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68話 冬の初めの学園祭 その3

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「あれー、ウシとブター」

生徒達の手記を一通り読み終え、レアンはゆっくり読みたいぞと学園長を捕まえた、であればと学園長はまた別途複写したものを用意致しますとニコリと答える、レアンが満足そうに微笑んだ所で、ミナが突然駆け出した、ミナは手記にまるで感心が無かったようで、ソフィアが床に下ろした途端、こっちーと誰にともなく叫び人混みの中を器用に搔い潜り鼠か猫のような俊敏さでもって学園の奥に向かった、ミナはソフィアが止める声も勿論聞かずに一目散に駆け続け、やがて学園の最奥にあたる家畜小屋へと行き着いた、そこはまだ見物客はまばらのようである、恐らく家畜小屋に行き着くまでに他の出展物の前で足を止めるからであろう、

「もー、ミナー、いい加減にしなさい」

何とか追い付いたソフィアがミナを叱りつけるが、ミナはどこ吹く風と柵にすがり付き、

「あれー、ウシー、あっちがブター、ソフィー、みてー」

と必死の形相である、

「はいはい、どうしたの急に?」

「見てー、あれー、あっちの大きいのがウシー、丸っこいのがブタなのー」

ソフィアを見上げミナは短い腕を大きく振り回す、

「もう・・・どれ・・・あら・・・おっきいわね、あれがブタ?」

「違うー、あれはウシー、茶色のー、大っきいのー」

「あー、あれがウシ・・・へー、のんびりしてるわねー」

「でしょ、でしょー、で、あれ、あれがブター」

「あの黒いの?」

「それー、おっきくなると黒いんだってー、赤ちゃんだと赤いのー」

「へー、ミナ詳しいわねー」

「そうなのー、教えて貰ったー」

「そっ、良かったわね」

「うん、でねでね、あっ、お嬢様ー」

ミナはやっと安堵の笑顔を浮かるとあっさりと標的を代えた、のんびりとした足取りで遅れて着いたレアンの元に駆けつけ、その手を取ると強引に柵に引っ張って来る、

「興奮するでない」

「してないー、あれ、あれがウシー、あっちがブター」

嬉々として繰り返すミナにレアンはやれやれと大人びた笑みを浮かべるがすぐに、

「おおっ、なんじゃ、あの獣は?」

「だから、ウシー、あっちがブター」

「初めて見るな、うん、なんじゃあれは、飼っているのか?」

「そうなのー、えっとねえっとね、ブタは食べるんだってー、で、ウシはミルクがいっぱい出るのー」

「ほう、そうなのか?」

「そうなのー、お姉様ー、お姉様もー」

ミナはレアンはこれで良いと今度はマルヘリートを標的にした、マルヘリートはすでにレアンの背後で優雅に草をはむ牛を眺めており、

「あれがウシ?」

「あれー、茶色のがウシー」

「あれがブタ?」

「黒いのがブター」

「へー・・・大人しそうねー」

「そうなのー、でもね、でもね、ブタの赤ちゃんはうるさいのー、ブーブーって」

「ぶー?」

「うん、あっち、あっち」

ミナはレアンとマルヘリートの手を取ると強引に家畜小屋へ引っ張っていく、

「こりゃ、分かったから落ち着かんか」

「もう、そんなに慌てないで大丈夫よ」

二人はまったくと微笑みつつも従っている、そこへ、

「ほう・・・聞いてはいたが実際見ると違うものだな・・・」

レアンとマルヘリートが空けた場所にレイナウトがスッと入り、ライニールもへーと不思議そうに放牧場内を見渡している、ライニールの記憶からすればこの場所はかつて馬場であった筈で、しかし、ライニールの在学中にはここで馬が遊んでいる姿は見たことが無く、三人が向かった家畜小屋も確か倉庫であった筈である、

「あら、番頭さんは御存知でした?」

「おう、いや、タロウ殿に聞いたのだ、他国にな良い家畜がいると言っておったが、それじゃろ、ウシとブタじゃな?」

「そのようですね、私も見たのは初めてですね、話しでは良く聞いてましたけど、実際に見ると結構大きいんですね」

「そのようじゃな・・・いや、しかし、大人しい・・・タロウ殿がな家畜としても優秀とは言っておったが・・・ふむ、興味深いな」

「そうなんですね、確かミルクがどうとか、肉が美味いとかとは聞きましたけどね、へー、でも、のんびりしてますね」

「フハッ、確かにな、ここだけあれじゃな、街中とは思えん風景じゃな」

「ですねー」

三人は適当な感想を口にしながらボウッと牛を眺めてしまう、牛はまるでこちらを気にする様子は無く、放牧場の隅に茂る雑草を口にしており、豚は豚で土に塗れて転げたり、鼻の先で穴を掘ったりと好きに遊んでいるらしい、何とも長閑な光景であった、

「ソフィア、あら、番頭さん、ライニールさんもお疲れ様」

不意に声をかけられた三人が振り向くと、そこにはタロウがのほほんとした顔で微笑んでいた、

「あら、来たの?」

「おう、タロウ殿」

「これは、お世話になってます」

三者三様の反応に、

「はい、お世話になっております」

タロウは取り合えず会釈で答えた、

「なんじゃ、主まで来ているとはな、見物か?」

レイナウトがニヤリと微笑む、

「いえいえ、一応毎日顔を出すとこちらの責任者にも約束しているものですから、ほら、家畜とはいえ慣れない動物ですからね、飼育に慣れるまでは様子を見ようかと」

あれの為ですよと牛と豚を視線で示す、

「ほう、勤勉じゃな、良い事だ」

「あら、そんな約束したの?」

「一応ね、まぁ、こっちの先生達は優秀だから、その内邪魔にされるだろうけどさ、顔だけは出さないとってね」

「そっ、あっちはいいの?」

「おう、そっちは済んだよ、特に変わりはないかな、だからさっさと逃げて来た」

「それならいいけど」

ソフィアは納得したのか視線を戻す、二人の言うあっちだそっちだとは荒野の施設の事であり、そこに常駐しているルーツの事でもある、

「すいません、タロウさん、で、あの獣はどういう獣なんですか?」

ライニールが居ても立っても居られずに口を挟む、レイナウトの手前遠慮するべきなのだがどうやらレイナウトは詳しい事を聞いている様子で、ライニールはまるで初見で初耳も良い所であった、

「あぁ、あれはね」

とタロウは解説を口にする、それは実にあっさりとしたものであったが三人はなるほどと頷いており、

「すると、あれか、ここを中心にして広めていくつもりなのか?」

レイナウトがタロウを睨んだ、

「そうですねー、ほら、あれです、こっちでの飼育実績を作りまして、それからその知識も含めて広げていこうと先生とは話しておりました、ですのでここを中心にして・・・というのは間違ってないですが、恐らく半年もしない内に農家さんに豚の飼育はお願い出来るかなと算段しております、胸残用ですけどね、牛はもう少し時間がかかると思います、そちらも順次・・・なので、他の街にもそのまま伝播していくものと思いますよ、特に豚は飼育の手間がかからない方ですから、何でも食べますし、多産です」

「なるほど・・・するとあれか、ここで商売をしようという訳では無いのか?」

「私は商売人ではないですよ、ただ、牛も豚も美味い肉です、私としては安定して食べたいと望んでいるだけでして」

タロウはニコリと微笑み、ソフィアの隣りに立つと放牧場へ視線を投げた、

「それは聞いていたな、しかし、そうか、美味いのか」

「美味いですね、厳密には牛は別の牛を食します、こちらに連れて来たのは乳牛といってミルクを絞る為の牛なので、また別途肉牛は調達する予定ですね」

「何か違うのか?」

「味が違います」

「なんだ、あのニュウギュウは不味いのか?」

「そういう訳では無いのですが・・・気にしなければいいという程度なんですけどね、まぁ、そういった点も含めて試行錯誤が・・・こちらの習慣に合わせたものですね、それが必要だと思うのですよ」

「・・・かもしらんが、なんだそれで誤魔化したつもりか?」

「その通りです、基本的にはこちらの先生に任せてしまいますので、上手い事やってもらえるでしょう、私はほら飼育までは専門としてませんから」

「・・・なるほど・・・」

「すいません、その飼育の計画等は教えて貰えますか?御館様に報告したいと思うのですが」

ライニールがやや興奮気味にその職務を思い出したらしい、

「えぇ、家畜小屋の中に先生が、ルカス先生は御存知ですか?」

「あっ、はい、お名前は・・・直接御教授頂いた事は無いですが」

「では話しが早い、先生から仔細は伺って下さい、お嬢様達は乳しぼりをしてますよ」

タロウがニコニコと微笑む、

「乳しぼり?」

「ウシのか?」

「はい、是非、番頭さんも、楽しいですよ、搾りたてを飲めます」

「なんと、なんじゃ、あれか、そういう趣向か?」

「そんな高尚なものでは無いですよ、牛に馴染んでもらう為のちょっとした遊びです、やはり直接触れるだけで親しみが湧くでしょう?その程度ですよ、番頭さんも如何ですか?」

「如何と言われてもな・・・」

「そう・・・ですね?」

レイナウトとライニールが同時に首を傾げた、片方は生粋の貴族、片方は生粋の小役人である、家畜の世話と言えば馬の事で、無論動物を問わず乳しぼりなどやった事は無い、精々その作業を遠目に見かけた事がある程度であったりする、

「あら、大人二人が何を怖がっているんだか」

ソフィアがニヤリと振り向いた、

「あら、自信ある?」

タロウがニヤリと微笑む、

「何言ってるのよ、こちとら田舎育ちの農民よ、乳しぼりなんか嫌って言ってもやらされたもんだわよ」

フンスとソフィアが胸を張った、何処か嬉しそうですらある、

「そっか、いやな、昨日な、ミナとレインが挑戦したんだが上手く無くてな、グルジアさんもそこそこで、レスタさんは上手いもんだったぞ」

「あら、良家のお嬢様と比べられるとは光栄ね、ふふん、じゃ、いっちょ空にして見せましょうか」

ソフィアは鼻息を荒くして腕まくりを始めた、やたら気合が入っている、

「それは困るかな、大事な出し物だからさ、程々に頼むよ、じゃ、皆さん、こちらへ」

タロウが先に立ち、三人が家畜小屋に入ると、

「お嬢様へたっちょー」

「なにをー、ミナよりは搾れておるわ」

「そんなものじゃなかったですわよ、先生のは」

「それはそうでしょう、手が小さいのです」

「それは関係無いじゃろうな・・・」

「レインもまで何を言うかー、似たようなものであろう」

「あら、楽しそうね」

「だねー、あー、先生、そろそろお客さんが来てるから、誰か表にも居た方がいいかもだねー」

タロウは速足になってレアンの作業をニコニコと見下ろすルカスに声をかける、

「あっ、そうですね、えっと、ではお願いできますか?」

ルカスは振り返って同僚の講師に指示を出す、その講師は笑顔を浮かべてそそくそさと表に向かった、

「それと、こちらライニールさん、話しを聞きたいって」

「はいはい、あっ、確か説明会の折りに登壇された・・・」

「はい、ライニールと申します、クレオノート伯家の従者であります」

「なるほど、確かこちらの卒業生・・・」

「そうなります、こちらに世話になっている間は先生とは縁が無かったのですが、是非、こちらのウシとブタですか、お話を聞かせて頂きたく」

「それは光栄です、では、どこからお話すれば」

ルカスとライニールが話し込んでいるその後ろでは、

「わっ、ソフィー、上手ー」

「ふふん、山羊と一緒ね、たまにやると気持ちいいわねー」

レアンと代わったソフィアがジャージャーと勢いの良い音を立て始めた、

「あー、ソフィアさん、手加減しなさいよ」

タロウが困った顔で見下ろした、

「えー、始めたばかりでしょー」

「そうだがさ、他のお客さんの分もあるんだから」

「大丈夫よこんなおっきいお乳なんだから、しかし、見事なお乳だわねー」

「そうですよねー、ミナちゃんの顔より大きいですよ」

「タロウのよりおっきいのよー」

「それもそうだ、ミナちゃんと比べちゃ駄目ね」

「まったくじゃな」

「ほら、ソフィア、もういいだろ、番頭さんと代わってあげないと」

「えー、もうちょっとー」

「もうちょっとー」

ソフィアが珍しく駄々をこね、ミナが嬉しそうに真似をする、

「おいおい・・・あー、ほら、搾ったミルク飲んでみるか?」

「うん、飲む、美味しかったー」

「そうなのか?」

「うん、昨日飲んだー、あまーいのよー」

「甘い?」

「あまくて美味しいのよー、ねー」

ミナが満面の笑みでタロウを見上げる、

「そうだな、山羊のミルクとはまた違うからね、だから、ソフィア、その辺で」

「えー・・・もう一搾り・・・」

「あーもう、ミナ、レイン、ソフィアを止めろ」

「分かったー」

「しょうがないのう」

バタバタと騒がしい一行の前で、搾られている当の雌牛は臓腑の奥から込み上げた特大のゲップを何とも気持ちよさそうに吐き出した。
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