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第四章:万世流転編
第五話「交わる戦意」 その四
しおりを挟む光が遙か天空より落ちてくる。
軌道砲『オリガ』から発射されたふたつの砲弾は、一度星の領域へと踏み行ってから、再び大地へと戻りつつあった。
砲弾は炸裂することのない重魔導合金の徹甲弾頭であったが、敵の防御障壁との接触によってその純粋熱量が周囲に大きな被害を与える可能性は高い。
統合司令部は弾着の二分前に総軍へ各退避場所への避難を命じ、自動人形もそれに合わせるように一斉に引き下がった。
その状況に敵軍も何らかの意図を感じたのか、ほんの僅かな時間、戦場に空隙が生じることになる。
そうして、光はやって来た。
〈総員退避、総員退避〉
通信機がまったく同じ言葉を繰り返す、敵も自分たちの頭上に迫る脅威を察知したのか、弾着予測点の上に比較的小さな防御障壁を幾重にも展開する。
それは範囲を抑えた代わりに数十、数百と数を増し、まるで光の塔のように天に向かって伸びていく。
さらに敵軍勢の中から迎撃用の砲撃が幾条も天へと放たれ、しかし命中するたびに弾け散り光の雨となった。
あれは単なる重金属砲弾ではなく魔法を遮断する特性を持つ魔導合金であり、砲撃がその特性の効果を受ける魔法砲撃である限りその破壊は困難だ。
仮に敵の砲撃がこの世界の魔法でなかったとしても、その魔法によって発生する熱や衝撃程度では、軌道砲の砲弾として十分以上の強度を持つあの砲弾は破壊できない。
或いは、敵の砲撃の目的は砲弾の軌道を逸らすことだったのかもしれない。だがそれを実現するには、彼らの砲撃は遅すぎた。
ほぼ直上から迫る砲弾に対し、ついに迎撃の砲火が途切れる。
その直後、敵が天に向かって作り上げた光の塔の頂上に、橙色に輝く人造の流星が接触した。
「あ……」
皇国軍兵士が考えていたような抵抗らしい抵抗はなかった。どれだけ重ねてもその一枚一枚は『オリガ』の砲弾を受け止めるにはあまりに脆弱で、無意味だった。
塔は頂上から恐ろしい早さで砕け散り、砲弾は一瞬で敵のもっとも強大な防御障壁へと接触する。
これまで多くの皇国軍の攻撃を防ぎ、弾き、傘下の異形の兵たちを守ってきた障壁は、接触の瞬間に強く光を発し、その防御力を上昇させた。
〈う……ひ……い……〉
二発の砲弾はほぼ同時に障壁に衝突した。強烈な衝撃波と光が両軍を襲い、皇国軍では通信が乱れる。膨大な純粋熱量を持つもの同士の接触は周囲に大きな被害を与え、しかしこれもさしたる時間を要さずに決着した。
二つの砲弾はその身をねじ込むようにして防御障壁を貫き、破壊。僅かに速度を落としたのみで地上へと着弾した。
そこで繰り広げられたのは、これまでの砲撃とは比較にならない破壊だった。
運悪く砲弾の着弾点とその周辺にいた異形は跡形もなく消し飛び、個体によってはその体内動力炉の中身を撒き散らして被害を拡大させた。
皇国軍の兵士たちはその光景を光り輝く味方の障壁の中から呆然と眺めるしかなかった。
今、敵の身体を引き千切り、暴力を撒き散らしたあの兵器は、単なる金属の塊を撃ち出したものに過ぎない。
皇国はあの弾頭を、もっと別のものに変更するだけの技術を有している。そして他の超大国もまた、同じように相手の領土に足を踏み入れることなく相手の国土を破壊し、民を殺す兵器を持っているのだ。
同盟国イズモとて、〈天照〉による軌道砲撃を実行すればこれ以上の威力を持つ。だが、皇国の民である龍族の中には、それ以上の威力を持つ攻撃手段を有する個体もいる。
この世界は狂っている。しかし、狂っているからこそ人々は生きることを諦めずにいられる。
ただひとつの存在により支配されることのないこの世界は、見方を変えれば楽園なのかもしれない。
皇国兵は知らなかった。目の前にいるあの異形の軍勢が、かつてひとつの世界を支配するだけの力を有していたことを。
だがその力とて、別の世界に足を踏み入れれば雑多な力のひとつに成り下がるのだ。
それは、この世界の力も例外ではない。
もっと大きな力を持つ何者かがこの世界に現れることも十分に考えられることだ。
しかし、彼らはそれを知らずにいることを許されている。
〈『オリガ』第二射、弾着――今〉
再び天空より降り来る破壊の種。
それは敵の障壁が展開された瞬間に、再びそれを破壊した。
繰り広げられる暴虐の中で、皇国兵の中に目覚めたのは生物故の残虐性だった。
「殺せ」
誰かがそう叫ぶ。
泥塗れの顔を歪め、拳を地面に叩き付けて兵士たちは憎悪する。
「殺せ」
この地を、自分たちの安住の地を侵す者に死を。
「殺せ」
自分たちの家族を、そして生まれ来るであろう子孫たちの未来を食い潰す者たちに終焉を。
〈敵前衛が持ち直す前に突撃機兵中隊及び、重装機甲歩兵隊、機動騎兵隊各隊は適宜突撃に移れ、これより支援砲撃を開始する〉
「往くぞ……!」
野砲陣地。魔導砲陣地。重砲艦戦隊。航空射爆隊。陸上砲龍隊。
空を様々な色を持つ砲弾が飛翔し、次々と敵の陣列に突き刺さる。
これまで敵を守っていた障壁は回復すると同時に砲撃を受けて消え去ることを繰り返す。一度完全に崩壊した防御障壁を再度展開することは、皇国にとっても敵側にとっても簡単なことではない。
穴の開いた器は、ちょっとした衝撃でも砕け散る。だからこそ防御障壁は幾重にも展開され、それが破壊されたときに備えるのだ。
最外層が貫かれれば、もっとも内側に新たに障壁が展開され、第二層が最外層として外に押し出される。それを繰り返すことで、魔導防御障壁は防御力を維持する。
敵の軍勢は膨大で、彼らの防御障壁が守るべき範囲は広すぎた。
皇国側はそれを理解した上で、全力砲撃を行った。敵に防御障壁を再展開させないよう、また味方の突撃を最大限援護できるよう、各隊が全力で任務に当たっていた。
「陸軍西方総軍第八師団第二重装機甲歩兵連隊、前へ!」
「北方総軍第三三突撃騎兵連隊、前へ!」
「近衛陸軍第一強襲打撃機兵中隊、全機、突撃に移れ!」
魔動式重甲冑を纏った歩兵が、その巨大な弩砲や剣、突撃槍を敵に向けて進み始める。
それに続くように高機動魔動式甲冑の部隊が続き、両翼から八脚軍馬を駆る騎兵隊が進み出た。
右肩部装甲を白く染めた近衛陸軍の自動人形中隊が防御術式の編み込まれた国章入りの外套を翻して最前線に姿を見せ、腰部加速器から魔素を吐き散らして突撃を掛ける。
彼ら近衛はその誇りの象徴でもある〈皇剣〉を模した突撃刀を構え、次々と敵陣に飛び込んでいった。
数に勝る敵に対し、皇国軍は兵科協同による攻撃を行う。そして敵は、その数と単体の威力に任せて皇国軍を押し潰そうとする。
皇国兵士たちが小隊単位で中型歩行個体に攻撃を仕掛ければ、たったひとりの巨人族の兵士に何十という小型個体が群がる。
斬り裂き、突き刺し、抉る。
噛み付き、組み付き、貪る。
その凄惨な光景は、この世界ではここ数百年見られなかったものだ。
魔獣との戦闘でさえ、軍による組織戦闘が崩れることはない。
より安全に、より確実に敵を殺すための技術が培われたこの世界で、この戦場だけは原始の生存競争が行われていた。
「――敵大型、来るぞ!」
「海軍の自動人形が向かってる! 任せておけ!」
兵士たちを踏み潰そうと大型の六脚型が小型の個体を押し退けて前進する。
小型種を一方的に討ち減らしながら、歩兵たちは味方を信じてその場を退かない。
〈その場から動くな!〉
二機の自動人形が飛来し、歩兵たちに注意を促す。二機は味方の部隊の間を擦り抜けるようにして滑空し、腰撓めに構えた突撃槍で六脚種を突き刺した。
〈おおおおおおおおッ!!〉
二機はまるで鏡合わせのように狂いのない連携で加速、六脚種を刺したまま敵陣を突破していく。敵の攻撃は総て六脚種に命中するばかりで、自動人形の防御障壁が貫通されることはない。
〈この程度なら乙女騎士の方が怖い! 出直してこい!〉
二機はその場で旋回し、六脚種を敵陣にいた砲塔型に叩き付ける。一ヶ月前、魔動式甲冑を纏っただけの機甲乙女騎士団に、同数の自動人形を投入して敗北した海軍陸戦隊自動人形隊の意地である。
〈敵前衛、崩れつつあり〉
通信が自軍の優勢を伝える。
兵士たちはそれを心の支えに、目の前の敵に挑みかかった。
「あああああああッ!!」
「おおおおおおおッ!!」
死にたくない。しかし、誰も殺されたくない。
親を、子を、妻を、夫を、恋人を、自分の背後にいる者たちを殺されたくない。
「押し包めッ!」
「おおッ!」
彼らは軍人である。死にたくないと願いつつ、死ななくてはならない者たちである。それ故にここは、彼らに死の意味を与える場所だった。
皇王レクティファールが作り上げた、彼らの死に場所だった。
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