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三章 ギルド

トラブルは留守に起こる

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 盗賊四人は後ろ手に拘束したままそれぞれ二人ずつ馬に乗せ、残りの一頭の馬にはチューヤが跨った。そしてその後ろにはマリアンヌ。これはなぜかチューヤには無条件で馬が従うらしく、さらにチューヤが乗った馬には他の馬も従うというおかしな主従関係が出来上がった事による。マリアンヌがチューヤにベッタリなのは最早日常に溶け込んだ光景なので誰も突っ込まない。当たり前すぎて当のチューヤですら受け入れている節もあり、マリアンヌの勝ちという見方も出来るか。
 これにはチューヤも不満を述べたが、馬がそういう風になってしまうのだから仕方がない。幌馬車の横を三頭の馬が並走する形になっている。

「チューヤ様は馬術もいけるんですね!」

 御者席で手綱を握りながらミラが話しかけると、チューヤも不思議そうな顔で答えた。

「いや、習った事はねえよ。ただ何となく出来るような気がしただけだ。ちゃんと言う事聞くし、可愛いモンだよな、こいつらも」
「チューヤだもん。これくらい当然さ」

 チューヤがそう言ってポンポンと馬首を叩いてやると、馬もそれに答えるようにぶるるっと嘶いた。マリアンヌのドヤ顔は謎だが。

「ホント、懐いてますねえ」
 
 それは馬の話なのかマリアンヌの事なのか、どちらともとれるミラの言葉はとても長閑な雰囲気を醸し出す。
 しかし長閑な会話をしながら進んでいるが、チューヤの馬の後ろにはコワモテの男が拘束されて護送されているというシュールな光景だ。そのシュールな一行は、やがて牧草が生い茂る草原が見渡せる場所まで進んできた。
 しかしその草原には盛んだと言うのに放牧されている羊が一頭も見えない。

「変異種に怯えて羊達を閉じ込めている訳か。羊のメンタルが心配だな」
「そうですねえ。早く変異種をとっちめて、平和を勝ち取りましょう!」
「うん、そうだね!」

 チューヤの言葉を受けたミラとマリアンヌがぐっと拳を握る。これがギルド設立後の初仕事だ。ミラも含めて気合の入り方が半端ではない。
 

「これは初仕事っていう事以上の意味があるわよね」

 スージィが隣に座るカールを横目で見ながらそう語る。

「何の事だ?」
「もう、素直じゃないんだから。そこは意地張っても仕方ないんじゃない? チューヤのあの男意気を見習いなさいよ」
「む……」

 とぼけるカールをスージィが窘める。それを見ていたアンドリューとジョージが不思議な顔をしている。

「あの、一体どういう……?」
「四人ともイングラや他の村に何か関係があるのか?」

 ジョージが恐る恐る問いかければ、アンドリューもそれに追従する。ピットアインのギルド事務所のチューヤの決断、そして今のスージィとカールの会話から、この案件に関しては何か思い入れでもあるのではないかと思われるのだ。

「さあな。それはまだ分からない」
「そうね。どう転ぶか分からないけど、これから来るっていう領主様に恩を売っておくのもいいんじゃないかと思って」

 なんともハッキリしない物言いだが、二人の言葉にはどこか確信めいたものが感じられた。アンドリューとジョージは、やはりアストレイズというギルドはこの村、もしくは領主に何か縁があるんだろうと結論付けた。
 
 そんな間にも馬車は進み、遠目にだが村落が見えてきた。しかし、どうにも様子がおかしい。

「みなさん! 村の様子がおかしいです! 飛ばしていきますよ!」

 御者席のミラからそう声が掛かると、馬車がぐんぐんと加速していった。

「俺達は先行する!」
「はい! お気を付けて!」

 この中では一番馬が速く走れるチューヤが馬の腹を蹴ると、ギャロップ状態から一気に加速していく。ミラの返事にはマリアンヌが後ろ手に手を振って応えた。
 やがて村の様子が明らかになってくる。村人の叫び声や悲鳴。そして獣の咆哮――というか、随分と野太く凶悪に聞こえる羊の鳴き声。畑を荒らし走りまくる変異種が巻き起こす土煙。

「直接村が襲われてるよ!」
「分かってる! 振り落とされるなよ!」

 チューヤの腰にしっかりとしがみ付いたマリアンヌ。そのマリアンヌの魔眼が見た光景は、農具を持って変異種に立ち向かうも弾き飛ばされる農夫の姿だった。
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