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三章 ギルド

常識外れの判断

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 カールが生成した魔法陣から無数の水弾が放たれた。しかしそれは四騎の盗賊に直撃させるためではなく、あくまでも馬の足を止める為の威嚇であり、進行方向に着弾した水弾に驚いた馬たちは棹立ちになってしまう。

「ミラ! 馬車と止めろ!」
「はいっ!」

 賊の足と止めたカールは、ミラに馬車の停止を指示すると、幌馬車から飛び降り賊の方へ向かって走った。次いで、チューヤ、マリアンヌも続いた。

「あんなの、誰か一人で十分でしょうに」

 呆れたように三人を見送るスージィだが、彼女はクライアントを守るために残ったのであり、決して仕事に対して消極的になった訳ではない。
 暴れる馬を必死に落ち着かせようとする盗賊達にあっという間に接近したチューヤが、手始めに一人を飛び蹴りで馬から蹴り落とすと、カールもかなり手加減した水弾を二発、二人に顔面に直撃させ落馬させた。
 さらにもう一人をマリアンヌが蹴り落とした。それを見ていたカールが呆れ顔で言う。

「馬上の人間を蹴り落とすとは、チューヤはともかくマリも随分と感化されたものだ」

 確かに馬上の敵を蹴り落とすという事は、普通に考えてもありえない高さのジャンプをしているので、馬に乗っている側としてはまさかの攻撃だ。

「ちっ、いいじゃねえかよ。殺さずに無力化出来たし馬も無事なんだからよ」

 そう言いながら、チューヤは一頭の馬に跨り落ち着かせていた。また、カールとマリアンヌもそれぞれ馬に跨り宥めていたが、一頭は走り去ってしまった。

「おい、そいつら拘束してくれよ」
「うむ」

 落馬して痛みに苦しんでいる四人に、カールが手枷を嵌めていく。氷で出来たカール特性の手枷だ。当然冷たく苦痛を伴わせるあたり、敵には容赦しない苛烈さが見てとれる。いや、命を奪わないだけ十分容赦はしているのかもしれないが。

「流石ね」

 そこへ馬車が戻ってきた。降りてきたスージィが手際を褒めるが、チューヤは浮かない顔だ。

「お前も来れば一頭逃がさなかったのによ」
「クライアントを放置していける訳ないでしょ!」

 そんなやり取りが始まりギャーギャー言い合いをしている横で、アンドリューがミラに訊ねた。

「なあお嬢さん。なぜ迎え撃たないで馬車を加速させ突破したんだ?」

 彼からすればミラの行動は謎だらけだ。前方にいる盗賊を察知していながら引き返すでも止まるでもなく、加速させて強硬突破した。そうなると、速度に勝る盗賊の馬に追いつかれ窮地に陥るのは想像に難くない。

「ああ、それはお二人を戦闘に巻き込まない為です!」

 悪びれる事もなく、笑顔でミラはそう言う。
 のんびりと走る幌馬車を襲うつもりだった盗賊は、まさか加速して向かってくるとは考えていない。異変を感じた時には最高速で走る幌馬車が目の前を通り過ぎた後だった。しかしそれだけならば身軽な自分達の馬の方が速い。盗賊達はそれほど焦る事もなく馬車の後を追う。

「そのまま見逃してくれれば良かったんですが、このおバカさん達はやる気満々で追って来ちゃったので」

 後は見た通りだ。

「なるほど。一旦賊と距離を置いて我々の安全を確保する目的もあって馬車を加速させた訳か」
「はい!」

 何とも大胆な判断だった。いや、全てが計算ずくという事だろうか。

「まあ、あのまま馬車を止めて迎え撃っても良かったのですが、あの段階ではまだ待ち伏せや増援がいるかどうかが分かりませんでしたので」

 つまりミラは今制圧した四人以外の増援の可能性を考慮していた事になる。

「ではあのまま挟み撃ちに遭ったらどうするつもりだったんだ?」

 アンドリューは特に責めている口調ではなく、純粋に興味本位という感じでミラに訊ねた。どうせこの少年達ならどうとでも出来るだろうという、ある種諦めにも似た感情もあったからだ。

「んー? 別にどうもしませんね。更に前方に敵がいた場合は、後方の敵は生け捕りなんて生温い事はせずにカール様が瞬殺していた事でしょう。三秒もかからず終わります。後は前方の敵に全火力を集中すれば問題ありませんね!」

 ミラの言葉には妙な説得力があった。スージィやカールの実力の一旦は身をもって味わった。チューヤとマリアンヌの実力は今一つ分からないが、全員が揃ってチューヤをリーダーに推した事から、彼の実力も疑うべくもないだろう。
 だが疑問はもう一つある。

「君はどうしてあの四人が盗賊だと分かったんだ?」
「んふふ~。ミラは出来るメイドですから!」
「そ、そうか」

 全く答えになっていない事をドヤ顔で答えるミラに、アンドリューは頷くしかなかった。
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