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第五章:因果去来編
第二話「それは緩やかな」その五
しおりを挟む「あー、はいはい、そりゃ確かにうちのもんが書いた記事ですけどね。不敬とかそういうのはうちには関係な――え? あ、ありがとうございます。お褒めの言葉は記者に伝えておきますんで……はい、失礼します」
外線受話器を置き、ヴァンリブ新聞社の新人記者は首を傾げながら、今し方の通話内容を用箋に書き留めた。
ヴァンリブ新聞社といえば、世界初の大衆向け新聞である『皇都週報』を発行する老舗新聞社だ。しかし他の新聞社と較べると規模としては些か小さく、新人社員が電話番を務めることももはや伝統となっている。
「おっかしいなぁ、なんで皇族批判して褒められてんの。しかもガチガチの皇族支持者に」
「なんだテイン、おまえそんなことも知らずに新聞記者やろうとしてんのか?」
隣の席で後悔された議会の議事録と自分の取材手帳を付き合わせていた一年先輩の社員が、首を傾げるテインを莫迦にしたように笑う。
「どういうことっすか?」
「どうもこうも、批判ってあれだろ? リリシア様とメリエラ様の仮面勝負の記事。絵画展に出展して両方とも佳作。授賞式であわや取っ組み合いってやつ」
「ええ、『もっと淑女としての態度をマティリエ様に教わってはいかがだろうか』って書いた記事ですよ」
テインの答えに、先輩記者はげらげらと大声を上げて笑い始める。
手元の議事録に唾が飛び散るが、本人はまったく気に止めていない。
「あんなの批判にもならないっての。皇王府だって気にしやしないぜ」
「そうですか? 俺の故郷なんてちょっと苦言を呈しただけで出版停止食らいますよ」
テインは中原から皇国へ移民してきたばかりで、彼の中の常識といえば故郷のものが大半だ。
その中には王侯貴族に対する様々な評価も含まれている。
「そりゃあれだよ。王族が弱いからだ」
「はぁ……」
テインは先輩記者の言っている意味が理解できなかった。
権力の強さ弱さでいえば、故郷の王族たちは決して弱くなかった。皇国の皇王と較べても、法的な権力の強さだけならばそうそう違いはないだろう。
「うちの王様も、結構権力とかは……」
「権力? 違う違う、もっとあれだよ、ええと、そうそう腕っ節!」
「腕っ節? 王様の?」
テインはついにこの先輩は狂ったかと思った。
病院に担ぎ込まれたらその分の仕事が自分に回ってくるかと思うと憂鬱になったが、彼は狂ってしまった――と彼が思っている――先輩を刺激しないよう、務めて穏やかな口調を保つ。
「すみません、俺にはよく分からないんですが」
「え? 喧嘩とかしたことないのか?」
「いやまあ、子どもの頃に少しは……」
「じゃあ分かるだろ、強い奴ってのは細かい批判とかどうでも良いんだよ」
「はぁ」
テインの気のない返事に、先輩は頭を掻き毟る。
「おめえも物わかりが悪いなぁ! ようするに、わざわざ下々を締め付けて自分たちを攻撃させないようにする必要がないんだよ! 龍が蟻に突かれて怒るか? 鯨がクラゲに刺されて痛がるか?」
テインはようやく先輩が言おうとしていることを理解した。
つまり、支配者たちのその支配の正当性の話をしているのだ。
皇国の皇王は、実質的にその圧倒的な力によって人々を支配している。
ならば皇王の支配の正当性を揺るがせるためにはその力を脅かす必要があり、新聞記事にはそれができない。ならば、皇族が少々の批判にいちいち目くじらを立てる必要もないということだ。
「皇王府が怒るのは、あれだよ、悪いことを叱るんじゃなくて、気に食わない奴を莫迦にしてやろうって記事を書いたときくらいだ」
「そんなことあったんですか?」
「おう、うちの社じゃねえけどな。マティリエ様を『帝国からも見捨てられた廃棄物王女』って書いたところがあってよ。発行当日の早朝に内務院の査察食らってたぜ」
「また、随分動きが速いんですね。外交とか絡んでくるからですか?」
「それもあるかもしれないけどよ。お前、自分の子どもみたいな年頃の娘に対して、自分の主観のみの悪口書き立てる莫迦が同業とかどうよ?」
先輩記者にそう問われると、確かにあまり気分は良くない。
少なくとも自分は誰かに確かな情報を伝えるためにこの仕事をしているのであり、自己顕示欲とか自分の感想を並べ立てたくて筆を握っている訳ではないのだ。
「それはいやですね」
「俺もだ。で、そういう品のない作文をでっち上げると怒られるし、同業者に白い目で見られて情報を回してもらえなくなる」
「厳しいんですね」
「真剣勝負だからなぁ、俺たち記者と取材対象の。それに水差すんだから、そりゃ武闘派の記者たちからは睨まれる」
皇国に限れば、その武闘派ではない記者の方が少なかった。
彼らは常に強敵を求めて街を駆け回っている。
「そうそう、この間の俺の記事も結構評判良かったんだぜ」
そう言って先輩記者が差し出したのは、皇王と妃たちが白龍宮を訪れたときのものだ。家族の団欒という題名の写真が付いている。
「――あの、先輩?」
「どうした?」
「この写真、オリガ様が地面に伏せられた背負い籠の中で麦麺食べてるようにしか見えないんですが」
「残念、それはどこからか現れたアナスターシャ様だ」
「えぇ~~……」
先輩記者はそのときの状況を詳しく話した。
レクティファールとマティリエが、戯れで大きな背負い籠と木の枝で罠を作った。どうやらマティリエが呼んだ本にそのような場面があったらしいのだが、レクティファールも同行していた記者たちも、まさか何か獲物が引っ掛かるとは思っていなかった。
しかし、レクティファールが背負い籠を木の枝で支え、籠の下に焼き立ての黒砂糖をまぶした揚げ麦麺を置いて立ち去ろうとした瞬間、罠が発動。
中には来る予定のなかったアナスターシャが引っ掛かっており、呆然とするレクティファールと記者、喜ぶマティリエというなんとも言いようのない光景が広がったらしい。
「なんとか写真撮ったんだけどな。いやぁ、皇族取材は退屈しなくていいや」
なおその後、気を取り直してもう一度罠を仕掛けたらしいが、結果は大方の予想通りであったらしい。
「オリガ様、皇都にいたはずなんだけどな……」
「ははは……」
テインは深く考えることをやめた。
この国では故郷の常識は通じない、それだけ分かれば十分だ。
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