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第四章:万世流転編
第二三話「神々の宴」 その二
しおりを挟む「何か最近、城の方が騒がしくないか?」
そう口火を切ったのは、皇都の地下で身を横たえる〈メガセリウム〉内の中央管制室で当直を努める士官のひとり、ルガー・サルビン少尉だった。
部屋の中には同じく当直の同僚ふたりが席に着いており、最上部の司令席には当直指揮官である老いた陸軍少佐が黒豆茶を片手に新聞を広げている。
「城って、“上”のことか?」
当直報告書を埋める作業をしていたロムノス・フォン・ルミィーゲン少尉が顔を上げ、黒筆をくるりと回す。
「いつもの騒ぎでしょ。よくもまあ、毎週のように飽きもせずに大騒ぎできるものね」
紅一点であるアミタ・カシン少尉が制御卓を人差し指で叩きながら、深々と溜息を吐く。実家である商家が皇城出入りの業者であるため、一般人よりは皇城について色々なことを知っていた。
「それに仕事中よ。総司令室の予備の予備とはいえ、あんまり騒ぐと始末書じゃすまないわ」
少佐は部下たちが何を喋っているのか聞こえていないのか、それとも新聞の内容が気になるのか、同期三人が言葉を交わしていてもまったく気に留めていない。
辺境の国定街道保安基地から中央に移ってきた退役間近の少佐で、〈メガセリウム〉乗員の間では最後の奉公という名を借りた、陸軍本営の恩情人事ではないかと言われていた。
(まあ、それだけじゃないんでしょうけど……)
訓練以外では滅多に使用されない〈メガセリウム〉とはいえ、実質的には皇国本土最奥にある最後の陸上重装甲戦力である。これ以上の重量を持つ陸上兵器となると、軍による試作品が半分ほど組み上がった超大型大陸間弾道砲ぐらいしかない。それも陸軍の目録では、黒龍公の一族が辛うじて運用できる特装兵器という扱いであり、正規の兵器とは言い難い部分が大きかった。
そうした状況から、〈メガセリウム〉での指揮官職は一部名誉職と化している。
もちろん、皇都最終防衛線を形成する貴重な兵器のため、ただの恩情人事では決して配置されない。勤務態度が真面目で、能力もあり、しかし軍か本人の意向で階級が高くない者たちが配属されるのである。
最後の配属先は退役軍人の再就職に用いられる履歴書類にずっと残る。
或いは、退役後に贈られる皇王からの感状や、葬儀の際の陸軍からの伝報、墓碑銘に刻むことができるのも最後の配属先だ。
そのためにどこにあるか分からないような辺境の基地司令官よりも、民間人ですら名前を知っている大都市の基地や、皇王の近侍たる近衛、或いは皇都の部隊に一時的に配属し、花を添えているのではないか――誰もがそう考え、敢えて見て見ぬふりをしているのだ。
「それにしちゃ、近衛は静かなもんだぞ?」
兄が近衛にいるロムノスは、その動向について色々知る機会がある。本人が調べようとしなくても、同じ部隊の上司が気を使ってある程度の情報を流してくれるのだ。
「でも四公爵家の連中が出入りしてないか?」
「公爵家の皇妃様にデキちゃったからじゃなくて?」
ルガーの疑問に、アミタが若干低い声で答える。
実家から押し付けられたお見合いに嫌々参加し、しかし相手側からお断りされて以来、こうしたおめでたい話を聞くと急速に機嫌が悪くなる。
「それなら実家だけじゃないかねぇ。全部だぜ、全部。先代の――」
「ロムノス」
ルガーとアミタが声を揃えてロムノスを遮る。
ロムノスは先代皇王の名前を出そうとした訳ではなかったが、同僚ふたりの目がまったく余裕がないことを見て取ると、ひらひらと手を振って降参の意を示した。
「分かってるよ。先代陛下と公爵たちが揉めてたときと似てるって言いたかっただけだ」
当時はまだ少尉候補生であった三人だが、毎日のように四公爵が登城し、先代皇王を諫めていたことは知っている。そのせいで皇都内に漂う空気は最悪なものとなり、〈メガセリウム〉内の雑用係であった三人は上官や年上の部下たちがぴりぴり殺気立っている様を見ていた。
「陛下が何かやらかした?」
「何かって何だよ」
アミタがぼそりと言うと、ルガーが反応する。
「何かって言ったら……何だろう。陛下って大抵のことはもうやらかしてるよね」
「そうだなぁ。外国で問題になる行為ってーと、皇妃様の侍女に手は出しただろ? 皇妃の母親兼重臣にも手ぇ出しただろ? 外遊に来た諸外国の姫に手を出して……揉めるくらいならさっさと輿入れだな。じゃあ家臣の嫁は……流石にやらかしてないというか、そんなことになったら皇都の半分くらい更地になってるだろうし……」
「金遣いは真っ当だぞ。政務は特に問題ないし、議会とも揉めてない。宰相ともこれといって仲悪くない」
ルガーとロムノスも加わって、レクティファールの日頃の行動について考える。
しかし、諸外国ならば大騒動となるようなことも、皇国なら一日だけ市民の雑談の種になる程度だ。
夫婦喧嘩ならばそこらの市民の家庭よりも頻繁に起きていることで今更問題視するようなことではないし、それ以上の騒動ならばどこからか真実が漏れているだろう。
「四公爵だけに用があって、政府とは関係ないってことかな?」
「でもこう毎日だと、あんまり良いことじゃなさそうだよな」
「世界征服でもするとか?」
ロムノスの言葉に三人は一瞬固まり、続いて「いやそんなまさかはっはっは――」と全く同じ台詞を吐いて笑い声を上げる。
上段にいる少佐は、それを見て僅かに口の端を持ち上げると、かつて演習で戦った龍公爵の顔を思い浮かべる。
(フレデリック様が大人しくしているということは、本当に不味いことが起きているのだろう)
地上の兵を薙ぎ払うために降下してきた一瞬を狙い、辛うじて一太刀を浴びせることができた相手は、謀略などを行えるほど複雑な性格をしていないはずだ。
そんな若い公爵がただひたすらに黙って従っているということは、それが必要な状況にあるということ。そしてそのような状況である以上、周囲が下手にそれを探るようなことはしない方が良い。
(こうなると、陛下が色々騒ぎを起こしていたのは良かったかもしれないな)
人々はこう考える。
皇城で何かが起きている――また陛下が何かやったらしい、と。
それが事実である可能性も否定はできないが、少佐はこれまでの経験からまったく別の何かが起きているのではないかと半ば確信していた。
(若い連中が騒いでいられるのだから良いのだと考えられれば幸せなのだろうな)
少佐は磁碗に残った黒豆茶を一気に飲み干し、新聞を畳むのだった。
その翌々日、皇都に多数の飛行物体が接近する騒動が起きる。
空軍の早期迎撃騎が射出され、敵味方識別信号が確認されるまで皇都は緊張に包まれた。
早期迎撃騎は突如皇国深部に現れた正体不明の飛行物体に警戒しつつ接近し、その姿を見て驚愕することになる。
「巨大な飛龍が多数……! 白、紅、黒、蒼、全部だ! 管制塔! これはどういうことだ! 何故ここに……」
それは久方ぶりに皇都へと姿を見せた、皇国の守護者たち。
「何故、歴代四公爵がここにいる!?」
早期迎撃騎の若き龍族は、翼長が一キロメイテルを優に超える黒龍や、翼を持たないまま身をくねらせて飛行する蒼龍。水晶のような透き通った翼を持つ白龍、三対の刃のような翼と双頭を持つ紅龍など、近付けば一瞬で消し飛ばされそうな集団をその目で見ることになる。
ただ彼は、空だけではなく湖や地中からも来訪者があり、皇都の軍司令部が恐慌状態に陥っていることは知らずに済んだ。
ただ少なくとも、翌日の皇都の新聞の見出しはこの、諸外国の政治家や軍人が見れば冷や汗を流すか恐怖に駆られるかといった情景で占められることになるのだった。
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