白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第十五話「八洲の園」 その一

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 八洲の国土は多くの山々によって形成される。
 幾人もの山師が畿内と坂東を隔てる笹木山地に分け入り、霊山と呼ばれる笹比良山の調査を始めたのは、坂東地域の覇者鈴月家の依頼によるものだった。
 彼らは高額の報酬を提示され、代々伝わる洞探りの術で以て山地を隅々まで調査した。山師たちは自分たちが希少鉱石の鉱脈を探しているものと思っていたし、彼らと直接顔を合わせた鈴月の者さえもそう思っていた。
 だが、彼らが鈴月から示された希少鉱石の標本は、実際には自然界に存在しない超科学の産物だった。本来ならこの世界のどこにも存在しない筈のそれは、鈴月の間者がイズモの誇る遺跡戦艦の基地に潜り込み、膨大な犠牲を出してようやく手に入れたものだった。
 本来の名はイノセンティリウム――この地では至高金属、緋緋色金とも呼ばれる空中戦艦〈天照〉の艦体を覆う金属である。

                            ◇ ◇ ◇

「爺さま、こっちは駄目だ」
 石燭灯を手にした孫が、洞穴の奥から姿を見せる。
 それを横目に山師の権三郎は煙管を吹かした。密閉空間の中で煙管など、と目を剥く者もいるかもしれないが、彼らがいる場所は天頂部に大きな穴が空いた縦穴の底だ。権三郎の吐いた紫煙が流れていくように風もあり、呼吸をする空気に困ることはない。
 孫の六郎は権三郎の隣にへたり込み、石燭灯の火を消した。
 そして権三郎が集めておいた薪に火を付け、背嚢から取り出した熊の干し肉を囓る。
「鈴月の殿様はこんなところで何を探そうってんだ? 爺さまも見たことがない金属だったんだろう?」
「お上の考えることなんざ知るか。お前の親父だって、お上の気まぐれで死んだようなもんだ。あいつらの頭ん中なんぞ、知りたくもない」
 権三郎は煙管の口からちらちらと見える炎に視線を向けながら、孫が無言で差し出した干し肉を受け取った。
 年のせいで歯も何本か失ってしまったが、彼自身が干し肉が食えなくなるまでは仕事を続けると宣言している。奥歯で干し肉を噛み締め、腕を引いて肉を裂いた。
「他にも何人か山に入っとるのは間違いない。澁谷の又吉や津吹の弥太郎なんかは、もう十年以上もこの辺りで潜っとるという話だ」
「あのふたり、そんな金に困ってるって話は聞いてないぞ。畿内ででっかいの当てて、一生どころか三代先まで遊んで暮らせる金を貰ったそうじゃないか」
「それだけ、鈴月の殿様が見せた金属カネが気になってるのさ。あんなもの、普通じゃ絶対に作れやしない。万が一にもどこかに鉱脈があるとは思えん」
 ぱちり、と薪が鳴り、縦穴の天頂に向かって火の粉が飛ぶ。
 いつの間にか、穴の向こうに見える空が夕闇に染まりつつあった。
「じゃあ、なんで皆は……」
 六郎は不安げに声を震わせる。
 彼の父は、祖父からその技術を学んだ山師だった。
 しかし鉱山の新たな鉱脈を探すために北嶺地方豊陽家の鉱山に招かれ、そこで落盤事故に巻き込まれた。豊陽家が安全性を度外視して鉱山を掘っていたため、坑道が崩れたのだ。
 六郎の母は夫の死によって心を弱らせて死の床に就き、六郎は唯一残った肉親である権三郎の元に身を寄せた。
 それ以来、権三郎は諸侯からの依頼を受けることをやめ、各地の鉱山街を転々とするようになった。
 六郎はそんな祖父から洞探りの術を学び、今では祖父の手足となって山々を歩き、洞穴に潜っている。ただ生きるだけならば、すでに十分過ぎる能力を備えていた。
 だからこそ、権三郎は己の信条を無視して鈴月の依頼を受けたのかも知れない。
 自分が息子と同じように命を落としたとしても、孫にはすでに自分の技能を継承してある。心残りはない。
「俺らが生まれるよりもずっとずっと昔、この地に流れ星が落ちた」
「知ってるよ。天子様の船のことだろう?」
 六郎も、寺子屋で学ぶ程度の歴史は知っていた。
 神話やお伽噺と同列に語れることの多いことだが、〈天照〉がこの地に落下してきたことは紛れもない歴史的事実である。
 だが、祖神の信仰篤い一部の地域では、別の伝承がある。
「祖神がこの世界を見渡したとき、天の遙か高いところから四つの流星が現れた」
 権三郎は揺らめく炎を見詰めながら、旅をしている最中に聞いたお伽噺を呟く。
「星のひとつは祖神の見通せる空の蓋で砕け散り、小さな星となって散らばった」
 六郎は祖父の少し掠れた声に耳を欹てる。
 昔はよく、こうして寝物語を聞かされた。
「別の星は、それよりも低いところでばらばらになって南の海に落ちた。祖神は残るふたつの星を見詰めた」
 六郎も、頭上の穴から見える星を見詰めた。
 まだ明るさの残る空だが、強い光を持つ星ならば見えた。
「そして残った星のうちのひとつが、地上の少し上でさらにふたつに別れた。片方はそのまま砕けて燃え消え、もう片方は東の山に落ちた。残った最後の流星が、神々の都のすぐ近くに落ち、湾を作った」
「その最後の星が、天子様の船だろ? じゃあ、東の山に落ちた星って……」
 六郎は震える声で祖父に問うた。
 歴史書にも残っていないお伽噺だが、実際に〈天照〉はこの国に存在する。ならば、その総てが空想であるとは言い切れない。
「東の山と言っても、何処にあるかは分からん。ただな、それがここら辺りだとするなら……」
「そんな! そしたら鈴月の殿様は……!」
 六郎はそこまで叫び、祖父の睨むような視線に口を閉じた。
 迂闊なことは口にできない。
 それに、権三郎が聞いたお伽噺が真実であるかどうかも定かではないのだ。もし仮に真実であったとしても、流星の落ちた場所を知る方法はない。
 それこそ、当時を知る何者かが鈴月にそれを教えない限りは。
「まあいい、明日も早い。さっさと寝ろ」
「う、うん……」
 六郎は祖父の言葉に従い、背嚢から引っ張り出した敷き布の上に寝転がる。
 権三郎はそれを横目で眺めながら、いつの間にか消えていた煙管から古い葉を捨て、新しい葉を摘めた。
 焚き火の中から火の付いた細い枝を取り出し、葉に火を移す。
 吸い込んだ煙の味は、苦かった。
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