上 下
81 / 409
第一章 アーウェン幼少期

少年は悪夢に追いかけられる ③

しおりを挟む
それはまるでガラスでできたようにすべて透明になり、棘のついた黒い蔓がボール状に絡まっている物が収まっている。
「アーウェン殿の頭蓋の中にあった蔓です。耳孔から出て来た物をひとつの袋に収めていたところ、気がついたらこのように集まりました。もしやと思ってアーウェン殿に近付けたところ、細かい破片まですべて耳孔から零れ落ちてきて、おそらくこの呪物にとって『完全な形』に戻った後、またアーウェンの中に戻ろうとしたところを封印したのです」
「ああ……だから……」
アーウェンの頭蓋の中に、もう異物はない・・
これ・・がいったい何なのか……もともとはただの植物だったものが呪詛によって魔物化したのか、植物魔物の核が『種』という擬態化を取り、それを何らかの方法でアーウェン殿に埋め込んだ結果、頭蓋に蔓延ったのか……そもそも、それならばなぜ胴体ではなく、種からかなり離れた頭蓋にあり、どう見ても種とは繋がらずにアーウェン殿の中で生息していたのか……古い文献や異国にある魔物や植物までも調べねばなりません」
講義するように話す魔術師長の目は輝き、憂える案件だというのに好奇心や知識欲ではち切れそうになっているのがわかる。
その熱量に押されて、聞かされるカラもただ黙ってうなずくしかない。
「……俺……いや、私の首に巻き付いていた…という糸も、採取できたのですか?」
「ええ。一時は透明になってしまって『消えた』と思われていたのですが……念のため、あなたが使われた湯に魔術や何らかの毒がないかと分析したところ、『あらわしの術』で色が反転して、細い糸が見つかりました。ついでにあなたが吐き出した『血の塊』も湯の中で解れて糸状になったまま透明化していたのがわかり、一緒に保管されています」
「そんな……いったい……いつ………?」
カラの消えた記憶は、未だに戻っていない。
たぶん──その時に『何か』があったはずだと推測できるのに。
「まあ、この箱と同じものに収められていますから、他の誰かにとり憑いたり操ることは不可能でしょう。この封印はかなり強力ですから」
そう言いながら魔術師長がスッと手を動かすと、その箱はまたただの木箱に戻り、さっきとはまた違う文様が浮かび上がった。
「さっきと……違う……?」
「ええ。私以外の魔力を感知すると、新しい封印術がかかるように仕組んであります。たとえ瞬時に解呪の文句を知ってそれを施そうとしても、それは『私』ではないので、箱は勝手に別の封印の呪を己にかけるのです。どうです?面白いでしょう?」
ギラついた目付きに鼻息も荒くグイグイと箱を押しつけてくるその姿に引きながらも、確かに理解不可能な魔術の使い方に、カラは興味を覚えないわけではない。
だからといって──
「と、とりあえず!アーウェン様は一応お休みされたままで大丈夫ということですよね?!」
「あっ、ああ……うん……たぶん……」
「たぶん?!」
「……影響があるとすれば、記憶から引き出される悪夢による精神的苦痛や疲労……ターランド伯爵閣下からもお聞きしたが、アーウェン殿は馬車に乗っている時にも眠りこまれ、ずいぶんうなされていたと」
「え…あ…はい」
主人たちや家令代理のロフェナと同じ馬車の中ではなく、外側に備えられた後部の従者席にいたカラは、ラウドからアーウェンが苦しそうに寝ていることと、目が覚めた時に飲ませるための果実水に体力回復の念を込めた魔力を入れておくようにと指示されたことを思い出す。
アーウェン自身はどんな夢を見ていたのか話すことはなかったようだが、うなされながら呟く単語に息を飲んだと聞いた。

『罰を……殴られ……蹴られ……』
『いちゃ……いけない……』
『オレは……いけない……』
『死なないと……いけない……』
『生きてちゃ……いけない……』
「死にたく……ないよぅ…………」

ボソボソと聞き取れないぐらいの呻き声の最後に、確かにアーウェンはそう言った。
そう言って、泣いた──

「……アーウェン様が、ご自身の育った男爵家でのご自分の扱いが『普通の子供』と違うと理解されているのかはわかりませんが……何せ、両極端に可愛がってくださる伯爵家にいらっしゃったんです……私だって、自分が育った救貧院が『普通の家庭』とはかけ離れている場所だという自覚はありましたが、それは他の家庭を知っているからこそ。比較できる経験や記憶があれば……」
「そうですな。教えていただいた範囲では、アーウェン殿は生まれ落ちた瞬間から、家族以外の外界との接触ができないように監禁されていたも同然だとか」
「おそらく無知なまま、自分たちの言いなりになるように育てたかった……いや、育てるというのもおかしい環境だったようですが」
すべては過去であり、しかも伝聞でしかないから、実際にアーウェンがどのように成長していたのかは見た目から判断し想像するしかない。
それでも可能な限り、アーウェンの中から忌まわしい乳幼児期の記憶と経験と、悪夢からこのまだ未経験過ぎる幼いあるじを遠ざけたい──カラは自分の力が及ばないことに下唇を噛んだ。

しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます

下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。

キャンプに行ったら異世界転移しましたが、最速で保護されました。

新条 カイ
恋愛
週末の休みを利用してキャンプ場に来た。一歩振り返ったら、周りの環境がガラッと変わって山の中に。車もキャンプ場の施設もないってなに!?クマ出現するし!?と、どうなることかと思いきや、最速でイケメンに保護されました、

異世界最強の賢者~二度目の転移で辺境の開拓始めました~

夢・風魔
ファンタジー
江藤賢志は高校生の時に、四人の友人らと共に異世界へと召喚された。 「魔王を倒して欲しい」というお決まりの展開で、彼のポジションは賢者。8年後には友人らと共に無事に魔王を討伐。 だが魔王が作り出した時空の扉を閉じるため、単身時空の裂け目へと入っていく。 時空の裂け目から脱出した彼は、異世界によく似た別の異世界に転移することに。 そうして二度目の異世界転移の先で、彼は第三の人生を開拓民として過ごす道を選ぶ。 全ての魔法を網羅した彼は、規格外の早さで村を発展させ──やがて……。 *小説家になろう、カクヨムでも投稿しております。

妹が聖女に選ばれたが、私は巻き込まれただけ

世渡 世緒
ファンタジー
妹が聖女として異世界に呼ばれたが、私はどうすればいいのか 登場人物 立川 清奈 23歳 涼奈 14歳 王子 ルバート・アッヘンヴル 公爵家長男 クロッセス・バルシュミード26 次男 アルーセス・バルシュミード22 三男 ペネセス・バルシュミード21 四男 トアセス・バルシュミード15 黒騎士 騎士団長 ダリアン・ワグナー 宰相 メルスト・ホルフマン

どうやら私は異世界トリップに巻き込まれてしまったようです。

玲藍
恋愛
私、桜坂神無15歳はこの春からビバ!高校生活!となる筈が異世界トリップに巻き込まれてしまったようです。 私は関係ないから元の世界にー。と思ったら帰れないそうです。どうしましょうかね。 ※登場人物紹介 更新日 2017/09/25

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

処理中です...