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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その一〇
しおりを挟むその戦いはもはや、組織的な戦闘の枠外にあった。
誰もがそれに手を出すことができず、目の前の敵を凌ぐことに全力を傾けた。
《ルアアアアアアアアアアアッ!!》
雄叫びと共に光が溢れ、天上から一発一発が重戦艦を一撃で大破させることのできる光弾が、豪雨のように降り注ぐ。
「障壁!!」
「制御不能です!!」
〈天照〉の艦橋で交わされる悲鳴のような言葉のやりとり、何度目か分からない命令の拒否に、播乃丞の額にはそれと分かるほどはっきりとした青筋が浮かんでいた。
しかし彼の艦は自らを守るべく、艦の周囲に展開している防御障壁の出力を引き上げる。
その直後、その巨大は光の雨に晒された。
「障壁出力〇・八九! 一撃で一割以上の出力を持って行かれました!!」
「なんなんだこのバカげた出力は! 向こうはこっちを狙っているわけじゃないんだぞ!!」
播乃丞は座席の身体を支えるための手摺りに思い切り拳を叩き付けた。
執政レクティファールの参戦により、敵神族の攻撃対象は完全にそちらに移った。
しかしその攻撃の余波だけで、艦はろくな戦闘行動を取れずにいた。
「ヒトの大きさに対応した戦闘教義など本来のこの艦にはない……! いい加減我々に制御を返せばいいものを!!」
今現在、〈天照〉を制御している中枢機構は、この艦の建造当初のものだ。封じられたそれの上に八洲の人々が蓄積していたものではない。
〈皇剣〉との戦いなど、〈天照〉本来の中枢機構では到底対応できるものではないのだ。
「直上! 味方落ちてきます!!」
「総員、衝撃に備えろ!!」
播乃丞の命令が早いか、〈天照〉の障壁が反応しない大きさの物体が上部装甲甲板上に落着した。
艦の姿勢が揺らぎ、各部で姿勢制御用噴射機が推進剤を吐き出す。
それでも衝撃は抑えきれず、艦は斜めに傾いた。
「上甲板、対衝撃区画大破! 外殻に歪みが発生しています!」
「応急班を出せ! 間違っても外気に触れるなよ!」
命令一下、各地に散っていた応急修理班のひとつが上甲板へと走る。
それを乗組員の位置情報で確認しながら、播乃丞は投影窓に映る装甲甲板へと落ちてきたものへ目を向けた。
「これだから、〈皇剣〉と関わるとろくなことがない!」
直径三〇メイテルほどの落着痕の中央で片膝を突いていたレクティファールは、装束に付いた埃を払い落としながら立ち上がる。
身体に損傷はない。この程度の衝撃で異常をきたすような基本構造を〈皇剣〉は持っていなかった。
「さあ、次はどう来る」
見上げたレクティファールの視線の先から、ヒトの形をした影が近付いてくる。
それは彼を追い掛けるようにして、〈天照〉の装甲甲板へと落ちてきた。
《アアアアアッ!!》
力業で障壁をぶち破り、その勢いのままに甲板上に落下。衝撃が広がり、レクティファールのときよりも巨大な落着痕が装甲板に刻まれた。
戦闘開始前は鏡のように滑らかだった〈天照〉の装甲板は、今となっては破孔と亀裂だらけになっていた。
遡行性素材の装甲は時間さえ掛ければ修復されていくが、自動修復素材を用いていない基礎構造部分にまで損害が広がれば、いくら〈天照〉が自他共に認める世界最強の空中戦艦でも墜落は免れないだろう。
『レクティファール殿。すまないが、戦うならば別のところで頼めないだろうか』
接触回線から聞こえてくる義兄の声は、平静を装ってはいるものの、隠しきれない焦りが垣間見えた。
それはそうだろう、とレクティファールは思う。
彼らの身体は神域の大気に耐えることができない。〈天照〉の加護を失った瞬間、高濃度の源素に晒されて体組織が崩壊してしまう。
だが、レクティファールには正周の望みを叶える方法がなかった。
「軍神で、あの子の弟か。強いわけだ」
カシマが腕を振るうと、源素が方向性を経て刃のようにレクティファールに殺到する。源素というのはその性質が定まっておらず、防御障壁による減衰が非常に難しかった。〈天照〉のように完全に遮断するという方法もあったが、今、この場でそれを行うことはできない。
「絶対、障壁が干渉する」
〈天照〉の装甲は一種の流体のようなもので、その流体の組成を変化させることで様々な特性を得ることができる。
建造当時最新鋭だった技術で、この装甲だけで同規模の旧式艦が二隻ほど建造できるという代物だ。
この装甲があるお陰で、障壁内部に少々の高濃度源素が入り込んでも艦の内部まで一気に浸食されることはない。
〈天照〉はこの装甲板が幾重にも重なった積層装甲を持っており、それを総て突破するのは並大抵の攻撃では不可能のはずだった。
《オオオオオオン!》
だが、カシマの攻撃は〈天照〉の装甲の特性をあっさりと突破する。
源素の組成を無秩序に変化させることで、装甲が持つ対抗性を無効化しているのだ。それでも単純な出力差によって直接装甲を貫かれることは避けられている。
「源素制御はお手の物ということですか」
刃を潜り、足下に新たな陥没痕を作って加速。
レクティファールは〈皇剣〉を振るい、カシマの脇腹を狙う。
《サセヌッ!》
「させてもらう!!」
身体から衝撃波を発することでレクティファールを吹き飛ばそうとするカシマと、その衝撃波を斬り裂くレクティファール。
空中でさらに一歩を踏み出し、レクティファールはカシマの脇腹に〈皇剣〉を突き刺した。
「これで!」
《サセヌト言ッタァッ!!》
突き刺したカシマの身体から、血の代わりに源素が吹き出す。
神族の身体は源素を素に作られているが、現在のカシマの身体は貪るように取り込んだ周囲の源素を身体の形に纏めているに過ぎない。
これほどまでの源素制御技術は、これまでの彼にはなかった。
怒りの余り開花した才能。それは彼が心底憎んでいる姉と同じものだった。
「ぐッ!?」
レクティファールは〈皇剣〉を引き抜くと、そのままカシマから距離を取る。
煙を吐きながら、源素に浸食された腕が急速に修復された。
「なんという莫迦力」
自分の領域で戦う神族とは、これほどまでに恐ろしい存在なのだ。
だからこそ、瑠子は八洲の神々の中で一際高い地位にいた。父以外の誰も、彼女に勝てなかった。
今のカシマのように怒りに身を任せることなく、完全に源素を制御下に置いていた。
「だが、神族同士の戦争がないわけが分かった」
相手の領域に足を踏み入れることを、神族はこの上なく嫌がる。
不慣れな場所に赴いて自分という存在が浸食される危険性を考えれば、それも当然だ。
もし神族同士で争うならば、時間を掛けて相手の領域を自分の領域へと染め直すことから始めなければならない。もちろん、相手がそれを許すわけがない。
「さあてと、どうやってこの義理の弟を止めたものか」
レクティファールは唇を舐め、〈皇剣〉を鞘に戻した。
それを見たカシマが、低い声で言う。
《失セヨ》
「断る」
レクティファールの答えは早かった。
彼は〈皇剣〉を腰に戻すと、両腕を広げてカシマに笑いかけた。
「これで戻ったら、確実に家に入れて貰えない」
【第一兵装庫:展開】
〈天照〉の空間探測儀が悲鳴を上げ、それによって伝えられた警報は乗員たちへと伝達される。
「空間歪曲確認!」
「今度は何だ!?」
だが、伝えられたところで何もできない。
播乃丞は投影窓のひとつで深々と椅子に腰掛けている主君を見詰め、自分も艦長席に身を投げ出した。
「――嵐の前で焦っても無駄か。くそったれめ」
〈天照〉の上甲板。レクティファールの背後に浮かび上がってきたものを見詰め、播乃丞は吐き捨てた。
そこにあったのは、かつて海軍主導で大陸間弾道砲の試作品として作られ、しかしそれを運用するための艦体が用意できずに封印されたという単装一五〇〇ミル砲。
それが亜空間から顔を出し、カシマに狙いを定めつつあった。
「衝撃に備えろ! 我らが執政殿は艦の上でおおいくさをなさるおつもりだ!!」
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