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紫藤が所用でマンションを空けて、既に五日が過ぎていた。その間紫藤はマンションには帰宅していない。
発情期のこともあり律も数日ぶりの大学になるのだが、どうやら医務室の方には本人の言う通りに顔を出しているようだった。
(こんなに広いキャンパスなのに、紫藤さんの匂いが強いや)
他のアルファがいないこともあってか、大学の構内で一際強く香る紫藤の匂い。律は講義を受けながら、その匂いにひどく安心していることに気付く。
寧ろその匂いがないとそわそわとして落ち着かなくなってしまった、と言った方が正しい。
(どんどん酷くなってる気がする)
教壇に立ちながら熱弁を奮っている教授の話しは、右から左へ抜けていってしまい何も頭に入ってこない。
ここ二日ほどは特に酷く、睡眠時には紫藤のシャツが近くになければ、精神的に安定せず眠れない状態にまでになっていた。不安定な発情期が尾を引いているのかもしれない、そう思いながらこの数日をやり過ごしている。
(もうすぐ定期検診だから、そのときにでも黒川先生に聞いてみよう)
これもオメガの特性なのか? それとも、ただの一時的な精神面の問題なのか。それだけでもわかれば少しは気が楽になるはずだと、律はペンをくるくると遊ばせながら考えていた。
「音無、お前まだ調子悪そうだけど……大丈夫なのか?」
隣に座っていた同じ専攻を取っている友人が、そっと律に耳打ちをする。
「……そんなに調子悪そうに見えた?」
「見えたから聞いてんだって」
「んー……わりと元気なんだけどな」
彼曰く、顔色が良くないそうだ。律自身は体調も悪くないし元気なつもりでいたので、友人の言葉に少し苦笑いをして返すしかできなかった。
友人から無理をするなと念を押されたところで、丁度今日の講義の終わりを告げるベルが鳴り響いた。彼はこれからバイトがあると先に帰っていったが、傍目から見ても調子が悪そうに見えるというのは、考えている以上に律の中での紫藤が占めている割合が大きいのだろう。
内面だけに留まらず表面上にまで不安が色濃く出てしまっている。これは些か頭を抱えたくなる事態かもしれないと、律は深くため息を吐き出した。
(定期検診の日前倒しにしてもらおう)
今日、これからでも診てもらいたい気分ではあるが、流石に黒川にも他の患者がいるだろうと踏み止まる。
(連絡、入れてみようかな)
校舎の壁に寄りかかり、端末の中から黒川の名前を探してコールを鳴らす。本来なら病院の番号へ掛けた方が良いのだろうが、黒川本人から直接掛けるようにと言われている。
『はい、黒川です』
「あ、もしもし音無です」
『珍しいね、君が電話を掛けてくるなんて……何かあったのかい?』
「えっと……実は――」
ここ数日の一連の流れをざっくりと説明すると、黒川は電話越しでもわかる程に何か考え込んでいた。やはり予定を早めるのは無理があったのかと半ば諦めかけていた律だが、予想に反して黒川は快く受け入れてくれた。
『今日の診療時間後でも大丈夫かな?』
「はい、無理言ってしまってすみません」
『気にしなくていいんだよ。それじゃあ、また後でね』
電話が切れたのを確認すると、律は小さくふぅっと一息吐いてその場を後にした。
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