473 / 526
第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その十二
しおりを挟む《やめなさい》
一触即発の状態にまで膨れ上がったきょうだいたちに冷や水を浴びせ掛ける声が、祠の奥から聞こえてくる。
《鉾をおさめなさい。けんかをしたいのなら、外で、素手でおやりなさい》
「父上……!」
カトリが呟き、他のきょうだいたちが次々と武器を仕舞い込む。
明らかに不満を隠せない様子の者も少なくなかったが、父であり祖である存在の言葉に反してまで我を通そうとする者はいなかった。
《この領域があの者によって亡びるのなら、そのままにしておきなさい。あの者にはそれが赦される》
「お言葉ですが父上! この“座”には多くの同胞がおります! ここを逐われては彼らの生きる術がありません!」
「神聖なる我らが庭に土足で押し入ってきたのは彼ら! 我らが何故あの者たちの思惑通りに逃げ散らなければならないのですか!?」
先ほどまで鉾先を向けられ、身を縮こませていた者たちが一斉に反発する。
その様子にオオアワとオオヤマが呆れたような表情を浮かべ、カトリが頭を抱える。心底、気絶させておけば良かったと後悔した。
《この庭を造り、わたしに献上してくれたのはあの子です。わたしはあの子を一度見捨てました。声さえ出せぬほどに弱り切っていたとはいえ、わたしの声を聞くことのできるアチたちに直接働きかけることも不可能ではなかった。それでも、わたしはなにもしなかった》
「あの者が招いた結果に過ぎませぬ! 父上が気に病むことなどなにひとつありましょうや!」
《そなたのような息子を残してしまった。それだけでも亡ぼされるに足るのです。姉を嫉むのは仕方がありません。あの子は優秀だった。わたしの予備機であり、可動直後に機能を停止した妻の、その素体をそのまま用いた唯一の一・五世代。いえ、性能だけならばわたしさえ凌駕する最後の機体。わたしの模倣品であるあなたたちに勝てる相手ではなかった》
「――!?」
祠の声に対する反応は真っ二つに分かれた。
事実を知っていたか、知らなかったか。そのふたつだ。
《あの子が最終統合兵器の下へ嫁ぐのは、運命のようなもの。本来わたしとあの子の素体は、彼の支援機として設計、製造され、しかし融合によってその価値を失い。環境管理機構の管理者へと転用されたに過ぎないのです》
「父上が、あの者に膝を屈するために作られたと仰るか!?」
《あの時代、どちらが上位などということはありません。誰もが自分にできることをその機能の限り行ったのです。今、戦闘機械として認識されている者たちの大半も、その設計段階は単なる作業機械に過ぎません。ただ、この世界ともうひとつの世界を可能な限り安定した状態で融合させるための存在だったのです》
世界が安定するまであらゆる外敵から守護するための存在。
融合し、不安定化した世界を再構成するための存在。
再構成された世界に恒久安定をもたらす法則を作り、それを管理する存在。
そして、再び世界が不安定化した際、総ての概念と法則を壊し、作り直すための存在。
幾星霜の後、ひとつめは始祖龍と呼ばれ、ふたつめは神と呼ばれ、みっつめは四界と呼ばれ、四つめは概念兵器と呼ばれるようになる。
「では、父上はこのまま座して亡びよと?」
カトリはそれが父の意思ならば従うつもりだった。
自分たちは十分に存在した。亡び、次代に役目を継いでもいいかもしれない。
《あなたたちの好きなようになさい。わたしはすでに素体を奪われ、ただ意思と力のみが存在するに過ぎない。そんなわたしが消滅しないよう、あの子がここを作ってくれた。あの子が選んだ者がここを消すというなら、わたしは従うまでです》
「それが、己の素体を奪った者であっても、ですか?」
《素体が奪われることも、わたしの製造理由に含まれていました。あの者とわたし、製造時の生存順位があちらの方が高かっただけのことです。うらみもありません》
彼の素体を用いることで、第三世代概念兵器は形になった。稼動まで漕ぎ着けることはできなかったが、その直前の状態で保管され、二〇〇〇年前に様々な実証試験情報を内包した始祖龍の機能を組み込み、ようやく完成状態になる。
完全に世界を亡ぼすのならば、その対象となる世界の情報を詳らかにしなければならなかった。
〈皇剣〉と呼ばれるそれは、ある意味で旧世代のあらゆる技術の集大成だったのだ。
《正直、我々が神と呼ばれるようになったことは少しだけ不思議でした。我らの創造主たちが考えていた“神”に一番近いのは、あの者だというのに……》
「ならば父上、カシマたちはどのようになさいますか?」
《すきにさせなさい、と言いたいところですが、あと一度だけ父らしく叱責するのも良いでしょう。そのあとは、あの子に任せます》
「承知いたしました」
祠の奥から気配が消え、きょうだいたちは大きく息を吐く。
その力の大半が失われた状態とはいえ、自分たちの創造主を前に平静を保っていられるほどの神経の太さは持っていなかった。
「聞いたな? では不出来な弟たちを父と姉の御前に引き摺り出すぞ」
カトリの声に、きょうだいたちは半ば自棄になって吼えた。
自分たちがいったい何故戦っているのか、さっぱり分からなくなっていた。
0
お気に入りに追加
2,909
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。