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第五章:因果去来編
第二話「それは緩やかな」その四
しおりを挟むカールの目には、龍族を模した自動人形はあまり好ましく映っていなかった。
それは彼が龍族であり、それに誇りを持っているからというだけではない。目の前の女性が作り上げたそれは、明らかに世界の軍事的均衡を破壊する兵器になり得るからだった。
「――つまり、空戦型自動人形の魔導筋繊維は陸戦型自動人形のそれよりも高密度のものが使用されています。現在の製法では同じ重さの魔導筋繊維を製造する場合、空戦型魔導筋繊維は陸戦型魔導筋繊維の二倍の時間と三倍以上の費用が必要となります」
だが、作れる。
時間と予算さえあれば、使い手次第で飛龍に匹敵する兵器を作ることができる。
(初代陛下が恐れていたのは、この状況か)
初代皇王の御代、飛行能力を持つ兵器の開発は一度提案されていた。それも初代皇王本人からである。
しかし彼は龍族や飛竜などの装具開発こそ熱心にその必要性を説いたが、飛行兵器についてはあくまで机上研究のみを命じていた。
現実問題として初代皇王が考えるような兵器は当時の技術力では作れなかったため誰も疑問に思わなかったが、皇国の歴史上、もっとも強く龍族の力を振るった初代皇王が、その有用性に気付いていなかったとは考えにくい。
ならば、初代皇王をして研究開発を躊躇う要素が飛行兵器に存在したということだが、今のカールならばそれが理解できる。
あまりにも戦域が広がりすぎるのだ。
現在の戦争は、基本的に戦術単位で推移する。せいぜいいくつかの戦場を連結させてひとつの作戦とするのが関の山であり、レクティファールが行っている戦闘行動を伴わない空軍や海軍の派兵など、当初はかなり懐疑的な見方をされていたものだ。
極端に言えば、皇国の軍人たちの頭にある戦略というのは、戦術を発展させたものだった。それに対しレクティファールは、国家規模の大戦略から軍事上の戦略へ、さらに限定された戦域での戦術へと範囲を狭めていくというまったく逆の視点を持っていた。
それを考えると、レクティファールは稀代の軍神と言われながらも、常に『政治家』だった。だからこそ、軍はレクティファールに良く従っているのかもしれない。
少なくとも自分たちの総司令官が『政治家』であり続ければ、自分たちの行動が全くの無駄になることはない。
その命令は常に政治的判断であり、国のためにのみ下されているという前提がある。皇王が国家そのものであるのだから、そこから下される判断は総てが皇国の意思という理屈だ。
殺し殺される仕事だからこそ、せめて自分や他人に言い訳が立つような仕事がしたいというのが、軍人たちの偽らざる本音だろう。
(だが、上に立つ者の視点が広くなれば、戦火も広がる)
仕方のないことだと納得するのは容易だ。なにせすでに相手側はやる気に満ち溢れたちょっかいを出し続けている。
(初代陛下も、相手が同じ力をもつ可能性を考え、研究を続けるように命じたのだろうな)
自らに可能なことは相手も可能である。
そこに例外はない。
「――ふう」
自分たちの前途が大いに障害に満ちていることを再確認したカールが溜息を漏らすと、隣にいたフェリスがぎょっとした顔で振り向いた。
手元の帳面がほぼ白紙であることに、カールは触れないでおくことにする。
「あ、あの、カール様」
「なんだ」
「もしかして今日おいでになった目的って、講義じゃなくて、講師の方ですか?」
フェリスがそう思ったのには理由がある。
今回の講義で演壇に立っているのは、『レクト・ハルベルン』の細君であり、来月から産前の在宅勤務に移る予定の女性だ。その胎内にいるのはカールにとって―― 否、皇国の民総てにとって重要な人物になるかもしれない存在だった。
「それもあるが、みたところ普通の混血種の嬰児だ。過去の記録から考えれば、この時点で龍族が察知できる程度の力を持っていなければ、次代の〈皇剣〉の担い手ではない」
「あ、やっぱりそうなんですね……すみません、全然分からなくて……」
しょんぼりと顔を伏せるフェリスに、カールはなんと声を掛けるか悩んだ。
そして結局、なにも声を掛けないことにした。
「――まあ、どんな血を持とうと、儂にとっては義理の孫で、貴様にとっては義理の娘だ。相手はそれを一生知らないだろうがな」
「はい……」
法的に言えば、女性はあくまで『レクト・ハルベルン』と結婚したに過ぎない。
従って皇王レクティファールとは無関係であり、愛妾などが皇王府から受け取る援助も受け取ることができないのだ。
しかし、『レクト・ハルベルン』の妻としての権利は誰憚ることなく享受することができる。
たとえば事情を知ったメリエラが嫉妬に狂いそうになり、リリシアに物理的に止められていたような、誰の監視もない夫婦の時間など、皇王の妃では絶対に手に入れられないものも当たり前に手にすることができる。
「羨ましいか」
カールがそう訊ねてみれば、フェリスはいつもよりも明確に頷いた。
「あの方は、四ヶ月だけだったけど、夫婦ふたりきりの時間もあったんだそうです」
皇妃たちの誰もが憧れる、誰の目もない夫婦ふたりだけの時間。たとえ監視があったとしても、彼女は気付かなかっただろう。
「いいな、って思います」
呟きながらじっと演壇を見詰めるフェリスの横顔に、カールは蒼龍公マリアを見る。
あの当代随一の執念女、己のものと定めたものを延々と追いかけることをなによりも楽しむ者と同じ眼差しがそこにあった。
「そう思うのなら、さっさと作るがいい。そうすれば少なくとも監視はなくなるぞ」
「頑張ってるんですよ、これでも!! この貧相な身体でも!! でもできないもんはどうしようもないじゃないですか!! お祖母さまさえ手を出してない禁術に頼れとでも言うんですか!?」
「ぬおっ!?」
まくし立てるフェリスと、圧倒されるカール。
そしてそのやりとりを何ごとかと窺う講義室内の人々。
「できゃしませんよ!! というか、義姉さんおかしくないですか!? 本当に龍族ですか!? ひょっとして龍族の懐妊最短記録じゃないですかね!!」
「き、記録など取るようなものではないが、可能性はあるな」
「ボクですね、龍族の力がないんだから、ひょっとしたらそっちは早いかと期待していたんですよ。ははは……はぁ」
「そうか……うむ、余計なことを言ったな」
カールは久方ぶりに本心からの謝罪を口にする。
義理の娘に言うようなことではなかった。
もっとも、その義理の娘はそんなに柔ではなかった。
「謝るくらいならメリエラ姉さんの分一回ください」
要するに、メリエラの分の一晩よこせという要求である。
こと夜の諸問題に関して、妃たちに淑やかさは微塵も存在しない。常に全力であり、周囲もそれを美徳として褒め称えるのだ。
カールもまたその例に漏れず、積極的にいけと応援する立場であったが、こればかりはどうしようもない。
「儂の寿命がなくなるから無理だ」
「ですよね」
仮にここでカールが勝手な約束をしたならば、まず名代としてマリアとアナスターシャが乗り込んでくるだろう。そしてそのまま皇城まで連行され、面会用迎賓館で娘たちに吊し上げを食らうことになる。
「じゃあ、奥様たちとの夜の諸々教えてください。姉さんにも言ってないような奴」
男親だからと色々口にしなかったことがあるだろう、とフェリスの据わった目は言っていた。
そして実際、半分以上は言っていなかった。
「――変わったな、フェリス」
「そりゃ『生娘』と『女』は別の生きものですから」
ああ、そういえば、蒼龍の一族は脱皮とかもできるという噂があったな――カールはフェリスの無表情を見ながら、そう心中で呟いた。
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