白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二二話「回生の星船」 その五

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 銀河移民船〈出雲〉。
 それは世界崩壊が間近に迫った西暦三八〇四年――銀河歴五〇四年に地球から出発した最後の移民船団のひとつだった。
 かねてより観測、予期されていた別次元との衝突。それを回避するために多くの頭脳が結集し、膨大な労力が割かれた。しかしその結果得られたものは、衝突の影響が人類発祥の地である太陽系全域に及ぶという結果だけだった。
 その当時すでに銀河全体に広まっていた人類文明だが、生まれ故郷である地球は一種の聖地として認識されており、首星機能こそ銀河中心にほど近い居住可能惑星に移されていたが、未だに多くの行政機能や企業本社などが置かれていた。
 その地球が次元の断層に呑み込まれると判明したとき、人類が受けた衝撃は甚だ大きなものだった。
 ある宗教家はこれを神の怒りだと称した。
 ある科学者はこれを人類を地球の軛から解き放つ好機だと主張した。
 ある歴史家は過去に数多作られた地球崩壊の空想小説を引き合いに出し、人類は一個人がそうであるように、種族としても常に故郷を失うことを想定していたと述べた。
 そして大多数の人々は、消滅まで僅か半年という限られた時間の中で新天地を見付けるべく努力を重ねた。
 しかし、当時の地球の人口は月都市群、惑星周辺のコロニー群まで含めれば二百億に達しており、同じように脱出が企図された太陽系全体ではその倍にもなった。
 そんな数の難民を収容できる惑星など当時の人類圏には存在せず、運良く受け入れ先が決まった人々以外は、未だ見ぬ新天地を求めて長期の流浪を強いられることになる。
〈出雲〉はその流浪船団のひとつだった。
 小惑星を改修した急造移民船〈出雲〉を中心とした船団は、銀河連邦平和維持軍の艦艇に守られて地球をあとにする。
 様々な理由で地球を脱出することのなかった一億の人々が見送る中、最後の移民船が超次元航法の光彩を残して消え去ったあと、太陽系は巨大な次元断層に呑み込まれ、その位置には数百億年に亘って銀河の難所と呼ばれる断層宙域が形成された。
〈天照〉は太陽系消失から半世紀の後、断層宙域の調査に赴いた平和維持軍艦隊六十四隻のうち一隻だった。
 コンゴウ級高速巡航戦艦の末妹として就役した彼女は、姉たちとともに次元の乱流を乗り越えてかつて地球のあった場所へと辿り着く。
 しかしそれまでに後方基地との通信は途絶え、僚艦は三分の二にまで減っていた。常に位置情報が変化する断層宙域内では記録随時更新の航海図でさえまるで意味を成さず、彼らは遠くに見える惑星を目印に進むしかない。
 だが、そこで彼らを出迎えたのはかつての母星ではなかった。
 周辺の星座はまったく別のものに変化し、広域観測をして得た星系図も太陽系のものではなかった。
 彼らは慎重に惑星へと近付き、そこで過酷な宇宙空間をものともしない生物と接触する。
 それは彼らの神話に登場する『ドラゴン』。或いは『龍』と呼ばれるものに酷似していた。調査艦隊の人々は、そこでようやく自分たちがいる宙域が地球とはまったく異なる場所であると確信するに至る。
 だが、彼らが自らの現状に納得するとほぼ同時に、正体不明の宇宙生物は艦隊を敵と看做し、攻撃を仕掛けてきた。
 四頭の宇宙生物は圧倒的な力で艦隊を蹂躙した。
 断層宙域を抜けたために、各艦に少なからぬ損害が生じていたことも事実だが、それを差し引いても宇宙生物の戦闘能力は艦隊のいずれの艦をも凌駕していた。
 結局、彼らは目的地を目前にして撤退を選ぶしかなかった。
 比較的損傷の軽かった十六隻に言伝を託して惑星へと突入させ、残った艦は宙域外へと脱出を図った。
 そのあと、宙域外まで脱出できたのは僅か二隻のみであり、同じように惑星へと降下できたのもたった二隻だった。その惑星へと降下したうちの一隻が、のちに〈天照〉と呼ばれる艦である。
 彼女の深層演算思考は超次元航法装置の復旧が始まると同時に事前に設定されていた通りに信号を発した。
 地球を脱出した人々は、かつての故郷に生き残りがいる可能性を信じていた。そして彼らが航宙艦艇に乗り込み、脱出することを望んだ際、それを助けるべく様々な仕掛けを施した。
 もちろん、悪意ある者たちに艦が利用されることは避けなければならない。その可能性は限りなく低いとしてもだ。
〈天照〉と呼ばれる艦はその基幹情報を削除し、それを修理できるだけの知識と能力を持つ者たちだけが艦を再稼働させられるようにした。
 また、この艦が地球脱出を試みる同胞たちの手に渡るならば、当然超次元航法装置の修理を行うだろうとも予想した。
 そうなったとき、艦は基幹部分の奥の奥、唯一削除されずに残った救難信号と艦隊再起動信号を発するよう設定されていた。
 それは超次元航法装置に付随する超空間通信装置によって行われた。
 八洲人たちがまったく予想もしていない形で、〈天照〉はかつての仲間たちへと声を発信し続ける。
《発、銀河連邦平和維持軍航宙艦隊所属BB9432アキツシマ。宛、通信可能圏内にいる全艦船。本艦は現在難民を収容し、漂流中。至急救援を請う。本艦は現在難民を収容し、漂流中。至急救援を請う》
 それは、現在の座標をまったく観測できない彼女ができる精一杯の声だった。
 かつてアキツシマと呼ばれた星海の戦船は、惑星漂着から幾星霜の果てに最後の任務を開始したのだ。
 その声を受けるべき文明がすでに存在しないことなど、無機物の集合体である彼女には何ら関わりのないことなのかもしれない。
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