ別の木簡を手元に手繰り寄せる、見せているのは挿絵であった、掲示物として掲示されているそれとまったく同一のもので、手元の木簡はその挿絵と連動した逸話が記されたものである、つまりタロウは創造神話でもって紙芝居を始めたのだ、いや、この場合は板芝居と表現するべきか、

「すると世界には光が溢れました、おおっと創造神は驚きます、自分にこんな事が出来るのかと初めて気付いた瞬間です・・・」

タロウは手元の木簡をチラチラと確認しながら芝居を続ける、ミナは不思議そうな顔で挿絵を見ていたが、徐々に引き込まれているようで、その瞳は静かに輝きを帯び始め、レアンやマルヘリートも驚愕の表情はそのままに挿絵と独特の語り口調に集中している、

「しかししかし、創造神は思います、光だけではつまらない、次に、大地あれ・・・大きく高く叫びました」

バンバン、次の挿絵が起こされ、別の木簡を手元に引き寄せる、

「するとあら不思議、創造神の足元には巨大な大地が現れました、創造神は楽しくなってきました、次に海を作り、湖を作り、山を作り、雲を作ります、自然の一つ一つを気ままに作り上げると、一息吐きました、さて次はと創造神は首を捻り、あぁ光が眩しいなと天を見上げて一つにまとめる事にしました、太陽が出来たのです」

物語は流れるように進み、要所要所でタロウはバンバンとテーブルを鳴らす、神官達も思わず見入っていた、創造神話は各宗派ごとの違いは少なく、共通した物語となっており、神官達はその職務上、まず一番最初に丸暗記する場面である、故に何度も聞き、何度も話す内容で、正直飽きている、しかし、タロウの語り口とテーブルを鳴らす材木の切れの良い音は、今まで聞いたそれよりも、話してきたそれよりも各段に気持ちが良く、分かりやすい、何より、楽しいと感じられる程であった、

「こうして、好き放題に作りまくった創造神ですが、やはり疲れてしまいました、さて次は何をしようかと考えますが、その前に一休みと大地に仰向けになって初めて寝てしまいます、とても幸せそうな寝顔でした、しかし・・・」

バンバンとテーブルが打ち鳴らされる、場面展開と、何やら生み出す度に鳴らされるそれは教室を震わせ廊下にまで聞こえていたようで、何事かと廊下には人だかりが出来てしまっていた、そのまま入れば良いのに神殿の出し物という事で遠慮しているのであろうか、しかし、そこをスッと入ってくる者がいる、学園長であった、

「なんじゃこれは?」

学園長はこちらを気にすることなく芝居に集中するタロウを確認し、しかしすぐに、

「ほれ皆さん、皆さんも中へ、遠慮する事はないですぞ、子供さんは前に、席にどうぞ」

と慌てて誘導を始めた、ミナとレアンが楽しそうに見入る姿と、神官達ですらタロウに集中している、これは恐らく見ものだと瞬時に理解したらしい、見物客はそういう事ならと静かに教室に足を踏み入れ、子供達は我先にと席に駆けた、

「ここで不思議な事がおきました、創造神は目を覚まさないのです、どうやらそのお力を使い切ってしまったようで、ピクリともしません、先程生まれてのんびりとしていた平野の民や森の民、山の民に海の民は心配して相談を始めます、しかし、良い案が生まれません、すると、そこに蛇がふらりと現れ言いました・・・」

あっという間にその教室は見物客で溢れてしまった、子供達は席に着いて爛々と光る瞳をタロウに向け、大人達も静かに楽しんでいる、タロウは思った以上に大変だなこれはと感じつつ額に浮かぶ汗を拭いつつ声を張り上げ、やがて終幕となる、

「こうして私達の元には、ウィレムクルミルド神、レスファルトインゲリス神、レンベッキオレスフォ神、シルベウトフォスクッロー神の4人の神様が降臨され、今この瞬間も見守っておるのです」

タロウはそこで言葉を区切り、聴衆を見渡した、全ての瞳がタロウに集まっており、大人数であるにも関わらずしわぶき一つ聞こえない、廊下から伝わる喧噪が静かに染み渡る、

「以上、創造神様の物語でした、御静聴ありがとうございます」

深々と頭を下げ、同時に最後の挿絵をパタンと倒す、静寂が教室を満たし、やがて、

「見事」

学園長が快哉の声を上げて手を叩いた、

「確かに」

レイナウトも大声を上げると手を叩く、

「面白かったー」

ミナの甲高い声が響いて、やがて子供達の歓声と大人達の拍手の音が教室を大きく震わせたのであった。
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