私は貴方から逃げたかっただけ

jun

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扉の向こうのあの人

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次の週の土曜日、名取先生から紹介状を受取りに正彦と病院に行った。

先生とのやり取りは、今はしていない。
でも、
「たまに赤ちゃんの様子を教えて頂けたら嬉しいです。私もまた素敵な写真が撮れたら谷川さんに見てほしいですから。」
と先生が言った時の、雅彦の顔は面白かった。

「どうかお元気で。元気な赤ちゃんを生んで下さいね。谷川さんも無理なさらないように。」

「先生もお元気で。本当にお世話になりました。本当はこの病院で産みたかったです。」

「そう言って頂けるだけで嬉しいです。
お身体に気をつけて。」



診察室を出た私達は、またもや雅彦が私の手を取り、待合室まで連れて行き、会計を待ってる間、

「なんでああいう事言うかな~俺が横にいるのにーーー!」

「だってホントにここで産みたかったから。」

「絶対絶対、俺が居なかったらくっ付いてた!」

「はいはい、先生が私を選んでくれてたらね。」

「もう!麻美は意地悪だ!」

「ヤキモチもいい加減にしないと怒るよ。
貴方はお腹の赤ちゃんのお父さんなんだよ。しっかりしなさい。」

「はい…すみません…不安なんです…。
ずっと会えなかったし、声も聞けなかったし、何が何だか分からなくなってたし、麻美は妊娠してるのも知らなかったし、イケメンに狙われてるし、もう何処にも行かないで!」

手を握り、今にも抱きつきそうな勢いで怖い。

「もうどこにも行かないよ。あの人の事もちゃんとしないと。」

大騒ぎした後、最後の荷物を取りに家に戻った。
掃除は母が来てくれてやってくれた。

荷物は私の着替えくらいだったので、宅配便で送り、手荷物と雅彦の荷物はレンタカーを借り、乗せた後、お世話になった瑞希の家を見た。

ここに来た時は、雅彦と元に戻るとは思っていなかった。

二人で一礼した後、車を出した。


ゆっくり休みながら大阪の実家に戻り、一泊した雅彦は東京に帰って行った。

瑞希にお土産を渡しに行って、電話では話していたが、詳しく話しながら、瑞希は怒ったり心配したりと忙しかったが、
「本当に良かった…麻美ご元気になって良かったーーー」
と酔っ払って泣いて眠ってしまった。
瑞希には本当に甘えてばかりで、その上心配もかけて、頭が上がらない。

「麻美、携帯の留守電に残ってた音声データもメッセージも着信履歴も全部まとめといたから!矛盾点も全部まとめといたから、弁護士にこれ渡して。あの女にトドメを刺してこい!」
と言って送り出された。


そして、私は父と友利先生と東京に向かっている。

友利先生の後輩の方の弁護士事務所にあの人と雅彦、父、友利先生が揃い、私は隣りの部屋で待機している。

そこであの人の話しを聞こうと思ってここまで来た。

どうしても聞きたかった。
どうして雅彦だったのか。
あそこまで私を追い詰めた理由を聞きたかった。

そして、隣りの部屋では友利先生が口火を切ろうとした時、

あの人が、

「麻美ちゃんは来ていないんですか?一番の当事者なのに?
私、直接話したかったのに。彼女の顔を見て話したかったわ。」

と言った声を聞いた時、私の身体はカタカタと震えた。

自分を抱きしめ、私への攻撃を未だにやめないあの人に、負けないように歯を食いしばった。

友利先生は一番の矛盾…エコー写真の事を聞いた。

「岡田さん、今日母子手帳持ってきて下さいと言いましたが、持ってきましたか?」

「プライベートな事なので、見せたくありません。」

「じゃあ何か妊娠しているという証明出来るものはありますか?」

「今はありません。」

「赤ちゃんのエコー写真とかはお持ちじゃないですか?」

「あーー、バッグに入ってるかも。」

「見せてもらえますか?」

「それなら良いですけど…」

ガサガサと音がし、バッグの中から出しているんだろう。

「これどうぞ。」

「ありがとうございます。お預かりしますね。」

「岡田さんは定期的に病院には行かれてるんですか?」

「はい。大事な赤ちゃんなので。」

「最近ではいつ頃?このエコー写真は先月みたいですね。」

「そうです。今月はまだ行ってないので。」

「じゃあこのエコー写真は先月の写真なんですね。」

「そうです。もう大きくなってきてますね。」

「ちなみに今は何ヶ月なんですか?体調とかは大丈夫ですか?」

「体調は大丈夫です。今は何の時間ですか?これからの事を話すんじゃないんですか?」

「このエコー写真の見方って岡田さんは知ってますか?」

「は?」

「この写真には赤ちゃんの情報がたくさん載ってるんですよ。例えば今何週目なのか、予定日はいつなのかとか。」

「え?」

「この写真を見ると、27w3dってありますね。27週3日、先月なら30週にはなってますね。7か月以上にはなりますね。
さて、貴方と佐々木さんが関係を持ったと言われる日はいつでしたか?」

「・・・・・」

「私が聞いた話しでは6月の初旬です。
その時であれば妊娠20週くらいですかね。
何か言う事は?」

「ハア~やっぱりもうダメか。」

「ダメとは?」

「エコー写真からバレるなんて思わなかった。ちゃんと見れば良かった。一度もちゃんと見た事なかったから、気付かなかった。
別に雅彦くんと結婚したかったわけでもないし、上手くいったらラッキーくらいにしか思ってなかったから、もう麻美ちゃんへの付き纏いや嫌がらせはしません。
すみませんでした。」

「では、岡田さんは佐々木雅彦さんと谷川麻美を騙し、結婚式をキャンセル、婚約を解消させ、麻美さんに対して何度も電話やメール、メッセージを送り、麻美さんが入院せざるお得ないほど体調を崩させ、実家まで押しかけ、挙句に避難した麻美さんを高知まで追いかけたって事ですね。」

「そうです。認めます。慰謝料は払います。」

「後、佐々木雅彦さんに対し、待ち伏せなどの付き纏い、妊娠していると脅し、麻美さんとの連絡をさせないようGPSを使い邪魔をし、谷川さんの家族から佐々木さんが恨まれるように誘導し、本当の事がバレないように工作していましたね?」

「はい。そうです。」

「岡田さんはどうして佐々木さんを騙そうと思ったんですか?」

「別に誰でも良かったんですけど、たまたま彼氏と別れてすぐに目の前でイチャイチャしてたのが、二人だったからです。」

「たったそれだけで、あれだけの嫌がらせをしたんですか?」

「やってるうちに楽しくなってきてしまって。イライラが治ってスッキリしました。」

「分かりました。それでは谷川家、佐々木家に多大な迷惑をかけた事を自覚し、慰謝料も払う、という事でいいですか?」

「はい。」

「分かりました。それでは最後に、佐々木さん、谷川さんのお父さんに何か言う事はないですか?」

「大変ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした。」

「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」

「はい」

「麻美は今妊娠しています。貴方に妊娠を告げられた時にはすでに妊娠していました。
貴方からの執拗な嫌がらせに体調も崩しました。それを聞いてどう思いますか?」

父の声が聞こえた。
その問いに、

「え?麻美ちゃん妊娠してたんですか?おめでとうございます!」

「それだけですか?」

「え?おめでたい事ではないんですか?
ひょっとしてダメになってしまったとか?」

「クッ、・・貴方のせいで具合の悪くなった娘には何の言葉もないと?」

「申し訳ないとは思っています。あんなに仲良かったのに、一言言っただけで、こんな風になった事に驚きました。」

「貴方とは会話ができませんね、ありがとうございました。もう一言も貴方からの言葉は聞きたくありませんので。
私も含め、妻、息子、そして娘は貴方からの精神的苦痛による慰謝料請求を求めます。」

「同じく、両親と僕も貴方からの精神的苦痛による慰謝料を請求します。」

「なんでよ!私は二人に払うって言ってるのに、なんで家族の分も払わなきゃならないのよ!」

「裁判しても良いです。長期になっても良いです。とことん戦います。
絶対に許せないし、許さない。」

「私もとことんやります。あんたの事は死ぬまで許さない!」

「というわけですので、書類が整い次第また事務所に来ていただきます。

今日の貴方の態度次第で、結婚式のキャンセル料、入院費、佐々木さんの移動費、麻美さんの移動費、少しの慰謝料で済ませるはずでした。
ですが、貴方は反省どころか子供の父親の既婚者の方から貰った大金がある事で、払えない額ではないと思ったんでしょう。
先程の内容でしたら払えたかもしれません。ですが、貴方は7人から訴えられました。
店を売っても足りるかどうか…。
納得出来なければ裁判になります。」

「ちょ、ちょっと待ってよ!なんで7人よ、おかしいわよ!」

「一人100万だとしても700万、キャンセル料が100万、諸々合わせると1000万くらいになるかもしれません。
お店やっていけますか?売るしかないなら良い不動産紹介しますが?
でも、貴方も妊娠されています。
貴方が慰謝料として貰ったお金が、500万でしたか?
あの店良かったですね、貴方名義になってますからなんとかなりそうですね。」

「わ、私、本当に、すみませんでした!
本当にすみませんでした。許して下さい。
もう二度とみなさんの前には顔を見せません。だから、全財産だけは勘弁して下さい。

本当にすみません。
麻美さんにも謝ります!
土下座でもなんでもします!
すみませんでした、すみませんでした。」

「麻美さんは貴方の姿を見たり、声を聞いても怯えるほどトラウマになってしまっています。それほどに貴方は麻美さんを傷付け、追い詰めたんです。
全財産でも足りないほどです。」

「子供も生まれるんです。すみません、すみません。」

「お金が無くなると分かると、これですか。貴方の謝罪は薄っぺらく、表面だけのものだというのが、よく分かります。
後日、正しい金額を提示します。
ご両親にも来ていただきます。
では、今日はこれで終了です。」

「麻美さんのお父様、雅彦くん、本当に申し訳ございませんでした。」

「あんたは本当に分かってないんだな、俺に謝っても仕方ない。あんたが謝るのは俺の娘にだ。俺に謝っても意味はない。
娘の体調が良ければ、優しい娘はあんたを許したかもしれない。
でも、あんたが追い詰めて、トラウマになるまで追い込んだおかげで、一生あんたとは会えないようになった。
謝りたくても謝れない。
減刑も出来ない。自業自得だな。
電話、手紙やメール、その他を使って娘に連絡しようものなら慰謝料は追加する。忘れんな。」

「岡田さん、ご両親が来た時、改めて説明し、金額の事も話し合っていきます。
本当に申し訳ないと思うなら、払わなきゃならない金額がどれくらいになるのか分かると思いますよ。貴方は一歩間違えば、麻美さんもお腹の子も死なせていたかもしれない事を忘れないで下さい。」


隣りの部屋で全部聞いていた私は、最後は身体に力を入れ過ぎて、腕に痕がつくほど掴んでいた。

父と雅彦が慌てて入ってきた時、ようやく力を抜けた後、意識がなくなった。















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