39 / 41
38
しおりを挟む
その視線に、律は蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れなくなってしまう。それを見越してか、紫藤は律の首元に無遠慮に顔を近付け鼻を寄せる。
「いつもならキミから甘い香りがするはずなんだけれどね。これだけ近付いてもわからない」
紫藤の端正な顔が近いことと、首筋を掠める鼻先と吐息に律の顔は赤くなってしまう。しかし、紫藤もそう感じているように、律もこれだけ至近距離にいるのに紫藤の匂いに充てられることはなかった。
「し、紫藤さ……顔近いです」
「ねえ、どうして?」
怒っているわけではないのだろうが、どこか圧を感じるその声音は律の身体を強ばらせる。気のせいかもしれないとは言っているが、この男確実になんらかの核心を持ってこの問い掛けをしていると律は察した。
「て、定期検診で……」
「うん?」
下手に嘘を吐いて隠し立てするよりは、正直に話した方が身の為だろう。きっとあの時心配してくれた黒川から紫藤に情報が流れている可能性がある。
「オメガ性が強く出たせいで体調を崩して、ですね」
「うん」
たどたどしく話す律の言葉を、紫藤は急かすわけでもなくただ聞いている。
紫藤と離れたせいで分離性不安症候群を引き起こしたと言うことだけは、どうにか誤魔化して説明したいと考えているのだが……上手い言葉が見つからずに頭を抱えてしまいたくなる。
「えっと、それで……黒川先生に相談したらオメガ性を少し抑える薬を飲んだ方が良いっていうことになりまして」
予想に反して黒川から紫藤には詳しいことが伝わっていないのか、紫藤からの視線はどうして連絡をよこさないのかと言わんばかりのものだ。
「多分、それのせいかなって……あはは」
乾いた笑いを浮かべながら、律は紫藤から視線を逸らす。逸らしているのに、紫藤からの視線はしっかりと刺さっていのがわかる。
「黒川からキミの具合があまり良くないことは聞いていたけれどね」
(あ、やっぱり連絡はいってたんだ)
「それで、俺に連絡を寄越さなかった理由を聞いても?」
にこりと微笑む紫藤に、律は逃げられないと悟った。
「し、紫藤さんお仕事忙しそうだったから……こんなことで連絡したら迷惑だなと思ったん、です」
観念した律は、当たり障りない理由を紫藤へ話す。少なからず実際そう思って連絡しなかったのだから、嘘は言っていない。ただ、この理由で紫藤が納得してくれるかどうかは分かり兼ねる……が、相変わらず紫藤からの視線が痛い。
「迷惑だと思っているのなら、最初からおいでなんて言わないよ」
思っていたよりも優しい声音に、律はそっと紫藤へ視線を戻す。
「大分痩せたかな? 顔色は悪くないけど、頬が少しやつれてる」
紫藤の指が律の頬をそっと撫でていく。その仕草に一瞬驚きはしたが、そのまま紫藤の好きなようにさせている。
「そんなですか、ね」
「大学で医務室に来ていれば、もう少し手の打ちようはあったのに」
好きなようにさせていれば、次は律の頬をむにむにと指で挟む。そんな紫藤の様子は、心なしかいつもと違うと感じた。
「あの、紫藤さん……そんなに頬を挟まれると」
「何か困ることでもあるかい?」
「ない、ですけど」
頬を好き勝手弄っていた手が、今度は律の頭を撫で始めた。流石に驚いた律は、驚いて肩を小さく跳ねさせた。
「し、紫藤さん?」
「……梔月には大人しく撫でさせようとしたのに、俺には撫でさせてくれないのかい?」
「いつもならキミから甘い香りがするはずなんだけれどね。これだけ近付いてもわからない」
紫藤の端正な顔が近いことと、首筋を掠める鼻先と吐息に律の顔は赤くなってしまう。しかし、紫藤もそう感じているように、律もこれだけ至近距離にいるのに紫藤の匂いに充てられることはなかった。
「し、紫藤さ……顔近いです」
「ねえ、どうして?」
怒っているわけではないのだろうが、どこか圧を感じるその声音は律の身体を強ばらせる。気のせいかもしれないとは言っているが、この男確実になんらかの核心を持ってこの問い掛けをしていると律は察した。
「て、定期検診で……」
「うん?」
下手に嘘を吐いて隠し立てするよりは、正直に話した方が身の為だろう。きっとあの時心配してくれた黒川から紫藤に情報が流れている可能性がある。
「オメガ性が強く出たせいで体調を崩して、ですね」
「うん」
たどたどしく話す律の言葉を、紫藤は急かすわけでもなくただ聞いている。
紫藤と離れたせいで分離性不安症候群を引き起こしたと言うことだけは、どうにか誤魔化して説明したいと考えているのだが……上手い言葉が見つからずに頭を抱えてしまいたくなる。
「えっと、それで……黒川先生に相談したらオメガ性を少し抑える薬を飲んだ方が良いっていうことになりまして」
予想に反して黒川から紫藤には詳しいことが伝わっていないのか、紫藤からの視線はどうして連絡をよこさないのかと言わんばかりのものだ。
「多分、それのせいかなって……あはは」
乾いた笑いを浮かべながら、律は紫藤から視線を逸らす。逸らしているのに、紫藤からの視線はしっかりと刺さっていのがわかる。
「黒川からキミの具合があまり良くないことは聞いていたけれどね」
(あ、やっぱり連絡はいってたんだ)
「それで、俺に連絡を寄越さなかった理由を聞いても?」
にこりと微笑む紫藤に、律は逃げられないと悟った。
「し、紫藤さんお仕事忙しそうだったから……こんなことで連絡したら迷惑だなと思ったん、です」
観念した律は、当たり障りない理由を紫藤へ話す。少なからず実際そう思って連絡しなかったのだから、嘘は言っていない。ただ、この理由で紫藤が納得してくれるかどうかは分かり兼ねる……が、相変わらず紫藤からの視線が痛い。
「迷惑だと思っているのなら、最初からおいでなんて言わないよ」
思っていたよりも優しい声音に、律はそっと紫藤へ視線を戻す。
「大分痩せたかな? 顔色は悪くないけど、頬が少しやつれてる」
紫藤の指が律の頬をそっと撫でていく。その仕草に一瞬驚きはしたが、そのまま紫藤の好きなようにさせている。
「そんなですか、ね」
「大学で医務室に来ていれば、もう少し手の打ちようはあったのに」
好きなようにさせていれば、次は律の頬をむにむにと指で挟む。そんな紫藤の様子は、心なしかいつもと違うと感じた。
「あの、紫藤さん……そんなに頬を挟まれると」
「何か困ることでもあるかい?」
「ない、ですけど」
頬を好き勝手弄っていた手が、今度は律の頭を撫で始めた。流石に驚いた律は、驚いて肩を小さく跳ねさせた。
「し、紫藤さん?」
「……梔月には大人しく撫でさせようとしたのに、俺には撫でさせてくれないのかい?」
17
お気に入りに追加
403
あなたにおすすめの小説

目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
【完結】運命の番に逃げられたアルファと、身代わりベータの結婚
貴宮 あすか
BL
ベータの新は、オメガである兄、律の身代わりとなって結婚した。
相手は優れた経営手腕で新たちの両親に見込まれた、アルファの木南直樹だった。
しかし、直樹は自分の運命の番である律が、他のアルファと駆け落ちするのを手助けした新を、律の身代わりにすると言って組み敷き、何もかも初めての新を律の名前を呼びながら抱いた。それでも新は幸せだった。新にとって木南直樹は少年の頃に初めての恋をした相手だったから。
アルファ×ベータの身代わり結婚ものです。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる