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第一章 アーウェン幼少期
少年は悪夢に追いかけられる ④
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ログナス・ディーファン・ルッツ・ルアン伯爵は、後悔していた。
豪華な昼食の席についているのは、ラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵とその妻であるヴィーシャム、そして幼いエレノア嬢である。
そう──養子であるアーウェンは、この館に連れられてこなかった。
それはターランド伯爵からの明らかな拒絶だろうと思い、なぜアーウェンの資質を疑うような発言をしてしまったのかと頭を抱えたくなる。
しかし、昨日の彼の発言は正当なものだった──この地を治める者として。
そのことはちゃんとラウドも認めてくれたし、アーウェンを連れてこなかった理由もきちんと話してくれた。
なのに──
「後悔するくらいなら、しなければいい」
いつだってそういう姿勢で生きてきたつもりだった。
いや、そうしてきたのである。
なのに、やはり後悔してしまうのは、なぜだろうか。
いや、いつだって後悔してきた。
「なぜ、そうしてしまったのか」と。
妻を泣かせてしまうほどに問い詰めた時。
部下に対して注意以上の言葉を浴びせてしまった時。
農作物が不作だった時。
治水工事が計画通りいかなかった時。
そして──伯爵の『人を見る目』を疑ってしまった『今』も、また。
「……まったく。変わらんな、ラウニル副隊長は」
「ハッ……」
そう声を掛けられてつい恐縮してしまうのは、あれからもう十年以上経っているとはいえ、従軍経験がある者だからこそかもしれない。
「アーウェンが……義息子が今日こちらに伺えなかったのは、先ほども言ったが、慣れない馬車での旅のせいだ。長時間の外出が可能となったのかつい最近だったとはいえ、乗馬や王都内で馬車に乗せて慣れさせることができなかった我々の責任だ」
「しかし……」
簡単にではあるが前夜の伯爵とのやり取りを話した妻の方をチラリと見たが、彼女は何も手助けをする気配はない。
視線は目の前の皿に落とし、敢えてこちらを見ないようにしているようにも思う。
「あの子の従者がしっかりと面倒を見てくれているしな。明日か明後日にはこちらを発てるだろうから、その時に見送りにでも来てくれれば、アーウェンも喜ぶ」
「ハッ……」
『育てる甲斐のない子』──そう言ってしまったのはあの男の子が眠ってしまったあとではあるが、もしあれが実際は寝たふりで、ふたりの会話を聞いていたとしたら、どんな表情でこちらを見るか。
アーウェンが間者ではないとラウドは断言したが、実際のところ虚弱であるというのも見せかけではないか、いつかは害そうと狙うのではないのか。
だからこそ今回この館に来るのを拒むように、『体調を崩した』と言って自分からの追及を避けようとしているのではないか──
そんな考えを振り払いきれないがゆえに、ログラスは明快に『行く』とは言えずにいた。
食事が終わると、晩餐ではないがやはり男たちは喫煙のできるサロンへと向かい、婦人たちは屋敷の裏手にある庭園へと案内される。
王都のターランド邸よりも野趣溢れる庭園内に設けられた四阿で、ルアン伯爵の妻であるジェナリー夫人が頭を下げた。
その姿はこの町で女性衛生兵をまとめる女総隊長としてのくせで、キビキビと軍隊のようである。
「……この度は申し訳ありません。夫のせいで、新しい息子さんが体調を崩されたようで」
「いえ。ターランドも申しましたけど、決してルアン伯爵のせいではございませんのよ?元々そんなに丈夫ではありませんでしたの。ようやく体力がついて、これから気候の良くなる領地へ移したいと思って、急いでしまったの」
鷹揚にヴィーシャムは手を振りながら微笑んで否定すると、さらに恐縮するジェナリーとの間に座っていたエレノアが会話に割り込んできた。
「……おかあしゃま」
「なあに?」
「おにいしゃま、げんきになるの?」
「なりますとも。昨日ノアと一緒に積んできたお花を浮かべたお風呂に、お義兄様は入られたんですって。きっと明日には元気に起きてよ?」
「そしたら、またおばしゃまのおうちに、いっしょにこられるの?」
「ええ…ええ。エレノアちゃん、お義兄様とご一緒に、またこのおうちに来てくださる?」
「あい!」
事情もよくわからずエレノアは元気に手を上げて返事をすると、夫人ふたりもにっこりと笑った。
豪華な昼食の席についているのは、ラウド・ニアス・デュ・ターランド伯爵とその妻であるヴィーシャム、そして幼いエレノア嬢である。
そう──養子であるアーウェンは、この館に連れられてこなかった。
それはターランド伯爵からの明らかな拒絶だろうと思い、なぜアーウェンの資質を疑うような発言をしてしまったのかと頭を抱えたくなる。
しかし、昨日の彼の発言は正当なものだった──この地を治める者として。
そのことはちゃんとラウドも認めてくれたし、アーウェンを連れてこなかった理由もきちんと話してくれた。
なのに──
「後悔するくらいなら、しなければいい」
いつだってそういう姿勢で生きてきたつもりだった。
いや、そうしてきたのである。
なのに、やはり後悔してしまうのは、なぜだろうか。
いや、いつだって後悔してきた。
「なぜ、そうしてしまったのか」と。
妻を泣かせてしまうほどに問い詰めた時。
部下に対して注意以上の言葉を浴びせてしまった時。
農作物が不作だった時。
治水工事が計画通りいかなかった時。
そして──伯爵の『人を見る目』を疑ってしまった『今』も、また。
「……まったく。変わらんな、ラウニル副隊長は」
「ハッ……」
そう声を掛けられてつい恐縮してしまうのは、あれからもう十年以上経っているとはいえ、従軍経験がある者だからこそかもしれない。
「アーウェンが……義息子が今日こちらに伺えなかったのは、先ほども言ったが、慣れない馬車での旅のせいだ。長時間の外出が可能となったのかつい最近だったとはいえ、乗馬や王都内で馬車に乗せて慣れさせることができなかった我々の責任だ」
「しかし……」
簡単にではあるが前夜の伯爵とのやり取りを話した妻の方をチラリと見たが、彼女は何も手助けをする気配はない。
視線は目の前の皿に落とし、敢えてこちらを見ないようにしているようにも思う。
「あの子の従者がしっかりと面倒を見てくれているしな。明日か明後日にはこちらを発てるだろうから、その時に見送りにでも来てくれれば、アーウェンも喜ぶ」
「ハッ……」
『育てる甲斐のない子』──そう言ってしまったのはあの男の子が眠ってしまったあとではあるが、もしあれが実際は寝たふりで、ふたりの会話を聞いていたとしたら、どんな表情でこちらを見るか。
アーウェンが間者ではないとラウドは断言したが、実際のところ虚弱であるというのも見せかけではないか、いつかは害そうと狙うのではないのか。
だからこそ今回この館に来るのを拒むように、『体調を崩した』と言って自分からの追及を避けようとしているのではないか──
そんな考えを振り払いきれないがゆえに、ログラスは明快に『行く』とは言えずにいた。
食事が終わると、晩餐ではないがやはり男たちは喫煙のできるサロンへと向かい、婦人たちは屋敷の裏手にある庭園へと案内される。
王都のターランド邸よりも野趣溢れる庭園内に設けられた四阿で、ルアン伯爵の妻であるジェナリー夫人が頭を下げた。
その姿はこの町で女性衛生兵をまとめる女総隊長としてのくせで、キビキビと軍隊のようである。
「……この度は申し訳ありません。夫のせいで、新しい息子さんが体調を崩されたようで」
「いえ。ターランドも申しましたけど、決してルアン伯爵のせいではございませんのよ?元々そんなに丈夫ではありませんでしたの。ようやく体力がついて、これから気候の良くなる領地へ移したいと思って、急いでしまったの」
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「そしたら、またおばしゃまのおうちに、いっしょにこられるの?」
「ええ…ええ。エレノアちゃん、お義兄様とご一緒に、またこのおうちに来てくださる?」
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事情もよくわからずエレノアは元気に手を上げて返事をすると、夫人ふたりもにっこりと笑った。
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