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時間まで時間があるので、一度帰宅しようと構内を出る。色濃く香るアルファの匂いは、外に出ても感じ取れることができた。

(まだ医務室に居るんだ)

 暫くマンションには帰ってこない、そう言われただけなので、医務室に来るなとは言われてはいない。寧ろ、何かあったらおいでと言われたのだから、いつでも顔を出して良いと言うことなのだろう。
 それでも、医務室に近寄れないのは後ろめたさがあるからかもしれない。律はぐっと拳を握ると、紫藤のいる医務室とは反対の道を進んで逃げるように立ち去った。

(紫藤さんは、運命の番なんて信じていない……っていうか、番すら興味ないんだろうな!)

 心の中でそう自分で呟いておいて、そのまま地味にへこんでしまう。

(いくら紫藤さんの傍若無人のせいで同居することになったとはいえ、これ以上迷惑かけるわけにはいかないよなぁ)

 素直に甘えられるような関係ならまだしも、生憎とそんな甘い関係ではない。初対面であの出会い方をしたのだから、仕方がないというのもあるが。
 あれこれ考えながら帰り道を歩いている途中スーパーが目に入ったが、紫藤の分を作らなくなったこともあって食材の減りが遅い。付け加えるならばここのところ食欲がなく、食材を余らせてしまっているほどだった。

(今日は、何も必要なさそうかな)

 数日前までこの時間は今日は何を作ろう、明日はどうしようなんて色々と考えていたのが随分遠い昔のように感じられた。それが少し寂しく感じてしまい、その考えを振り払うように足早にマンションへ帰宅する。
 与えられた部屋に戻るなり、律は背負っていたリュックを乱雑に床へ置いて、ベッドサイドに置いてある紫藤のシャツをギュッと抱き締めた。
 律の精神安定剤になっているシャツは、あの日から大分匂いが薄れて皺だらけになってしまっている。

(匂い、薄くなっちゃったな)

 仕方がないと言えばそうなのだが、だからと言って代替え品は持ち合わせていない。紫藤の私物を勝手に拝借するわけにもいかないので、これで我慢するしかないのだ。

「もー……なんでこんなことになってるんだろ、ほんと」

 考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。結果的に全ての問の答えが紫藤に繋がっていて、考えるだけ無駄という結論に行き着いてしまうのだが……。

「アルファ一人にこんなに振り回されるとか、オメガって本当に面倒臭い!」

 もやもやとする気持ちを吐き出すように、律は大きな声で叫ぶ。どうにも情緒が不安定で仕方がない。該当するアルファも同じくらい悩んでくれれば、気が晴れるかも知れないのに。
 予定の時間にはまだ時間があるが、早めに病院に行ってしまおう。待合室で待たせてもらえば良い、そう考えた律は少し気だるい身体を起こして支度を始めた。

「そろそろ冷蔵庫の中どうにかしないといけないけど」

 今日も食事をする気分ではない。軽く水分を取った律は、そのまま必要なものを小さなショルダーバッグに詰め込み黒川の病院を目指した。
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