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三章 ギルド
初依頼
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「実は、村の近くに変異種が大発生してしまいましてな」
依頼の内容を話し始めたのは農夫の男だった。年齢は四十代も後半に差し掛かる頃だろうか。日に焼けた顔と逞しい腕は日頃の農作業で鍛えられたものだろう。着ているものも丈夫なオーバーオールで、仕事着そのままといった感じだ。
「変異種、ですか。もっと詳しくお願いします」
交渉に当たるのは受付嬢のキクの仕事だ。メモを取りながら詳細を聞き始める。
「我々の村は畑の他に羊を飼っている者が多いのですが、その羊が攫われる事件が多発しまして。調べたところ、羊の変異種が羊達を連れ去り繁殖してしまった事が数日前に分かりました」
「なるほど……」
話を聞いている間もメモを取るキクの手は止まらない。そして次々と必要な情報を聞き出していく。
「それに関しては兵隊さんが、あるいは領主様が動かなかったのですか?」
それには官憲の男が答えた。こちらは如何にも兵士といった風貌で、三十代半ば程だろうか。皮鎧が良く馴染んでおり、無駄肉がなく引き締まった身体をしている。
「実はこの村と、他に近隣に二つの村があるんだが、その三つの村を治める領主様がいらっしゃった。だが近々領主様が交替なさるという事でな。現在は不在なのだ」
官憲の男が言うには、そんなトップ不在の状況の中、羊の変異種の群れが再び襲って来て大きな被害が起きたのだという。村人と村に常駐する数人の憲兵では到底対処する事が出来ず、かといって領主がいないので援軍や討伐隊を要請できる相手もいない。困り果てた村人達が出した結論が傭兵を雇う、であった。
「村から一番近いこの街の傭兵組合に頼もうと思ったんだが、パーソン商会の名前があるこのギルドの看板が目に入ってな。しかも荒事専門とまである。興味を引かれて入ったという訳さ」
ふむふむとメモを取りながら、キクは次の質問に移った。
「その羊の変異種の特徴、群れの規模などは?」
「見た目は羊だが、変異した事で身体が二回りも大きくなっているし、スピードもパワーも段違いだ。それに厄介なのは、その体毛だな。モコモコしていて如何にも柔らかそうだが、剣や槍も通さず、魔法も効きにくい」
「羊は繁殖する為なのか殺さずに連れ去るんですが、他の家畜は容赦なく殺して食ってしまう程狂暴です」
官憲の男が、次いで農夫の男が忌々し気に変異種の羊の特徴を伝えた。
「なるほど。それで、他の村への被害は?」
「ウチの村程の被害はないようです。恐らく群れからはぐれた個体が食料欲しさに畑や家畜を襲うといった程度のようですな」
この農夫の村が、変異種の群れがいる縄張りに一番近いのだろう事は今の話から想像がつく。
「それから、最近襲われた時の群れは、少なくとも五十頭はいたと思う」
そして最後に群れの規模。これは官憲の男が答えた。
キクのメモには『少なくとも五十』と記された。
「規模、変異種の特徴から考えると、中々の難易度と思いますが、皆さんはどうでしょう?」
そして彼女は実際に戦う事になる四人に目を向けた。
「問題ねえな。モフモフが厄介そうだが、頭カチ割れば死ぬんだろ?」
「群れを探すのはボクに任せて!」
チューヤが退屈そうに耳の穴をほじりながらそう言えば、マリアンヌも十分役に立てるという。
「生き物である限り弱点はあるものだ」
「そうね。纏めて一網打尽も可能だと思うわ」
カールとスージィもやはり同意見のようで、全く気負いもない。そんな自信たっぷりの四人を見て、農夫と官憲の男は明らかにホッとした表情を見せる。
「では、予算は如何ほどで?」
そんなキクの質問に、ホッとした表情だった農夫が申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「村中から搔き集めた金がここにあります」
そう言って革袋をテーブルに置いた。ジャラリと硬貨がぶつかり合う音がする。しかし革袋の大きさやテーブルに置かれた音から、それほど大きな金額が入っていないのが分かった。
その革袋の中身を検めたキクが難しい表情になった。
「お一人あたり、銀貨二十枚ですね」
家族四人がひと月暮らすのに約金貨二枚。銀貨百枚で金貨一枚と同等。村から搔き集めたのが銀貨八十枚。命懸けの仕事にしては安いと言わざるを得ないか。
しかも本来であれば、この銀貨八十枚の中からギルドの運営資金を引かなければならないのだ。幸い、キクもハナも、ミラもマンセルも給与という面ではパーソン商会から出てはいるが。
「その前にちょっと聞きてえんだけどさ、新しい領主ってどんな人?」
さもそれが金額よりも大事な事のように、チューヤが聞いた。
「それはまだ分からん。だが、他国より来られた男爵様らしい。国王陛下と会われてから赴任するらしいのでな。まだ数日は来られないだろう」
そう答えた官憲の言葉に、チューヤの口端が吊り上がる。
「俺はやるぜ。オープン記念サービスだ。報酬はその半分でいい。じゃあ準備してくらあ」
そう言ってチューヤが銀貨十枚をポケットに入れてギルド事務所を出ていってしまった。
「チューヤあるところにボクもあり!」
次いでマリアンヌも銀貨十枚を手に。
「ふ。露払いしておくのもまた一興か」
「そうね。中々初仕事に相応しい感じじゃない? じゃあ、キクさん、あたし達は準備するから後は宜しくね」
カールもスージィも同じ調子で銀貨を十枚ずつ握り締め、準備に向かって行った。
依頼の内容を話し始めたのは農夫の男だった。年齢は四十代も後半に差し掛かる頃だろうか。日に焼けた顔と逞しい腕は日頃の農作業で鍛えられたものだろう。着ているものも丈夫なオーバーオールで、仕事着そのままといった感じだ。
「変異種、ですか。もっと詳しくお願いします」
交渉に当たるのは受付嬢のキクの仕事だ。メモを取りながら詳細を聞き始める。
「我々の村は畑の他に羊を飼っている者が多いのですが、その羊が攫われる事件が多発しまして。調べたところ、羊の変異種が羊達を連れ去り繁殖してしまった事が数日前に分かりました」
「なるほど……」
話を聞いている間もメモを取るキクの手は止まらない。そして次々と必要な情報を聞き出していく。
「それに関しては兵隊さんが、あるいは領主様が動かなかったのですか?」
それには官憲の男が答えた。こちらは如何にも兵士といった風貌で、三十代半ば程だろうか。皮鎧が良く馴染んでおり、無駄肉がなく引き締まった身体をしている。
「実はこの村と、他に近隣に二つの村があるんだが、その三つの村を治める領主様がいらっしゃった。だが近々領主様が交替なさるという事でな。現在は不在なのだ」
官憲の男が言うには、そんなトップ不在の状況の中、羊の変異種の群れが再び襲って来て大きな被害が起きたのだという。村人と村に常駐する数人の憲兵では到底対処する事が出来ず、かといって領主がいないので援軍や討伐隊を要請できる相手もいない。困り果てた村人達が出した結論が傭兵を雇う、であった。
「村から一番近いこの街の傭兵組合に頼もうと思ったんだが、パーソン商会の名前があるこのギルドの看板が目に入ってな。しかも荒事専門とまである。興味を引かれて入ったという訳さ」
ふむふむとメモを取りながら、キクは次の質問に移った。
「その羊の変異種の特徴、群れの規模などは?」
「見た目は羊だが、変異した事で身体が二回りも大きくなっているし、スピードもパワーも段違いだ。それに厄介なのは、その体毛だな。モコモコしていて如何にも柔らかそうだが、剣や槍も通さず、魔法も効きにくい」
「羊は繁殖する為なのか殺さずに連れ去るんですが、他の家畜は容赦なく殺して食ってしまう程狂暴です」
官憲の男が、次いで農夫の男が忌々し気に変異種の羊の特徴を伝えた。
「なるほど。それで、他の村への被害は?」
「ウチの村程の被害はないようです。恐らく群れからはぐれた個体が食料欲しさに畑や家畜を襲うといった程度のようですな」
この農夫の村が、変異種の群れがいる縄張りに一番近いのだろう事は今の話から想像がつく。
「それから、最近襲われた時の群れは、少なくとも五十頭はいたと思う」
そして最後に群れの規模。これは官憲の男が答えた。
キクのメモには『少なくとも五十』と記された。
「規模、変異種の特徴から考えると、中々の難易度と思いますが、皆さんはどうでしょう?」
そして彼女は実際に戦う事になる四人に目を向けた。
「問題ねえな。モフモフが厄介そうだが、頭カチ割れば死ぬんだろ?」
「群れを探すのはボクに任せて!」
チューヤが退屈そうに耳の穴をほじりながらそう言えば、マリアンヌも十分役に立てるという。
「生き物である限り弱点はあるものだ」
「そうね。纏めて一網打尽も可能だと思うわ」
カールとスージィもやはり同意見のようで、全く気負いもない。そんな自信たっぷりの四人を見て、農夫と官憲の男は明らかにホッとした表情を見せる。
「では、予算は如何ほどで?」
そんなキクの質問に、ホッとした表情だった農夫が申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「村中から搔き集めた金がここにあります」
そう言って革袋をテーブルに置いた。ジャラリと硬貨がぶつかり合う音がする。しかし革袋の大きさやテーブルに置かれた音から、それほど大きな金額が入っていないのが分かった。
その革袋の中身を検めたキクが難しい表情になった。
「お一人あたり、銀貨二十枚ですね」
家族四人がひと月暮らすのに約金貨二枚。銀貨百枚で金貨一枚と同等。村から搔き集めたのが銀貨八十枚。命懸けの仕事にしては安いと言わざるを得ないか。
しかも本来であれば、この銀貨八十枚の中からギルドの運営資金を引かなければならないのだ。幸い、キクもハナも、ミラもマンセルも給与という面ではパーソン商会から出てはいるが。
「その前にちょっと聞きてえんだけどさ、新しい領主ってどんな人?」
さもそれが金額よりも大事な事のように、チューヤが聞いた。
「それはまだ分からん。だが、他国より来られた男爵様らしい。国王陛下と会われてから赴任するらしいのでな。まだ数日は来られないだろう」
そう答えた官憲の言葉に、チューヤの口端が吊り上がる。
「俺はやるぜ。オープン記念サービスだ。報酬はその半分でいい。じゃあ準備してくらあ」
そう言ってチューヤが銀貨十枚をポケットに入れてギルド事務所を出ていってしまった。
「チューヤあるところにボクもあり!」
次いでマリアンヌも銀貨十枚を手に。
「ふ。露払いしておくのもまた一興か」
「そうね。中々初仕事に相応しい感じじゃない? じゃあ、キクさん、あたし達は準備するから後は宜しくね」
カールもスージィも同じ調子で銀貨を十枚ずつ握り締め、準備に向かって行った。
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