白の皇国物語

白沢戌亥

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第四章:万世流転編

第五話「交わる戦意」 その五

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 その存在は、戦場の遙か後方で自らが率いてきた軍勢が討ち減らされる様を眺めていた。
 しかし、彼もしくは彼女にはそれを止める意思はない。止める理由がないのだ。
 かつて自分をある時代では神と崇め、ある時代では邪悪と罵ったあの世界は、もうとうの昔に滅んでいるだろうと彼は嘲笑う。
 自分たちを追い出せば、あの世界は世界の形を保てない。
 彼女はその強大な力と膨大な知識によって神とも悪魔とも称されたが、その知識には幾つもの他の世界との関わりなども含まれている。
 故に、彼は自分の故郷が自ら滅びを選んだのだと理解した。
『――様、我らが同胞をお守りください』
『――様、どうか我が一族を』
『――様、ああ、――様』
 彼女の下には、各魔王からの悲痛な声が届いている。
 彼が与えた進軍加護は今も同じだけの救いを彼女の軍勢に与えているが、相手がそれを無意味なものにしている。
 だがそれは、彼女には関わりのないことだ。
 彼は生者ではない。また同時に、死者でもない。
『――様、我らを』
『――様、お助けください』
『――様、我が妻を、我が子を』
 何を言っているのだろうかと不思議に思った。自分は最初から彼らを救うつもりなどない。ただ、彼らが勝手に思い違いをして自分を旗頭に寄り集まっただけだ。
 彼女は概念による存在だった。
 彼はあの世界があの世界として生きるための概念の一欠片であった。
 あの世界があの世界として生きるために生み出した調整機構。世界が滅びないように調和を維持するための存在。
 だから死ぬこともなく、また生きることもない。
 そこに存在するという概念。
 自分に付き従った者たちが、自分の神としての力を欲しがっただけということ。彼女にはそれに答える理由がもうない。
 あの世界がなくなったというならば、自分という概念はその意味を失う。
 彼に従うものたちに与えた加護を取り上げようとは思わない。
 しかし、これ以上の加護を与える理由もありはしない。
 この世界に現れ、再びあの世界のように振る舞おうとした者たちが、彼女に助けを求めている。
 だが、その意味はもうない。
 統一神として崇められ、邪神と恐れられた彼あるいは彼女は、ただ黙って世界の残滓が消え去るのを眺めている。
「――――」
 だが、ふと気付く。
 この地より遙か離れた場所に、自分がこの地に降り立つ理由となった者がいる。
 何の寄る辺もない世界と世界の狭間で、自分との繋がりを維持していた世界を目指した。
 そして辿り着いたこの世界で、遙か昔に自分をあの世界に押し戻した存在が自分を見ている。
(――ああ)
 彼あるいは彼女は笑った。
(――あいつらも、くるのか)
 あの世界で自分を追い詰めた者たちが、自分を追い掛けてきている。
 まだ世界と世界の狭間にいるが、いずれこの世界に姿を見せるだろう。
(そうだ、よんでやろう)
 世界の真実を教えてやるのも面白い。
 お前たちは世界を守ろうとして世界の寿命を大きく縮めたのだと。
 お前たちの行いは、あの世界に住まう数多の生命たちへの冒涜であると。
 勇者、勇ましき魂を持つ者。
 あの女に、滅んだ世界の断片として真実を告げてやろう。
(ああ、ならばすがたはあれでよい)
 自分をこの世界に追い遣った、人の長。
 姉の姿を持つ自分を見て、あの蛮勇を貫き通した者はどんな顔をするだろうか。
 興味がある。強く強く興味を抱く。
(ああ、いのちをうしなってゆくものたち)
 巨大な体躯を持つ一人の魔王が、巨大な傀儡人形に首を刎ねられた。
 長大な体躯を持つ一人の魔王が、強き龍によって身を砕かれた。
 極小の生き物の集合体たる魔王の一人が、小さな人の兵士によって核を貫かれた。
 死んでいく、かつて〈彼女〉が守った命が消えていく。
(さようなら)
 だがもう、彼女には彼らを守る理由がない。そして、彼女には理由を作る理由がない。
(いきたいならば、いきるがよい)
 人の姿に近い魔王の幾人かが、抵抗をやめることで生き残ろうとしている。
 人に近く力を持たぬ故に、小さく小さく大きな部族の間で生きてきた魔王たちだ。
(あらがうならば、あらがうがよい)
 彼女に準じるほどの力を持っていた大部族の魔王が、その兵を率いて突き進んでいく。それに応えるように、力ある魔王たちが反撃に転じる。
 生きるためではなく、勝つために彼らは逝こうとしている。
 敗者として潰えることを許さず、せめて勝者として果てることを望んでいる。
 故に、そう、故に巨大な力を呼び起こしてしまった。
(くる)
 彼女の軍勢の遙か後方、山々の連なる中に彼女に匹敵する何かがいる。
 それは今まで眠りについていたのか、誰もそこにいると気付かなかった。
 莫大な魔力マナに充ち満ちたこの世界では、巨大な存在とて容易には見つからないのだ。
(さあ、おわらせよう)
 我らが世界の終焉。
 我らが故郷の終幕。
 我らが概念の終端。
(さようなら、わたしの〈ゲドゥラ〉)

                            ◇ ◇ ◇

 百時間戦争の終わりは、ブラオンに眠る巨神族の目覚めによって始まった。
 皇国との協定により、ただその地を守る古の巨神。
 剣鎧帝〈デステシア〉。
 ヒトに近い形の身体は外骨格に覆われ、口元の大顎を震わせてキチキチという音を発してその存在を誇示する。
 黒光りする体表には無数の突起が生え、背には退化して硬化した四対の翅を有していた。
〈デステシア〉は自分と共に生きる巫の一族の願いを受けて目覚め、今、異世界からの侵入者をその複眼に捉えた。
『皇よ、今上の皇よ』
 思念による声が、遙か彼方の皇都にまで飛ぶ。
 契約者を呼ぶ声に、青年が応えた。
『古き友よ』
〈皇剣〉に刻まれた通りに、レクティファールは答える。
『盟約を果たす』
 それは問い掛けではなく宣言であった。
 彼らは皇の臣下ではない。数少ない、法によって定められた皇の友だ。
 友であるが故に、ときとしてそれは我儘に見える。だがそこにあるのは、自分を友と呼んで共に生きようとした者への友情である。
 友の国ならば守ろう。〈デステシア〉はそう言っているのだ。ヒトにはあり得ないほどの純粋な友情。
 レクティファールは、もしかしたら自分と対等の存在が戦場に立つことを喜んでいたのかもしれない。
『ありがとう、友よ』
『良い、ありがとう、小さき友よ』
 自分を崇めるのではなく、ただ友としてあろうとしてくれる存在。
 巨神はその存在を失わないため、顎門から液化した魔素を吐き出しつつ、戦意を高める。
『我らが故郷に寧日を』
 その巨躯が山間から走り出したとき、ひとつの戦争が終わった。
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