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第四章:万世流転編
第二六話「嫁奪り」 その九
しおりを挟む〈天照〉の艦内に警報が発せられる。
それは管制官が情報分析の結果出したものではなく、〈天照〉がBB9432アキツシマと呼ばれていた頃に設定された高脅威目標を察知したためだった。
「主機関、出力上昇!! 制御を受け付けません!」
「制御機構が奪われた!? 総ての入力が拒否されます!」
管制官たちが悲鳴を上げる。
外部を映す投影窓の向こうでは、空間を歪めるほどの出力となった〈天照〉の主砲に貫かれた『天翔戦船』が、まるで雑巾を絞るかのようにその船体をねじ曲げられ、爆発した。
このとき、主砲は『天翔戦船』には命中していない。重粒子衝撃砲が内包する純粋熱量の数値が数倍に跳ね上がったため、砲が通過した空間ごとねじ切られたのだ。
「ここから制御できないのならば直接機関室へ走れ! 最悪縮退を停止させろ!」
播乃丞が吼え、機関科の神官が艦橋を飛び出して行く。
果たして上手くいくかどうか、播乃丞は自分の手からあっさり離れてしまった〈天照〉の本質に気付き、天を仰ぎたくなった。
もしも艦長ではなく一介の士官であれば、その欲望に従って呻き声を上げながら店に両手を突き上げていただろう。
《かなりの騒ぎになっているな》
「陛下。このたびの仕儀、小官の不徳の致す所」
《そうだな。しかし、ならば余も同じであろうよ。この艦を完全に手中に収めたと思っていた我々一族のな》
「……はっ」
播乃丞はその場で膝を突き、投影窓の向こうにいる正周を見上げる。
自分よりもまだだいぶ若いその姿は、播乃丞が考えていたよりもずっと落ち着いていた。
《だが、この艦が我々を裏切ったと考えるのは些か早計だ。さきほど工藤に聞いたが、どうもこの艦本来の中枢機構に制御を上書きされたというのがもっとも可能性が高いらしい》
「自分も、そう考えておりました」
《人のものを勝手に書き換えて使っていたからなぁ……いつか秘匿中枢にも手を出さなければならないと思っていたが、この艦を失うかもしれんと思うと、手が出せなんだ》
〈天照〉に残された未確認領域は少なくない。
主機関などその最たるもので、操作方法と整備方法は知っていても、その原理についてはまだ仮説段階だった。その状態で著しく劣化しているとはいえ模倣品を作り上げた八洲の民がおかしいのだ。
「では、艦中央部の遺跡区画に人を送りましょう。もしかしたら、これまで封鎖されていた区画が開放されているかもしれません」
《いや、それはやめておこう。この状態なのだ、発掘初期のときのように、自動防衛機構との戦いになりかねない》
「やはり、生きていますか」
《フネが死ぬのは人々の記憶から消えたとき、そう余に教えたのはお前だ》
故にフネは姿を変え、名前を受け継ぎながら生き続ける。その名が再び人々に必要とされることがないよう願いながら、しかしその名が必要になったときは、その名に懸けて力を尽くす。
《あいにくと、この艦は最初から最後まで〈天照〉であったが……》
数千年の人々の想いは、他の艦の名に込められたそれよりも大きく、強く、そして純粋であるはずだ。
《民はこの艦を信じてきた。初めてこの艦が八洲の空を飛んだあの日からずっと、我らが“座”の同胞たちの代わりに人々の想いを受け止めてきたのは、この艦だ》
八洲の神官がよく口にする冗談だ。
「もしも〈天照〉が神族であれば、その力は間違いなくその他の八洲神族を超越するだろう」
そんな言葉が出るほど、人々が〈天照〉に向ける信頼は大きいのだ。
「前方! なにかが出てきます!」
管制官が悲鳴を上げる。
彼女が見ていた探測儀には、表示部の半分を白く染めるほどの何かが映し出されていた。
《オオオオオオオオオォォォォ…………》
『神樹』から姿を見せた巨大なヒトガタ――際限なく源素を取り込んで暴走状態にあるカシマからすれば、おそらく〈天照〉こそ二重の意味で最大の敵であったに違いない。
彼は〈天照〉を視界に収めると、ぐっと拳を握り、そこに光の鉾を作り出した。
「前方に高熱量体を確認しました! 艦はそれを目標に機動している模様!」
管制官の正しさを証明するかのように、〈天照〉の主砲が一斉に光を放つ。それは並みの八洲神では触れただけで蒸発してしまいそうな熱量を持っていた。
この一撃に耐えられるのは、最初期の神か、始祖龍に近い者たちだけだろう。
《オオオオオオオッ!》
だが、カシマは鉾を持っていない側の手を差し出すと、その光を受け止め、拡散させた。彼が第一世代――つまりは最古の神から直接創造された高位神族であること、それを示すかのような光景だった。
「アレを受け止めるだと!?」
播乃丞の驚愕は、〈天照〉艦内でその光景を見た者たち総てに共通するものだった。
それほどまでにこの艦の力は巨大で、まともに対抗できる存在など片手の指でようやく足りるというのが彼らの認識だったからだ。
間違いなく、〈皇剣〉ならば同じことができるだろう。それどころか、そのまま熱量を吸収、反射されていた可能性が高い。〈天照〉の表面装甲ならば吸収、拡散がやっとという熱量のそれを受け止めたカシマは、その代償として焼け焦げた手を振り、孤月状の光刃を放つ。
「衝撃に備えろ!!」
播乃丞の命令は、まったく正しいものだった。
〈天照〉は見えない巨人に蹴飛ばされたかのような暴力的な加速を行い、光刃を回避する。三〇〇〇メイテルの巨体が急加速したために発生した衝撃波が、カシマの身体を震わせる。
《オオオオオオオオオオオオオッ!!》
続いて、鉾を構えそれを投擲。
鉾は円軌道で回避を続ける〈天照〉を追尾し、その後背に迫る。
「迎撃……はできないか」
播乃丞が命じる意味はない。しかし、〈天照〉はその命令と同じことを自分の判断によって行った。
後方を指向可能な上方後部主砲塔が旋回し、速射形態で光弾をばら撒く。宇宙空間での高機動戦闘に対応するために形成された迎撃設定規約は見事にその役目を果たした。
だが、半ば以上理性を失ったカシマは、その迎撃の中に身を投じることで〈天照〉の迎撃設定規約を上回った。
カシマの接近に気付いた〈天照〉の姿勢制御噴射機が唸りを上げて彗星の如き光の尾を吐き出し、軌道を変更しようとする。ただ、慣性制御機構が熱暴走寸前まで超過駆動したとしても、重力下にある〈天照〉の巨体から完全に質量をなくすことはできない。
カシマは再び作り上げた鉾で〈天照〉の主推進器を破壊しようと両手を振りかぶり――下方から極超音速で飛び込んできた小さな存在によって天高くに跳ね飛ばされた。
「良かった。蚊帳の外から中に入れた」
上空で螺旋を描くカシマを見もせず、その男はほっとしたような表情でそう言った。
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