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その視線に、律は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまう。それを見越してか、紫藤は律の首元に無遠慮に顔を近付け鼻を寄せる。
「いつもならキミから甘い香りがするはずなんだけれどね。これだけ近付いてもわからない」
紫藤の端正な顔が近いことと、首筋を掠める鼻先と吐息に律の顔は赤くなってしまう。しかし、紫藤もそう感じているように、律もこれだけ至近距離にいるのに紫藤の匂いに充てられることはなかった。
「し、紫藤さ……顔近いです」
「ねえ、どうして?」
怒っているわけではないのだろうが、どこか圧を感じるその声音は律の身体を強ばらせる。気のせいかもしれないとは言っているが、この男確実になんらかの核心を持ってこの問い掛けをしていると律は察した。
「て、定期検診で……」
「うん?」
下手に嘘を吐いて隠し立てするよりは、正直に話した方が身の為だろう。きっとあの時心配してくれた黒川から紫藤に情報が流れている可能性がある。
「オメガ性が強く出たせいで体調を崩して、ですね」
「うん」
たどたどしく話す律の言葉を、紫藤は急かすわけでもなくただ聞いている。
紫藤と離れたせいで分離性不安症候群を引き起こしたと言うことだけは、どうにか誤魔化して説明したいと考えているのだが……上手い言葉が見つからずに頭を抱えてしまいたくなる。
「えっと、それで……黒川先生に相談したらオメガ性を少し抑える薬を飲んだ方が良いっていうことになりまして」
予想に反して黒川から紫藤には詳しいことが伝わっていないのか、紫藤からの視線はどうして連絡をよこさないのかと言わんばかりのものだ。
「多分、それのせいかなって……あはは」
乾いた笑いを浮かべながら、律は紫藤から視線を逸らす。逸らしているのに、紫藤からの視線はしっかりと刺さっていのがわかる。
「黒川からキミの具合があまり良くないことは聞いていたけれどね」
(あ、やっぱり連絡はいってたんだ)
「それで、俺に連絡を寄越さなかった理由を聞いても?」
にこりと微笑む紫藤に、律は逃げられないと悟った。
「し、紫藤さんお仕事忙しそうだったから……こんなことで連絡したら迷惑だなと思ったん、です」
観念した律は、当たり障りない理由を紫藤へ話す。少なからず実際そう思って連絡しなかったのだから、嘘は言っていない。ただ、この理由で紫藤が納得してくれるかどうかは分かり兼ねる……が、相変わらず紫藤からの視線が痛い。
「迷惑だと思っているのなら、最初からおいでなんて言わないよ」
思っていたよりも優しい声音に、律はそっと紫藤へ視線を戻す。
「大分痩せたかな? 顔色は悪くないけど、頬が少しやつれてる」
紫藤の指が律の頬をそっと撫でていく。その仕草に一瞬驚きはしたが、そのまま紫藤の好きなようにさせている。
「そんなですか、ね」
「大学で医務室に来ていれば、もう少し手の打ちようはあったのに」
好きなようにさせていれば、次は律の頬をむにむにと指で挟む。そんな紫藤の様子は、心なしかいつもと違うと感じた。
「あの、紫藤さん……そんなに頬を挟まれると」
「何か困ることでもあるかい?」
「ない、ですけど」
頬を好き勝手弄っていた手が、今度は律の頭を撫で始めた。流石に驚いた律は、驚いて肩を小さく跳ねさせた。
「し、紫藤さん?」
「……梔月には大人しく撫でさせようとしたのに、俺には撫でさせてくれないのかい?」
「いつもならキミから甘い香りがするはずなんだけれどね。これだけ近付いてもわからない」
紫藤の端正な顔が近いことと、首筋を掠める鼻先と吐息に律の顔は赤くなってしまう。しかし、紫藤もそう感じているように、律もこれだけ至近距離にいるのに紫藤の匂いに充てられることはなかった。
「し、紫藤さ……顔近いです」
「ねえ、どうして?」
怒っているわけではないのだろうが、どこか圧を感じるその声音は律の身体を強ばらせる。気のせいかもしれないとは言っているが、この男確実になんらかの核心を持ってこの問い掛けをしていると律は察した。
「て、定期検診で……」
「うん?」
下手に嘘を吐いて隠し立てするよりは、正直に話した方が身の為だろう。きっとあの時心配してくれた黒川から紫藤に情報が流れている可能性がある。
「オメガ性が強く出たせいで体調を崩して、ですね」
「うん」
たどたどしく話す律の言葉を、紫藤は急かすわけでもなくただ聞いている。
紫藤と離れたせいで分離性不安症候群を引き起こしたと言うことだけは、どうにか誤魔化して説明したいと考えているのだが……上手い言葉が見つからずに頭を抱えてしまいたくなる。
「えっと、それで……黒川先生に相談したらオメガ性を少し抑える薬を飲んだ方が良いっていうことになりまして」
予想に反して黒川から紫藤には詳しいことが伝わっていないのか、紫藤からの視線はどうして連絡をよこさないのかと言わんばかりのものだ。
「多分、それのせいかなって……あはは」
乾いた笑いを浮かべながら、律は紫藤から視線を逸らす。逸らしているのに、紫藤からの視線はしっかりと刺さっていのがわかる。
「黒川からキミの具合があまり良くないことは聞いていたけれどね」
(あ、やっぱり連絡はいってたんだ)
「それで、俺に連絡を寄越さなかった理由を聞いても?」
にこりと微笑む紫藤に、律は逃げられないと悟った。
「し、紫藤さんお仕事忙しそうだったから……こんなことで連絡したら迷惑だなと思ったん、です」
観念した律は、当たり障りない理由を紫藤へ話す。少なからず実際そう思って連絡しなかったのだから、嘘は言っていない。ただ、この理由で紫藤が納得してくれるかどうかは分かり兼ねる……が、相変わらず紫藤からの視線が痛い。
「迷惑だと思っているのなら、最初からおいでなんて言わないよ」
思っていたよりも優しい声音に、律はそっと紫藤へ視線を戻す。
「大分痩せたかな? 顔色は悪くないけど、頬が少しやつれてる」
紫藤の指が律の頬をそっと撫でていく。その仕草に一瞬驚きはしたが、そのまま紫藤の好きなようにさせている。
「そんなですか、ね」
「大学で医務室に来ていれば、もう少し手の打ちようはあったのに」
好きなようにさせていれば、次は律の頬をむにむにと指で挟む。そんな紫藤の様子は、心なしかいつもと違うと感じた。
「あの、紫藤さん……そんなに頬を挟まれると」
「何か困ることでもあるかい?」
「ない、ですけど」
頬を好き勝手弄っていた手が、今度は律の頭を撫で始めた。流石に驚いた律は、驚いて肩を小さく跳ねさせた。
「し、紫藤さん?」
「……梔月には大人しく撫でさせようとしたのに、俺には撫でさせてくれないのかい?」
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