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どういうこと? どうなっているの?

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(どうせ侍女長は、みんなの前でわたしを罵倒して笑い者にするのよ)

 それが侍女長にとって日課のひとつ。彼女にとっては、一日の始まり。ルーティンワークというわけ。

 一直線にこちらに向ってくる彼女を、いままでだったらまともに見ることさえ出来なかった。

 が、死に戻ってあたらしくなったわたしは違う。

 勇気をフル動員し、彼女を迎え撃つ。

 つまり、彼女と視線を合わせ続けた。目をそらさないまま、全力で笑みを浮かべ続けた。

 とはいえ、ほんとうは虚勢をはっているにすぎないけれど。

 近づいてくる彼女は、あいかわらず「ザ・侍女長」という感じ。まだわたしより十五、六歳くらい上なはずなのに、わたしが前の人生で終焉を迎えた頃の外見とあまりかわっていない。たしかに肌の艶やきびきびとした動きは、あの頃より若い。が、雰囲気や貫禄はそのままである。

(さすがね。ある意味すごいわ。彼女は、生まれながらにして侍女長なのね)

 ある意味感心してしまった。

 これほどまでに「侍女長」が似合うレディは、この大陸のどの国を探してもいないかもしれない。

 小説に出てくる意地悪な侍女長がしているフォックス型のメガネも健在。老齢のレディにこそ似合う侍女長服もよく似合っている。

「副侍女長、待っていたのですよ。あなたがいないと、朝礼は始まりませんからね」

 侍女長は、わたしの前で急停止するとにこやかに言った。

 その笑みは、パッと見た感じでは心からの笑みであるような錯覚を覚える。

(やはり、なにかあるのよ。って、ちょっと待って。副侍女長ですって?)

 警戒したのも束の間、疑問が浮かんだ。

 前の人生でわたしが副侍女長になったのは、いまの時期よりずっとずっとあとのことだった。

 すくなくとも、まだ若いときではなかった。

(それなのに、どうして副侍女長なの?)

 不可思議でならない。

 そのせいで困惑せざるをえない。


 朝礼では、まず侍女長の「本日のひとこと」から始まる。

 言うまでもないけれど、「本日のひとこと」は建前。ほんとうは、ひとことどころかだれかが貧血を起こして倒れてもおかしくないほど長い間言葉を連ねる。

 それはともかく、その彼女の本日のひとことは、たいていわたしを槍玉にあげる内容が組み込まれている。それもまた、彼女のルーティンのひとつ。そうすることで、みんなの自尊心をくすぐり自己肯定感を高めるのだ。

 侍女長にとっては、わたしの名誉を傷つけたり自己肯定感をどん底に叩き落すことはまったく問題ないのである。

「さすがは副侍女長。『できる侍女』だけありますね」

 が、その「本日のひとこと」の始まりは違った。前の人生のいつもの始まりと違ったのである。

「昨日は、副侍女長の機転で事なきを得ました。副侍女長は、ここにきてまだそれほど経っていないというのにこれだけの能力を見せてくれています。彼女は、すでにわたしたちにとってなくてはならない存在。みなさんのほとんどが、彼女より長く務めているのです。彼女を見習ってしっかりやってください」

(だれのことを言っているの? もしかして、わたしのこと?)

 どうやら侍女長のいう「彼女」とは、わたしのことらしい。

(って、どういうこと? わけがわからない)

 困惑というよりか混乱してしまう。
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