白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第七話「灯る宿命」 その六

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 マリアは自分の手のひらに伝わる感触に、口の端を大きく持ち上げた。
 細い首、そしてだらりと垂れ下がった手足もまた細い。
 女か、と思うと同時に首を掴む手に力を込めた。
「まだ死なないわよねぇ」
 ぎりぎりと力を込めていくと、手の中で喉が震えているのが分かる。獣じみた呻き声を聞き、ほんの少しだけ満足したマリアは、目の前の手が光を帯びて閃く瞬間、それに気付かなかった。
「アアア!」
 知らない発音の声と共に、下から上へと腕が振られる。自分を掴むマリアの右腕を根元から切り裂くべく振り抜かれた腕は、その思惑を全うした。
「ちぃっ!」
 関節部の装甲の隙間から侵入した光刃は、マリアが尾を使って女を弾き飛ばすまでの一瞬で、彼女の腕を完全に分離させた。
 マリアは尾によって飛ばされた女が放り投げた自分の腕を見、甲冑の装甲板まで綺麗な断面を見せているのに感嘆した。ほぼ一瞬で起動し、自分が常時展開している障壁を苦も苦もなく斬り裂いた上、龍族の放つ光条を受け止め、弾くことのできる装甲さえも切断したその切れ味に深い興味を抱いた。
 同じことのできる存在がこの世界にどれだけいるのかと考え、今度自分でも開発してみようと考えた。
 その頃になり、マリアの肩から血が勢いよく吹き出した。周囲に飛び散った血の一部が自分の頬を汚しても、彼女の表情は変わらない。
 それどころか、楽しそうに歩みを進め、やがて走り出す。
 向かう先は、空中で姿勢を立て直し、綺麗に膝を曲げ、地面に擦過痕を残して着地したあの女だ。
 女は紅調の色彩が揺らめく髪を掻き上げ、龍族のそれと似た、しかし幾重もの環が連なる金色の瞳でマリアを見た。そこには、笑みに似た何かが浮かんでいた。
「素敵」
 マリアは思わずそう口にしていた。
 あの女は、自分との戦いを楽しんでいる。
 こちらの意図を理解しているのか、それとも自分と同じ感情を抱いているのか定かではないが、実に自分好みの性格の持ち主らしい。
 マリアは尾を振って自分の腕を自分に向けて弾くと、それを受け止めて血の溢れる肩口に押し付けた。
「ふふふふ……」
 神経、骨、筋肉が次々と再接続されていく。
 それは猛烈な痛みを発生させるものだったが、マリアは露程もそれを感じていないようだった。
 事実、感じていなかった。
 彼女の中にあるのは、辛うじて制御されている岩漿の如き怒りだ。ひとつ間違えれば吹き出すようなそれを、理性によって抑え込んでいる。痛みなど感じている余裕はない。
 相手が自分とほぼ同格の力を持っているという事実が、マリアをより高位の怒りへと導いた。
「クカカカカ……」
 女は高熱で地面を溶かしながら、マリアを見て嘲りの声を上げる。まるで内心の怒りを見透かされたようで、マリアは尚のこと楽しくなった。
「あははッ!」
 うら若き乙女のように甲高い声で笑い、マリアは跳躍した。上空からの制圧砲撃を企図しての動きだった。
 しかし女は地面を走り、マリアの下を抜けて皇都へ向かおうとする。何の目的があって皇都に向かおうとするのか、それを確かめるよりも速く、マリアは動くことを選んだ。
「しゃあッ!」
 尾の内の四本が伸長し、地面に突き刺さる。
 そして収縮。マリアの身体は尾に引かれて地面へと加速する。女はその動きを感じ取り、腕を振ってマリアの尾を四本とも斬り裂いた。
 マリアの動きは変わらないが、女はマリアの進行方向に向けて幾つもの光球を放った。それぞれが超高温・超高圧の粒体の塊だ。それらはマリアの正面に回り込むと、一気に彼女に向かって加速した。
「ゲルハルト!」
 マリアの声に応えるように、上空からの光砲――龍哮砲が地面に突き刺さる。地面が捲り上がり、吹き飛び、マリアの眼前に多数の土塊を浮遊させる。
 マリアはそれを制御し、尾をそれらの土塊に突き刺して移動を始めた。女の放った光球はマリアを追うようにして飛行しているが、その動きはマリアを捉えきれない。
 尾の伸縮や飛行による移動は、敵の軌道予測を困難なものにする。マリアが現役の頃に好み、今も陸戦師団のお家芸として用いられている。
「その調子よ」
 マリアは陶然と微笑み、くるりと一回転して光球のひとつを回避する。
 熱に炙られ、その頬が赤らむ。
「陛下の御為? 御国のため? いいえ、いいえ」
 光球のひとつを、マリアの尾が掴み取る。膨大な熱量によって尾が消し飛んでも、また次の尾がそれを捕らえ直す。それどころか、ひとつ尾を消すたびに光球は大きく、蒼く変わっていく。熱量が更に増し、領域内部の温度が上昇した。
「わたくしの戦いは、わたくしのため!」
 マリアは叫び、手のひらに魔力の檻を作り上げて光球を捕らえた。
 そしてそれを思い切り振りかぶり、眼下を飛ぶ女に向けて放った。
「消し飛べ慮外者!」
 残った尾が渦を巻き、加速のための砲身を形成する。
 その中を蒼く輝く光の塊が残像を残して突き進む。
「クカ!」
 女は光が触れる瞬間振り返り、先ほどよりもより嘲りの色を濃くした笑顔をマリアに向けた。
 それはマリアの傲慢極まりない戦いぶりを嘲ってのことだったのか。
 事実が明らかになるよりも先に、光は女の半身をごっそりと削り取って飛翔。更に地面を溶かしながら突き進み、アルカディス湖に突っ込んで巨大な爆発を引き起こした。
 皇都周辺に酷く人工的な雨が降り、マリアと女の戦いによって熱せられた地面から水蒸気が上がる。
 マリアはその雨の中、しとどに濡れたまま女に歩み寄った。
 彼女は下半身を失った女の首をもう一度持ち上げ、それを握り潰さんと力を込める。女は変わらぬ嘲笑を浮かべながら、マリアをじっと見詰めた。
「アサイオンナメ」
「浅くて結構、己の心の深さを誇るなんて小娘のすることよ」
 女が言葉を発したことにマリアは驚かなかった。女の術が何度も自分の意識の中に侵入しようとしていたことには気付いていたし、敢えて情報を得るために表層意識の中に招き入れたほどだ。
 それによって女は言葉を解し、マリアは女が何者であるのか知った。
「それで、陛下に何を望もうというの?」
「ワタシノ、カチ」
「価値、ね」
 マリアは女の首を締め上げているが、女は少しも堪えていないようだった。
 面白くない。マリアはそう判断してさっさと殺してしまおうかと思った。
「でも、陛下のためならしょうがない」
 彼女が不満そうに唇を尖らせると、その背後に白い影が現われた。
 空間から染み出すように現われた男は、マリアの身体を掻き抱く。すると、彼女が纏っていた鎧が光の粒になって虚空に口を開けた穴に吸い込まれた。残ったのは、身体の線を強調する鎧下姿のマリアだ。
 男の両腕は、マリアの腹と胸をそれぞれ抱き圧迫している。その仕草だけ見れば、明らかに男女の逢瀬のそれであった。
「陛下、上から見られてるんですよ?」
 苦笑しながら、マリアは女を解放した。そして半身を再生しながら地面に降り立った女は、現われたレクティファールに向けて不思議そうな表情を向けた。
「フン、コンナモノカ」
 発音の安定しない言葉だったが、レクティファールの身体に自分のそれを擦り付けていたマリアの眉が、危険な角度を描いた。
 レクティファールが手のひらから発した魔導波をマリアの神経中枢のひとつに送り込み、その身体を熱情に疼かせなければ、第二戦が始まっていたかもしれない。
「もう、陛下ったら……」
 マリアは腕を伸ばしてレクティファールの髪を梳きながら、後宮に向けて映像回路をひとつ開いた。これで、レクティファールと自分の姿を後宮に余すところなく伝えることができる。
「――マリア」
 レクティファールはその映像回路を強制的に閉鎖し、窘めるようにマリアの腹部を撫でた。これまで女そのものの表情を浮かべていたマリアであるが、その動きを境により蕩けたような顔になった。眼は潤み、吐息は荒い。
「へ、陛下……」
 情欲に乱れさせられた意識で、マリアはレクティファールを求めたが、それは一蹴された。
「下がって良い」
 マリアをその場に放ち、レクティファールは彼女に背を向けた。
 放り出されたマリアの絶望一色の顔を見た上空の龍たちが思わず「うわぁ」と声なき声を発するが、顔を真っ赤に染めたマリアに睨まれてすごすごと視線を逸らした。
 やばいわあの陛下――上空の秘匿回線はその言葉で占められた。

「それで、あなたは何がしたいので?」
 レクティファールは地面にぺたりと座り込んだ女を前に、軽く腕を組んで立ちはだかった。彼の後背には皇都があるが、レクティファールは女が一歩でもそこから皇都に向かおうとした瞬間、その身体総てを終息次元に放り込もうと考えていた。消滅直前の状態で安定している終息次元は、異物をひとつ放り込んだだけで消え去るのだ。
「クれてやる」
 女の言葉はこれまでよりもさらに安定していた。ただ、レクティファールはその幾重もの環の連なる瞳に少しだけ惹かれ、その事実に気付かない。
「何を?」
「お前ノ、イチバン欲しがっているモノ」
 女は一度レクティファールに手のひらを向け、続けてそれを自分の胸に押し付けた。
「お前の中ニアる『始まりの終』は、不完全ダ。ワタシは、ソレを完全に近付ケるものをモッテいる」
「『始まりの終』とは?」
 レクティファールは女の言った『始まりの終』が何であるのか、確信が持てなかった。ただ、その言葉を聞いて思い浮かべるものはひとつしかない。
 彼はそれを確かめるため、問うた。
 女は艶然と、背後のマリアが地面を思い切り殴り付けるほどに見事な表情を浮かべて答えた。
「セカイノコトワリ」
 世界の理。
 概念。
 そしてそれを用いた兵器、〈皇剣〉
「そして、ワタシがくれてやるのは、ワタシの世界の始まりから滅びマでノ記録」
 仮想演算ではない、実測情報。
 それもひとつの世界の始まりから終わりまでを記録したもの。
 外部からの観測では得られない、貴重なものだ。
「欲しいダロウ?」
 女は立ち上がり、レクティファールの胸に手のひらを押し当てた。
 レクティファールは〈皇剣〉の制御中枢が、目の前の女を欲していることを感じ、女の言っていることが事実であると確信した。
「何故、それを私に?」
 だからこそ、訊かねばならない。
 皇都に迫り、戦いを経てまでも「くれてやる」という情報。その理由を。
「形見ダ。わたシの世界の」
 女はその一瞬だけ、寂寞たる表情を浮かべた。
 無の中に悲しみも寂しさも僅かしか感じられない表情は、己の半身を失った彼女の本能だった。
「ちっぽけなセカイだったが、繋がなければナらナイ」
 世界を繋ぐ。それは、意識を持った世界が最後に望むことだった。
 世界生物。一個の生き物としての世界。
 その種の存続が、彼女の望みだった。
「そして、この地に来ル。何も知らない世界ホウカイの原因を、嗤ってヤる」
 女が浮かべた酷薄な笑みは、レクティファールには然したる感情を抱かせなかった。それは子どもが浮かべるそれであり、大人はそれを黙って受け入れるしかない。
「それは結構。あなたの望み、叶えましょう」
「クカカ」
 女は笑い、そしてレクティファールしか気付かないほど小さな涙を流した。女自身さえ気付かなかった涙は、すぐに蒸発して消え去った。
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