白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第七話「灯る宿命」 その五

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 皇国海軍陸戦師団。
 それは皇国海軍が南洋諸島の各国と戦争状態にあった頃に創設された組織だった。元は皇国に降った海賊たちの吹き溜まりといった体で、それ故に海軍の中でも損耗が大きかった。
 そこにひとりの女性が主席指導官として赴任したのは、遡ること千年ちかくも前のことである。彼女は大貴族の嫡子でありながら海軍に兵卒として入営し、様々な部隊で大いに暴れ回った。
 自分に手を出そうとする男たちを叩きのめし、さらに精神を粉砕すること二十年。彼女は士官として種々雑多な種族の混じる海軍陸戦『旅団』に配属された。
 彼女に下されていた命令は、この部隊を最強の切り込み部隊に育て上げること。そして来たるべき大海軍時代において皇国を相当な地位に押し上げる戦力を作り上げることだった。
 敵陣にその身一つで飛び込み、橋頭堡を確保する。荒くれ者たちは自分たちが捨て駒であることを理解していた。それ故に反発していたが、彼女はそれを一蹴した。
「お前たちは捨て駒ではなく、皇国四〇〇〇万の民の先駆けだ」
 誇りなど勝手に持てばいい。名誉など勝手にあとから付いてくる。彼女は荒くれ者たちにたったひとつの真実だけを告げ、訓練に入った。
 生存を否定する罵声が飛び、兵たちが悲鳴を上げる体力さえ失い、脱走者が相次いだ。それでも彼女はさらに訓練を続けた。
 龍族である彼女を恵まれた者だと罵る兵もいたが、敵の弾は龍族であろうと人間種であろうと飛んでくる。むしろ、龍族の方がよほど囮役として適任だと彼女は言い、実際にそれを務めて見せた。
 紛争地帯に飛び込み、人の姿のまま暴れては片腕を失い、片脚を失い、眼を潰され、身体の半分を削ぎ落とされても尚、彼女は戦いを続けた。龍族の撤退条件は人間たちのそれとは比較にならない。もしも殿軍が編成されるような状況になれば、彼女たちは当たり前のようにそれを請け負う。
 兵士たちは龍族が何故大貴族となり、皇国という国の藩塀として認識されているのか、その目で彼女の惨状を見て、その耳で彼女の悲鳴を聞き、その手で彼女の身体を集めて理解した。
 自分たちは、弱い。弱いからこそ群れる。しかし、群れた自分たちはあの龍の隣に並び立つことができる。
 そして、彼らは海軍陸戦『師団』の精鋭となる。
 この紛争において海軍の陸戦兵力の必要性が高まり、彼らの規模は旅団規模から師団規模、そして最終的には軍規模へと拡充される。
 彼女の指導によって鍛えられた最初の旅団経験者たちは無比の精鋭となり、各師団の中核戦力となっていく。そうして彼らは、陸戦師団の生みの親にちなみ、自らをこう称するようになる。
 皇国海軍陸戦師団――グラン・マリーネ・デ・“マリーア”。
 この名称が公式の名となったとき、件の女性は退役していたが、恥ずかしさの余り枕を三つほど駄目にした。

                            ◇ ◇ ◇

 十二本の尾が渦を巻き、まるで水を撒くようにして周囲に魔導弾をばらまく。
 光球はそれを避けるように飛行しながら、なお皇都への進路を維持していた。
 その背後に迫ったマリアが、その口から悪口雑言を吐きながら次々と光軸を放つ。今までの鬱憤を晴らすかのような大攻勢に、それを映像で見ていた皇城の軍による対策本部会議では嫌な汗をだらだらと垂れ流す海軍士官が何名もいた。いずれも陸戦師団出身の武人然とした堂々たる偉丈夫たちである。
 マリアがどれだけ恐ろしい存在か、彼らは基礎訓練の段階で大いに叩き込まれる。残っている映像も余すところなく見せられる。
 そしてこう要求されるのだ。「最低でも、彼女と相打ちになれ」と。
 海軍陸戦師団がもっとも恐れるのは、皇王の命令でもなければ自らの死でもない。自分たちをこの世界に産み落とした蒼き龍である。
 現海軍元帥イザベルが自分の隣に座っている陸戦師団出身の参謀本部長に笑いかける。
「姉上、とても嬉しそうね?」
「は! とても!」
 話しかけてくれるなという参謀本部長の態度に気付かぬふりをしつつ、イザベルは続ける。
「昔は大変だったのよ? 海軍に入ったばかりの頃、部下に嘗められては部下を殺すって、散々扱かれたの。お陰で軍の近接格闘では負け知らずだったけれど……」
 知っている、よく知っている。
 陸戦師団の強者さえ叩きのめし、彼らに再び蒼龍への恐怖心を植え付けたのがこのイザベルだ。今では彼女に逆らおうという者は、それこそ入営百年越えの長老格を除けばほぼいない。
 今となっては、彼女が師団を統括する陸戦軍本部に足を運ぶと知らせるだけで、全く関係の無い部署まで大掃除を始め、本部庁舎には塵ひとつ残らない。
 マリア自身が訪問するとなれば、老朽化した建物の建て替えさえ検討される。
 なお、皇王の行幸でもこれほどの大騒ぎにはならない。
「陛下に、その……お止めするよう具申した方がよろしいのでは?」
 参謀本部長は映像の中で、マリアが次々と地面に大穴を空けていく様を見て、イザベルに上申した。このままではミラ平原は二度と農耕地帯に戻れなくなってしまう。
 それどころか、地下の防衛機構まで破壊されかねない。
「始める前に止めなかったのだから、止める時期は陛下がご判断されるでしょう。他に止められる方もおりませんし」
「――カール様やフレデリック様では……」
「無理よ、今頃あなたと同じ顔して映像を見てるわ」
 イザベルの言葉は正しかった。
 マリアを止める方法を聞こうとレクティファールが通信を繋いだところ、カールは「どうぞ、ご随意に」と言ったきりで通信を切り、フレデリックは「臣の領分にあらず」としてこちらも通信を切った。
「まあ、何とかなるでしょう。今の姉上は、陛下との楽しい夜を邪魔されて駄々を捏ねているだけだから」
「――はぁ」
 その何処が大丈夫なのだろうかと、参謀本部長は恐怖も忘れてイザベルの顔をまじまじと見た。彼の目に映る元帥の横顔は、懐かしさに充ち満ちていた。

                            ◇ ◇ ◇

〈陛下、あの……姫様たちが部屋の隅っこで塊作ってガタガタ震えてるのですが……〉
 レクティファールの元にそんな通信を送ってきたのは、現在後宮で防衛指揮を執っているマリカーシェルだった。
 困惑したような表情のマリカーシェルは珍しいが、彼女が映像をずらすと、避難所として指定されている談話室の一角で群を作り、ぶるぶると震えている皇妃たちの姿が映し出された。
 中心にはきょとんした表情のマティリエと真子がおり、その尻尾を撫でて精神均衡を図ろうとする者もいた。具体的には、リリシアとメリエラがマティリエを左右から抱きしめ、真子をフェリスとエインセルが占拠している。フェリエルとファリエルが「無理、アレは無理だ」と呟きながら抱き合っているのは、レクティファールとしては少し驚きだった。
 唯一の例外としては、オリガが苛立たしげに写本を続けている点だろう。ウィリィアがそんな皇妃たちの間をうろうろと心配そうに歩き回っているのが、妙に印象的だった。
〈マリア様が出て少し経った頃、突然皆様飛び上がって逃げるようにこの状態に……〉
 それはマリアが後宮に向けて龍気を放った瞬間であった。
 自分たちに向けられた圧倒的強者からの否定意。それを受けた結果である。マティリエや真子には龍気が向けられていなかったし、オリガほどの年齢と経験があれば相殺することも可能だが、そうでなければ子どものように震えるしかない。
〈あ、レクト……! ってああああ、腰が抜けて立てない!?〉
〈レクティファール様、これは別にその……わたし、漏らしてないですからね!?〉
 レクティファールの姿に気付いたメリエラとリリシアが何かを叫んでいるが、レクティファールは敢えて気付かぬふりをした。それが一番彼女たちの尊厳を守ることになるだろうという判断だった。
 ただ、マティリエが彼に気付いて耳をぴんと立て、何とかこちらに駆け寄ろうともがいている様は、少しだけ可哀想だった。しかし、今は義姉たちの精神安定剤になってもらうしかない。
「そちらは任せる。もう、終わる」
 レクティファールはマリカーシェルにそう告げた。
〈は、お早いお帰りをお待ちしております〉
 マリカーシェルは疑問を挟むこともなく、敬礼して通信を切った。
 レクティファールは満足げに頷くと、薄暗い議場にいるふたりの男女にそれぞれ目を向けた。
 皇国宰相ハイデルと、皇王府総裁ルキーティだ。
 この国の最高会議とも言うべきこの場所で、レクティファールは口を開いた。
「これが最後の一手になる。マリアが仕留めきれないなら、私が出るぞ」
 この言葉に、ふたりは諦めきったように嘆息するばかりだった。
 本来なら止めるべきだろうが、皇王――〈皇剣〉は兵器でもある。それを運用するべき状況でそれをしないという選択肢は、為政者として取るべきものではない。
「本職としては、陛下がそう決断されたのなら……」
「わたしも同意見です。軍権は陛下のもの、軍事行動ならば陛下の専権事項ですので」
 多分に不満の滲んだ両者の言葉は、しかしレクティファールには予想通りだった。
 それでもなお、彼の決断は変わらない。
「正直に言えば、アレは私を呼んでいる気がする」
 レクティファールのその言葉に、ふたりは視線を交わす。ただお互いに、言葉の意味は理解できなかった。
「似ているんだ。アレと私は」
 彼が見ている映像の中で、マリアは哄笑しながら光球を尾で雁字搦めに縛り上げ、振り回している。その渦を構成するマリアの尾は、そこに存在するだけで周囲数十キロメイテルの魔素を収束、吸収する。そのせいで皇都近傍の魔素濃度が自然環境下ではありえない数値になっているが、結界内部の皇都内部の魔素濃度は変化していない。
「それを確かめるためにも、行かなくてはならない」
 遙か彼方を見るレクティファールと、そんな彼を見詰めるしかない皇国の表裏宰相。
 沈黙の中で、レクティファールがゆっくりと立ち上がる。
 マリアが光球を地面に強かに叩き付けたせいか、光球の姿が少しずつ変化しつつあった。
 人型。
 マリアがその人型の首に手を掛け、ゆっくりと持ち上げる。
 レクティファールは大きく溜息を吐き、闇に溶けるようにしてその場から消え去った。
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