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第四章:万世流転編
第五話「交わる戦意」 その六
しおりを挟む彼方の稜線より姿を見せた巨神は、その輝く複眼の残像を赤く残し、音よりも速く走った。
走り抜けた地面が弾け飛び、荒野に一直線の痕跡がくっきりと残る。
疾走しつつ腕を振り抜けばそこに光の剣が現れ、それもまた残像となった。
「何故あの方が……〈ヘイパス〉様はどうなさったのだ!?」
「〈デステシア〉様はこの二〇〇〇年、一度もお目覚めにならなかったではないか? 巫都の者からも何ら通達はなかったのだぞ」
議場が騒然とする中で、レクティファールは腕を組んでただ映像を眺める。戦いの趨勢は決した。これ以上、この戦いに投じるべき戦力は皇国には存在しない。
彼は自分に縋るような視線を向ける出席者に対し、一瞥の後にひとつの表示窓を浮かべることで答えた。
〈おはようございます、陛下〉
現れたのは、壮麗な神官服に身を包んだ妙齢の女性。
四界神殿総大主教にして、現第一妃リリシアの実姉であるミレイディアだった。
権威の集中を防ぐため、あと一ヶ月足らずで任期を終えることになるミレイディアの登場に、議場がしんと静まりかえる。
映像の向こうにいるミレイディアは、この大事の中でも常日頃と変わらぬ態度をレクティファールに見せた。権杖を携え、背後に見えるのは大神殿の礼拝堂だろう。
朝の祈りの時間の終わりに繋がれた通信は初めてのことではなく、彼女も慣れたものであった。
「〈デステシア〉殿が参戦された」
レクティファールはそう告げ、ミレイディアの反応を待つ。
出席者も同じようにミレイディアの姿に注目したが、彼女は驚いた様子は見せなかった。いつも通り、外向けの――本性を知るレクティファールからすれば胡散臭い――笑顔を浮かべたままだ。
〈この騒動、国の危機と捉えられたのでしょう。父君の望みとなれば、〈ヘイパス〉様も大剣鎧を纏うことに躊躇いはありますまい〉
「国の危機か……」
〈あの親子にしてみれば、我国は友人の忘れ形見のようなもの。数十万年の時を経て身体が朽ち、御柱としての位を返上して、今は偉大なる剣鎧としてのみ生きる〈デステシア〉様にも、その力を振るうに足る状況と映ったのでしょう〉
ミレイディアは穏やかな口調で議場の誰もが知りたかった情報を教えてくれた。
〈巫都の方からは先ほど連絡がありました。皇都にはわたくしの方から事情を説明して欲しいと〉
「なんと! ええい、あの偏屈神官どもめ!」
ゲルマクスが珍しく怒りを露わにして大円卓に拳を叩き付ける。
エルフたちが切り出し、岩窟小人たちが加工した国家至宝の大円卓が、大きく揺れる。出席者の中で驚かなかったのは、ゲルマクスの生来の気性を知る陸軍参謀総長と、定例元帥会議で舌鋒を交わす仲の他の元帥たちだけだった。
〈陛下、わたくしがこれ以上この場で発言すること、神殿の律法に照らしても許されないかと〉
ミレイディアが言葉を限られるのは、この会議が政治の場であるからだ。
参考意見を求められ、それを発言することはできても、それ以上は発言できない。
「分かっている。感謝する、ミレイディア」
レクティファールは義理の姉に一礼すると、ミレイディアは深々と礼をしてその場からかき消えた。
今頃は大神殿で、慣れないことをして疲れたとぼやいていることだろう。
「結局、我々が不甲斐ないからということですか。参りましたな」
空軍元帥アレックスが頭をがりがりと掻き、レクティファールに向き直る。
「どうなさいますか?」
問われたレクティファールは、戦場の様子を映し出す表示窓を見詰めたままだ。
〈デステシア〉が北から攻め込み、自身と同じほどの巨躯を持つ山羊頭の巨人と剣を交えている。黒い神鋼の鎧を纏った巨神が光の剣を振るう様は、神話の一幕のように美しいものだ。
レクティファールには、〈デステシア〉が恐ろしく力を抑えて戦っていることが分かっていた。あそこで振るうには、元巨神一柱と巨神一柱の力は強すぎる。
戦場全体を覆うような戦闘神域を作り出し、味方の能力を底上げしてもなお、その力は有り余っているだろう。
〈皇剣〉も同じだ。
即位前ならば無理でも、今のレクティファールならば同じことができる。彼の〈皇剣〉に対する理解は、加速度的に進んでいた。
「どうもこうもない。軍は私が下した命令に従い、それを全うしろ。我が友はそれを妨害しないし、私がさせない」
「とはいえ、現場の者たちもだいぶ動揺しているようですが」
突如敵の中に現れた強大な個体と、これまた突然現れた巨神。この両者が争う戦場で、皇国軍はあまりに矮小である。
神話の一場面に放り込まれた形の現地軍が慌てるのも仕方のないことだ。
統合司令官の手腕と、戦場という特殊環境。そして自らの存在を強制的に認めさせ、動揺を抑える戦闘神域のお陰で戦線は維持されていた。
ただ、統合防衛司令部に対し、彼らは何らかの方針を伝えなくてはならない。
レクティファールは映像から視線を外さぬまま、アレックスの求める言葉を口にした。
「任務を継続せよ。そう伝えよ」
「はい。それと、投降者についてその処遇の確認が来ておりますが」
アレックスではなく、海軍元帥イザベルがレクティファールの命令に応える。それに続いた投降者という言葉に、議場が少しだけざわめいた。
投降者が出るとは思っていなかった者たちだ。
確かに、敵の軍勢の中には彼らの考えるような「ヒト」はいなかった。それに似た姿の個体も居たが、意思の疎通は一切できなかった。
だが、戦線が移動し、敵の軍勢の奥深くに突き進むと、そこには比較的ヒトに近い姿を持つ個体や、明らかに戦意を持たない個体がいた。
統合司令部は、それが敵の非戦闘員なのではないかと疑った。
ただ、それを判断するには情報が乏しいし、何よりも法的な裏付けがない。異世界からの侵略者に対する法など、形骸化して久しいのだ。
皇国の法である皇王に判断を委ねるというルフトシェーラの考えは、間違ったものではない。
「――相手に戦意なき場合、一旦捕虜と看做し、皇国軍法に則って処理せよ。非戦闘員であるかの判断は現状では許可しない」
「はい」
捕虜と非戦闘員では、その扱いについて大きく異なる。
どちらも軍の保護下に置くのは同じだが、一度非戦闘員に認定された場合、暴動などを起こされたときに対処が遅れる可能性があった。そして何よりも、非戦闘員は認定された時点で難民扱いとなり、軍は建前上、その保護に全力を挙げなくてはならなくなる。
また、それらの認定行為は軍の管轄ではない。
レクティファールはその原則を改めて適用し、状況に備えよと命じたのだ。
これにより、軍はその行動を保証されたことになる。
「陛下、どうぞ」
そう言ってルーラの差し出した磁碗には、牛乳入りの紅茶が入っていた。
レクティファールはそれに手を伸ばし、一口含んで呟いた。
「甘い」
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