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悪夢

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 目を開けるとそこは見知らぬ景色だった。大きい建物、見たことのない服、泣いている少女。
 どうやら少女は同年代くらいの少年や少女から激しく罵られているようだ。

「お前の家は人殺しの家だって母ちゃんが言ってたぞ」
「もうあんたとは友達じゃないから。2度と話しかけないで」
「うわ! 近寄るな! 殺人者のウイルスが移るぞ」

 心ない言葉が容赦なく飛び交うが少女は反論せず、俯いて泣いているだけ。
 何故このようなことになってしまったのか、何故このような扱いを受けなければいけないのか少女は全て理解しているためただじっと堪えることしか出来ないのであった。

 そして場面は変わり少女は自宅と思われる部屋で青年と共に床に座っていた。
 2人とも憔悴しきっており、会話をすることなくただ時間が過ぎるのを待っているだけのように見えた。
 静寂の時間、それがいつまでも続くのかと思われたが突如聞こえてきた声によりその時は破られる。

「この人殺しが! 親がいないガキはやっぱろくでもねえな!」
「この街から出ていけ!」
「子供達の命を奪った奴が何でのうのうと暮らしているんだ!」

 家の外から怒号が聞こえたかと思うと突然甲高い音と共に窓ガラスが割られ、少女と青年は恐怖から互いを抱きしめあう。
 そして10分程経つと自宅の周囲にいた者達は立ち去り、叫び声はなくなったが先程のような静かな空間が戻ることはなかった。

「うぅ⋯⋯ごめん。俺が⋯⋯俺のせいで⋯⋯」

 青年は床に膝をつき、ぼろぼろと涙を流す。

「お兄ちゃん⋯⋯」

 青年は罪を犯した。だけどそれは青年が悪いわけじゃない。けれど自分の子供、家族、友達を殺された人からすればそのようなことは関係ない。青年のせいで死んだ、その事実だけが残る。少女は本当は青年の味方をし、なぐさめてあげたかったが悲しみに暮れている人達がいる中で少女は青年になんて声をかければいいのかわからなかった。

 そして時は流れ、青年は罪を犯したことにより会社を追われ、少女は人殺しの兄を持つということで学校ではいじめに合い、やがて不登校となった。

 青年と少女は1年前に両親を亡くし、2人で助け合って生きていこうと誓い合っていた。幸い両親は家とお金を残してくれたこともあり、兄妹は慎ましくも幸せに暮らしていた。しかし青年が罪を犯したことでその生活は一変し、地域の住民に蔑まされて暮らしていくことになるがその生活はすぐに終わりを遂げるのであった。

 雲が月を覆い隠し、街に人の気配がなくなった頃。
 今日はこの季節では考えられない程気温は低く、そして風が吹いていたため外を出歩く者は皆無だった。
 周囲には灯りは少なく、雲により月も隠れてしまっているため視界が悪いがこの時に限ってはその言葉は当てはまらなかった。

「起きろ!」

 深夜に突然青年が布団で寝ている少女を揺すり起こす。青年は何だかとても慌てている様子だ。

「う~ん⋯⋯どうしたのお兄ちゃん」
「何だか外の様子がおかしい」

 少女は眠い目をこすりながら周囲の様子を伺うと何かパチパチとした音が聞こえてきた。

「お兄ちゃんこれって⋯⋯」

 少女が青年に問いかけた時、突如窓ガラスが割れて炎が部屋の中に入ってくる。

「な、何これ! 何で燃えてるの!」
「こっちだ!」

 慌てている少女とは対照的に青年は少女の手を取り、外に逃げるため玄関へと向かう。

「お兄ちゃん! どうしてお家が⋯⋯」
「⋯⋯誰かが家に火をつけたんだ」

 青年の言葉に少女は犯人の心当たりがいくつも思い浮かぶ。

「とにかく今は家の外に逃げるぞ」
「う、うん」

 少女は後ろから迫ってくる炎に恐怖を感じていたが、左手から伝わってくる青年の温もりによって何とか正気を保つことが出来た。
 追い詰められた少女に取って、兄の存在だけが唯一の心の拠り所であるようだ。

 例え両親との思い出がある家が焼けてなくなっても兄がいれば大丈夫だった。

 そして2人は玄関にたどり着き炎から逃れるためドアノブに手をかける。

「開かない!」

 青年はドアを力強く押すが一向に動く気配がない。

「一緒に押してくれ!」
「うん!」

 少女は兄の言葉に従いドアを押すが、鍵がかかっているわけでもないのに
 ドアが開くことはなかった。

「くっ!」
「お兄ちゃんどうしよう」

 家の外に出る手段として部屋の窓から抜け出すことも考えたが、今は炎が後ろに迫っているため、ここから動くことができない。
 そして炎が迫る中、熱によって天井が崩れ、瓦礫が2人に襲いかかる。

「危ない!」

 青年は自分の身体を盾にして少女を瓦礫から守ることに成功するが、頭部にダメージを受けてしまったためその場に崩れ落ちる。

「お兄ちゃん!」

 少女は必死に叫ぶが青年の頭からは血が止めどなく流れ始め、素人目に見てもこれは助からないとわかるほどだった。

「私を守るために⋯⋯」

 少女は青年の怪我の状態を目の当たりにして自分のせいだと罪悪感に苛まれ地面に膝をついてしまう。
 その間にも炎は迫ってきており、このままだと少女が焼け死ぬのは時間の問題だ。

「もう疲れちゃった」

 進むことも戻ることもできないため少女は生きることを諦め、兄の身体に覆い被さることにする。

「お兄ちゃんごめんね⋯⋯お兄ちゃんがいないならもう生きていても⋯⋯」

 少女は目を閉じ大好きな兄を抱きしめるが、この後無情にも天井が崩れて2人は生き埋めになって命を失ってしまう。


 これは夢、ため、目を覚ませば悪夢として記憶の片隅には残るが、けして内容を思い出すことはない。けど私はこの光景を知っている。

 初めて人を憎いと感じた記憶を例え頭が忘れていても魂が覚えている。

 そして少女は目を覚まし、憂鬱な気分の中で今日という1日を始めるのであった。
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