白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第二二話「回生の星船」 その四

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〈技官総員、聞け〉
 艦内放送から聞こえてきた声に、艦内の各部に散っている技術神官たちが顔を上げる。
 それぞれ整備口に頭を突っ込んでいたり、演算機を睨みながら操作卓を叩いていたりしていたが、技師長の声を聞くのは彼らにとって大切な仕事のひとつである。
 様々な欲求を抑えながら、彼らは自らの親分の声に耳を傾けた。
〈先ほど、陛下より勅を賜った〉
 艦内がざわめく。
〈天照〉には、技官以外にも海軍の軍人や近衛たちが乗り込んでいる。彼らは技術神官たちとそれなりに上手くやっており、彼らの信頼している。
 だが、信頼はしていても〈帝〉の言葉と聞けばすわ何事かと慌ててしまうものだ。
 何か技術的な問題が発生したのかと近くにいる技官に問い詰める者も現れた。
 しかし、そんな艦内の騒動を余所に、技師長の言葉は続いていく。
〈本日只今より、超次元航法装置の修理に入る。これは勅命である。艦内にいる全技官は、保全当直員を除いた全員がこの任務に当たる〉
 次元航法装置、幾人もの技官が「超次元航法装置」と呟いた。
〈陛下は可能な限り迅速な復旧を求めておられるが、この装置に関しては未だ調査段階である部分が多い。だが、これは我国にとって重要な任務である。各員の努力に期待する〉
 ぶつん、と艦内放送が切れると同時に、技官たちに与えられていた情報端末に命令文が届く。
 そこにはそれぞれの配置場所と任務が記載されており、中には艦首部分から艦尾まで移動しなければならない者もいた。
 艦内大運動会の開幕である。

 笹川千八は、左舷連絡通路を工具の入った軽鋼箱を手に走っていた。
「ちょ、どいてどいて!!」
「うお!?」
「ごめん! でも急ぐから!」
 横の通路から現れた軍人を押し遣り、軽く謝りながら先を急ぐ。
 普段ならもう少し穏当な対応をするのだが、勅命となればそんなことをしている暇はない。それが分かっているのか、軍人も怒鳴り声などを上げることなく千八を見送ってくれた。
 ただ、その軍装を見た千八は、僅かに顔を引き攣らせる。
「やっべー、今の佐官だったぜ」
 同じ艦内で仕事をしていれば、軍人たちの階級を一瞬で判別する技術は磨かれる。慣れてくれば同じ階級の先任後任まで区別できるようになるというが、千八はまだそこまでの技量はなかった。
「ま、仕方ないか」
 それに、〈天照〉勤務の軍人といえば帝室に対する忠誠心は人一倍強い。勅命を受けた自分たちを恨むような真似はしないだろう。
(――だといいなぁ)
 怒鳴られることには慣れているが、怒鳴られることが好きな訳ではないのだ。
 千八は希望的観測を胸に抱きながら、通路の四隅のうち、天井側の二本を走る発光文字を追い掛ける。
 各部署への命令が流れていく。その中には、千八が所属する班への命令も含まれていた。
(命令文通り、か)
 左舷副演算室への応援。それが千八たちに下された命令だった。
 普段は三名ほどが常時詰めている場所だが、収容人数はその十倍以上だ。艦内中央部の主演算室が何らかの事情で使用不可能となった際にその機能を代行する四つの副演算室。そのうちのひとつである。
「さってと、左舷演算室はっと……ここか」
 考えごとをしているうちに辿り着いた先、その扉には古代八洲文字で『第四コンピュータ室』と書かれた金属板が埋め込まれている。
 千八は扉横の認証装置に親指を押し当てると、自らの姓名と役職を告げた。
『認証されました』
 女の声で発せられた美しい発音の古代八洲語。神官たちは祭事の際に用いているというが、神官という名の技術者である千八には、それが肯定の言葉であるということ以外は分からなかった。
 彼は古代八洲語を文字として読み取り、その意味を理解することはできても、言葉として発することはできないのである。
「遅くなりましたぁ!」
 自働扉が開くと同時に演算室に飛び込み、集まっていた同僚たちに挨拶をする。
 彼らはそれぞれに制御卓の前に座っており、空いている席はもうひとつしか残っていなかった。
 どうやら千八が最後だったらしい。
 千八は真剣な表情で制御卓に向かっている同僚たちの間を抜け、奥まったところにある席を目指した。
「千八、遅かったな」
「単純に遠かったんだよ。別に艦内輸送機トラムに乗り遅れた訳じゃない」
 隣の席にいる同期の軽口に答えながら席に座ると、座席が自動的に千八の体型に合わせて変形する。
 制御卓を叩くと、投影窓が千八の上半身を覆うように半球状に展開された。
「超次元航法装置の修理は最後の最後って話じゃなかったのかね」
 同期の独り言染みた声に、千八は制御卓を叩いたり手元の帳面に映し出された数列を描き込んだりしながら答えた。
「予定は予定、何かあったんだろ。例の噂がマジなのかもしれん」
「大陸との戦争か?」
 同期の声が上擦っているのが分かる。
 自分も同じ気分だ。この〈天照〉が存在する限り、その他のどの国と戦争するとしても負ける気はしないが、皇国とだけは戦いたくない。
 八洲の歴史の中で、もっとも多くの犠牲者を出したのが皇国との戦争だったのだ。
 そのときは〈皇剣〉が本気ではなく、〈天照〉が前面に出ることがなかったためにこの星は無事だった。
 主力艦隊の二割が海の藻屑になり、残った艦の半数も一年以内に軍艦簿から除外されるほどの被害を受けたが、少なくとも国の歴史が終わることはなかった。
「〈皇剣〉だもんな、きっと超次元航法くらい使うべ」
 千八が引き攣った笑いと共に告げた言葉は、同期の手を一瞬停止させた。
 同期は再び手を動かしながら、明らかに空元気と分かる声音で言った。
「どこか別の場所でやり合おうってことなのかもしれないな。少なくとも惑星公転軌道より外でやって貰いたい」
「やって貰いたいなんて他人事みたいに言ってるけど、戦うの俺らだぞ」
「――分かってるよ、何だってんだ、畜生め」
 戦闘行動は軍人たちが行うが、そのために艦を維持するのは彼ら技術神官の仕事である。
「直らなきゃいいのにな」
「直らなかったら生身で戦う羽目になるだけじゃねぇかな」
 ひひ、と乾いた笑いを口にしながら、千八は生まれて初めて自分の今後の人生について真剣に悩んだ。
 こんなことなら、もっと親の言うことを聞いておくんだった。
「勘弁してくれよ、本当に」
 千八の言葉は、おそらく技術神官たち共通の想いだったかも知れない。
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