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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その十一
しおりを挟む巨大な神と、ヒトの形をした遺失兵器が戦っている。
「ははっ」
身体が震える。
大剣を掴んだ手が緩みそうになる。
それほどまでに目の前の光景は恐ろしいものだった。
「つまらないなぁ! だが、余では足りぬなぁ!!」
飛び掛かってきた八洲の神を斬り捨て、彼女は嘆くように叫ぶ。
「余では貴様の力を引き出せない! 悔しいなぁッ!! レクティファアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァルゥウウウウウウウウウッ!!」
一閃、二線、三扇、四穿、五遷、六旋、七尖、八煽、九剪、十殲。
一太刀を浴びせ、返す剣筋で二線を刻み、轟声で背後に迫る一群を吹き飛ばし、四方の敵を刺し貫き、五つ目の方角へ飛び、振り向きざまに剣風で旋風を巻き起こし、それを追い掛けて敵の身体を刺し貫き、八方の敵にそれを見せ付け、怒り狂う敵を滅ぼすべく神剣に源素を送り込み――
「目覚めろォオオオオオオオオオオオオオッ!!」
そして、古の対神兵器が目覚める。
否――牙を剥く。
「形態変化ッ!!」
剣身がふたつに割れ、芯となっていた高密度魔導体が虹色の光を発する。
光は、その本質のままに真っ直ぐに空へと伸び、渦を巻き、雲を貫き、空を焼く。
世界の果て、神域の宇宙へと伸びたその光の根元で、彼女は恍惚の表情を浮かべていた。
「そう、これだ! 余が欲しかったものだッ!! あいつの背中を、このまま逃がして堪るものかぁあああああああああああああああッ!!」
貪欲に源素を暗い、神剣は――環境保全機構管理体対抗体の装備は、異常を来した神族を殲滅するというその機能を完全に取り戻していた。
「“神殺しの神剣”――殲滅執行形態」
虹色の光を振り、遠方の山を撫で切り、やがて彼女は自らの意思で七色を集束。
そうして劔の形を形成するのは『白』、焦がれる彼の色。
「アハハハハハハハハッ!!」
蕩ける。
昂ぶり、遠くで戦う男が目の前にいるような気分になる。
「どうだ? これなら貴様の隣に……」
唇を舐め、一歩を踏み出す。
すかさず突っ込んできた八洲神を一振りで“消滅”させ、彼女は進んでいく。
「あの龍の娘も、あの騎士の娘も、ここにはいない」
次々と飛び掛かる八洲の神々は、白い剣身に触れるだけで身体を保てずに消える。
剣で受け止めることもできず、ただ一方的に光に蹂躙される。
「余はいる。仮面を付け、名を隠し、だがここにいる!!」
八洲の神は退かない。本拠地まで攻め込まれた彼らに逃げる場所はない。
戦うしかないのだ。
だが、彼女はそんな彼らの悲痛な決意を一顧だにしない。
目の前にいる男に近付きたい。ただそれだけを思い、歩を進めている。
神剣を作った技術者が見れば、身体の制御を半ば以上剣に奪われていると判断するだろう。
同属を躊躇わずに滅ぼすには、感情は邪魔になる。
そのため神剣は必要な感情だけを残し、理性を封じるように作られていた。
「いま行くぞ、レクティファール……」
彼女が踏み出す。
「それは困るな」
“彼女”が空間を断裂させる。
「――何者だ」
「神様」
虚空から滲み出るようにして現れたその存在は、レクティファールが従える精霊たちの戦闘装束を着崩していた。
胸元を大きく晒し、巻袴は足の付け根まで切り込みが入っている。
「ただ、あなたには斬れない神様」
「試してみるか?」
「どうぞご自由に」
その言葉を受け、『虎』は無言で白の刃を突き出す。
消滅させる、その単一能。だが、機能は果たされない。
目の前にいるのは、神剣が想定している“神”ではなかった。
「さあ、あなたはどの程度? 勇者ほどには楽しませてくれると嬉しいなぁ」
「ハッ、ハハハハハハッ!! 良いだろう! 有象無象どものついでに、貴様と踊ってやる!!」
剣を振り上げ、周囲の神々を消滅させながら、彼女は嬉しそうに咆哮を上げる。
狂戦士のように、虎のように。
「このままでは神域が崩壊するぞ! 父上はまだなのか!」
神域の奥地、『御座』と呼ばれる洞の前で、カトリが冷や汗を垂らしながらきょうだいたちを振り向く。
ほんの少しだけ人が手を入れた祠の入り口には、カトリたち第一世代――第一文明期の呼び名ならば第二世代――の八洲の神の半数が集まっていた。
残りの半数は戦いに出ており、まともに連絡を取ることもできない。
「そもそも、父上が出てくる可能性はあるのか? あの方は姉上が義弟たちに陵辱され、助けを求めたときでさえなにもしなかった」
腕を組み、カトリを見据える女神――オオアワは、アサマと呼ばれていた頃の瑠子といつも一緒にいた神だ。
ともに八洲の地を整え様々な恵みを人々に与えた。その功績からいまでも多くの信仰を受けている。
「父上がお姿を見せなくなってどれほど経った? 姉上が地に降りて以来、その声を聞いた者がどこにいる」
「――大陸の神との戦いで受けた傷が癒えていないのだ」
「それが事実だったとして、いままさに危機に瀕している我々を救ってくださるだけの力は戻っているのか? 某としては、姉上のところに馳せ参じ、さっさとカシマどもを殴り付けてしまいたい」
オオアワは苛立ちを隠さず、きょうだいたちを睥睨する。
八洲の神の中でも十指に入る実力者に睨まれ、きょうだいたちはそれぞれの反応を示した。
「ぼくもね、姉上には会いたいよ。でも人妻だからねぇ。ぼくひとりじゃどうにも体裁が悪い」
「ならば、某と行くか? せっかく作ったおもちゃを叩き落とされた文句も言いたかろう」
「――姉上の夫君だからね。あれくらいできてむしろホッとしてるよ。夫婦喧嘩でぼくたちが出る必要がない」
「ガッハッハッハッ!! 確かになぁッ!! 俺も姉上とやり合うのはごめんだ!!」
豪快な笑い声が祠の入り口がある山を振動させる。
火山の鳴動ではないかと思えるほどのその声も、彼らにとっては聞き慣れたものだ。
「オオヤマ。話はそう簡単なことではない」
「カトリよぉ、難しく考えた結果がこれだぞ。だがやるとしたら、降臨してもなお信仰に陰りがなく、そう遠くない未来に父に匹敵する信仰を得るかもしれない。そんなことを考えて姉上を封じるべきと騒ぎ立てたきょうだいたちが先陣だろうがよ」
オオヤマの言葉に、その場にいた何柱かの神が視線を逸らす。
祖神オノゴロとほとんど変わらぬ信仰を得ていた瑠子を危険視し、堕神とし封じることをオノゴロに提案した者たちだ。
「姉上は人間好きだったからなぁ。よく地上に降りて子守の手伝いをしていた」
オオヤマは懐かしそうに目を細める。
自分もその手伝いに駆り出されたことがあったが、押し付けられた赤子、なんの力も持たないただの人間の子が、その中にひとつの宇宙とも言えるほどの生命力を宿していることに驚いたものだ。
「自分の子ども、楽しみにしてたんだがなぁ……おい」
オオヤマの声が低くなる。
力を失い。しかし人の子を育てられることを楽しみにしていた瑠子。
結末は、悲劇でしかなかった。
「貴様らが地上の初代の弟連中に何を吹き込んだか俺は興味がねえ。だがよ、最後までツケを払わずに生きていられると思うなよ」
「オオヤマ! 貴様兄を脅すか!?」
「俺? 莫迦言うなよ。あそこでカシマと殴り合ってる姉上の旦那に決まってんだろうが。こんな辺境くんだりまで足を運んでくれたんだ、手土産にあんたら差し出すくらいのことはするぞ、俺は」
「それはいい。姉上が何も言わぬゆえ某も黙っていたが、義兄上がお怒りとあれば面目は立つな」
オオアワが虚空から直刀を引き出すと、彼女に同心する神々もまたそれぞれの得物を取り出す。
瑠子に可愛がられていた彼らにとって、五千年以上熟成した鬱憤を吐き出すときが来たのだ。
「お、おい」
カトリが焦って両者の間に割って入ろうとする。
これ以上の争いは、神域の秩序を完全に崩壊させかねない。
とくにここに集まっている者たちは、いずれも神域の運営を司る大神だ。
誰かが欠けるなど考えたくもない。
「心配するな、とどめは刺さない」
「だな。刺すとしたら姉上か、義兄上のどっちかだ」
「争うのをやめろと言っている! くそっ!!」
カトリもまた、鉾を取り出して構える。
軍神として崇められている彼であるが、神族同士の戦いとなると、おそらくオオアワの足元に辛うじて達する程度でしかない。
神族同士の戦いは、相手の持つ情報をどれだけ把握するかに掛かっている。
強大な力も振るう先がなければ無用の長物だった。
「――何故、こんなことに」
カトリは呟く。
それに対し、そこにいる者たちの答えは一致していた。
『姉上が、姉上だからだ』
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