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一章 魔法戦士養成学校編

汚ねえ?……阿呆。もっと格調高く卑劣と言え。

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「学校長。これでチューヤが纏魔てんまを使える事を証明出来たでしょう? これ以上続ける意味がありますか?」

 模擬戦を観戦している屋上で、シンディが据わった目付きで学校長へ詰め寄った。

「うむ……信じ難い事だが、あの若さで纏魔を体得しているとはな……いいだろう。模擬戦はここまでだ」
「……では、私が止めて来ます」

 二階建ての校舎の屋上から飛び降りたシンディが、今にも激突せんとしているチューヤ、カール、それにデヴィッドの元へと急ぐ。





「僕の火球を防ぎきるとは、些か驚いたよ。これも僕の指導の賜物という訳だね?」

 自分に向けてワンドを構えているカールに向かい、自分の優秀さを誇示するデヴィッドだが、肝心のカールの表情は冷めたまま。いや、むしろ怒りに眉が吊り上がってさえいる。

「私があなたに教わった事など殆どない。ここまで力を付けたのはシンディ教官の教えのお陰だ」
「何?」

 その言葉に、デヴィッドのこめかみに血管が浮かび上がる。

「……シンディ教官の教えだけでそこまで上達した、だと?」
「あなたには関係のない事だ」
「ぐぬぅ……」

 冷静に返すカールに対して、逆にデヴィッドは込みあがってくる怒りを隠そうともしない。
 くの字に曲がった鋼鉄製の両端を掴み、強引にねじ切ってしまった。

「へえ、さすが教官様、身体強化もすげえんだなぁ?」

 ねじ切った杖をそれぞれ両手に持ち、その片方をチューヤに向けたデヴィッドは、いきなり火炎放射を浴びせた。

「うおっと!? いきなり何すんだよ褒めたのによ!」
「……今のは褒めたようには聞こえなかったがな」

 デヴィッドの奇襲をギリギリで躱したチューヤが毒づくが、カールがそれに冷静なツッコミを入れた。確かに言葉を並べれば称賛の意味になるが、チューヤが口にすると何故か煽っているように聞こえてしまう。

(それにしても、今の火炎放射は魔法陣を展開していなかったな。流石に手強い)

 カールが腹の中で唸る。
 先程デヴィッドが放った火炎放射は、自らの魔力を練り上げて放つ、あるいは自らの魔力と自然界に存在する魔力や元素を融合させて魔法を構築する手法とは系統が違う。
 自らの魔力の干渉無しで、自然界の元素と魔力のみで現象を起こすものだ。魔法陣を構築しない為に複雑な事象は起こせないが、奇襲には有効だ。無論、熟練者しか使いこなす事は出来ない。

 両者互いに隙を見つけられずに睨み合う展開。そこに割って入るようにシンディが飛び降りた。

「そこまで! この模擬戦は中止だ!」

 ――ボッ!

 しかし、中止の宣言をしたシンディの目の前を火球が通過し、チューヤへと着弾した。

「チューヤ!? デヴィッド、貴様どういうつもりだ?」
 
 シンディはチューヤを気遣いながらも、中止の宣言に従わないデヴィッドに抗議の視線を向ける。

「君こそどういうつもりだい? 勝手に介入してきた上に中止などと」
「勝手じゃねえ! もう既にこいつらの実力は証明された! これ以上の模擬戦の継続は無意味だって学校長ジジイが判断したんだよ!」
「ほう、学校長が? だが聞けないね。そこの生徒は教官である僕に向けて殺意のある攻撃をしてきたのだ。懲罰が必要だろう?」

 せっかくの爽やかなイケメンが台無しな程に歪んだ笑顔を浮かべながら、デヴィッドは更に魔法陣を展開、攻撃準備に入っている。

「何抜かしてやがる! テメエが最初にブッ放した火球だって殺すつもりの一撃だったろうがッ!」
「まさかだろう? 大型の変異種を単独で討伐出来る者があの程度で死ぬ訳がない」
「……それを信用してなかったのがテメエ自身だったよなァ!?」

 元よりシンディを陥れるのが目的のデヴィッドだ。彼女がどれだけ正論を並べようが噛み合う訳がない。それに、チューヤがデヴィッドを敵認定して、模擬戦の範疇を遥かに超える攻撃を放ったのもまた事実。
 これ以上の問答は不要とばかりに、展開の終わった魔法陣から火球が放たれた。チューヤへ。そしてカールへと。

「なっ!? チューヤ、カール!」

 カールは回避したが、先程直撃を食らったチューヤは両腕をクロスしてガードするが、またしても直撃を受けてしまう。
 そこに追撃とばかりに、デヴィッドは更に火球を叩き込んで行く。
 火球を受け続けたチューヤは、ブスブスと焦げた臭いをさせながら、ついに片膝が折れて膝まづく。

「待て! 貴様、チューヤを殺す気か!」
を望んだのはそちらの男のほうだが?」
「何が望みだ! そう仕向けたのは貴様だろう! 何を企んでいる?」

 シンディの言葉は、デヴィッドとしては心外な言い草だった。何しろ、初めから勝負などするつもりはなく、一方的に痛めつけるのが目的だったのだから。
 その上でシンディを引き摺り出し、自分の要求を飲ませる。途中の経過はともあれ、現在の所はデヴィッドの思惑通りに事が進んでいる。

「事情はどうあれ、教官に向けて致死性の攻撃を仕掛けてきたのだ。退学は免れないだろうねえ」
「……」

 シンディはただ唇を噛みしめるのみ。この将来有望な少年達を救うにはどうすべきか。

「まあ、君次第では僕が学校長に口利きをしてあげなくもない」
「物凄くイヤな予感しかしねえんだが、取り敢えず言ってみな」

 そんなデヴィッドとシンディのやり取りの間、マリアンヌとスージィも現場に到着しており、一部始終を聞いていた。

「僕の妻になりたまえ。それで全部丸く治めてあげよう」
「なっ……」

 その提案に、流石のシンディも絶句してしまう。そして……

「その条件を飲めば、こいつらの事は……」
「ちょっと待てや?」

 条件を飲みそうになるシンディの言葉を遮り、チューヤが怒りに燃える瞳で立ち上がる。

「黙って聞いてりゃ汚ねえ事ばっかり並べ立てやがってよォ……てめえ、師匠を嵌めようだなんていい度胸だな。ぶっ殺す!」
「馬鹿め。もっと格調高く『卑劣』と言え。まったく品の無い奴だ。だがしかし、内容には全面的に同意だな」

 更に、カールも貴族としての矜持に反する行為に嫌悪感を隠そうともしない。明確にデヴィッドに対して敵対行動を取る。

「ふっ、たった二人でこの僕をどうにか出来るとでも?」
「二人じゃない! 三人だよ!」
「違うわね。四人よ」

 更に、マリアンヌとスージィが参戦を表明した。

「お前ら! 退学になっちまうぞ! やめろ! アタシが堪えさえすれば――」

 その時、大人一人分もあろうかという大きさの氷柱がデヴィッドに向けて放たれた。

「このような下衆が教官を務めている学校など、こちらから願い下げだ」

 シンディという師匠を守る為、退学も辞さない覚悟の少年達の戦いが始まろうとしていた。

 
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