胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
上 下
16 / 23

祝言

しおりを挟む
 大桑おおが城。
 美濃国の守護である土岐氏の守護所が置かれ、豊かな美濃国の中心地の1つとして発展を遂げた城である。

 ……そして、今日から私が住む城でもある。

 まっさらな美しい白無垢に身を包んだ私は、稲葉山を盛大に見送られ、輿に乗って大桑城の土岐頼純様のもとへと向かう。

 でもこの白無垢姿、やっぱり女の子なら誰しも憧れるものなんだね。
 お貴ちゃんやお幸ちゃんは綺麗だって褒めてくれたし、お蜜ちゃんもこの純白の嫁入り衣装を着るのは憧れだって言ってた。

 かく言う私も、状況が状況じゃなきゃこの衣装を着られたことを凄く喜んでいたと思う。
 ウェディングドレスもいいけど、せっかく日本人に産まれたんだから、将来は和風の結婚式で……なんて考えていた頃が懐かしいな。
 まさかこんなにも早く、しかも戦国時代でこの格好をすることになるとは思ってなかったよ。





 ……さて、ようやく大桑城に着いたわけだけど、私の旦那様になる頼純さんとの対面はまだ先だ。
 婚礼が行われるのは夜。それまで私は、化粧の間とかいう控え室でその時を待つのである。

 しかし、結婚式……もとい、祝言とはいっても、現代みたいに親戚一同が揃った盛大なものってわけじゃないんだな。

 小見さんからある程度の流れは聞いているけど、祝言の席に居合わせるのは花婿花嫁以外には僅かなお付きの人達だけらしい。

 この時代の結婚っていうのは、ワイワイ騒ぐようなものじゃなく、お互いの家を結びつけるための厳粛なものなんだろうな。
 ちょっと寂しい気もするけど。

「……帰蝶様、そろそろ時間でございます」

「……はい。分かりました」

 さあ、いよいよだ。遂に私は、この祝言の席ではじめて自分の結婚相手の顔を見ることになる。
 美濃の新たなる守護、土岐頼純様とはどんな人なんだろう。
 まだ若い人だとは聞いているけど、もしも戦国時代らしいおっかない人間だったら……いや、それでも絶対信長よりはマシだ! そう思い込もう!

 ……なんてことを考えていると、遂に私の前に土岐頼純様が姿を現したのだった。



「………………」

 ……抱いた第一印象は、意志が強そうな顔つきだということ。
 大きい目と太い眉は共に吊り上げっており、私を真っ直ぐに見つめている。

 見た感じの年齢は、大体大学生くらいかな?
 見た目は好青年って感じだけど話してみないことにはなんとも言えないな……
 でも、道三と違って視線に不快感を抱かないのは好評価だね。

 ……てか、今の私ってまだ小学生くらいの年齢だったよね……この程度なら、戦国時代ではよくあることなのか?

「……それでは、さかずきを回しましょう」

 ……さて、式を取り仕切る大上臈という役職の人がそう言うと、侍女の人達が私と頼純様、大上臈さんの盃に酒を注ぐ。
 いわゆる三三九度ってやつだ。まあ私は経験ないからよく知らないけどね。

 ちなみに、お酒も人生初体験。
 体は小学生、心は高校生なので、どちらにしろ現代では違法でございます。
 つーか小学生の体でお酒って大丈夫なのか。いや、飲まなきゃいけない状況だから飲むんだけどさ。



 ……うーん、微妙。私が現代の頃から子供舌なのもあるだろうけど、好き好んで飲みたい味じゃないな。
 そしてこれを3杯飲むのか……はあ、ジュースが恋しいよ。

「……あまりお口に合わなかったかい? 帰蝶殿」

「えっ? い、いや、そんなことはないですよ? 美味しいです、はい」

 いきなり頼純様が話しかけてきた……そんなに顔に出てたかなあ。周りの人を不快にさせるかもしれないし、次からは気を付けないと。

「……まあ、君はまだ12の子供だ。酒にはこれからゆっくり慣れていけばいい」

「は、はい。……気を使って下さり、ありがとうございます」

「…………フフ。随分純粋で素直な娘なんだな。とてもあの蝮の娘とは思えんよ」

 私が何気無く発したお礼の言葉を聞いた頼純様は、一瞬固まった後で安らかな笑みを浮かべた。
 「あの蝮の娘とは思えん」という言葉に、今の頼純様の感情の全てが籠っているようにも感じられた。

「……さて、この後は2人で床に入るわけだが……まあ、君にはまだ早いか」

 早い? 床? ……あっ、あー……成る程、確かに私はもう夫婦なわけだし、そんな話もありますよね。

「……えーっと、その……」

「案ずるな。私にそんな嗜好はない。……そうだな、後2、3年経ってからでも、遅くはなかろう」

「……はい。そうですね……」

 と、取り敢えず、小学生相手にナニをしようなんて変態じゃなくて安心したよ。
 いや、いくら戦国時代でも子供相手にはやらないのが普通だろうけど、中には槍の又左さんみたいなのもいるからなぁ……私も、正直まだ心の準備ができているとは言い難いし。

「……まあ、それまで土岐と斎藤の間に平穏が続けば、だがな」

「……何か言いました?」

「……いいや、今日は我らにとって記念すべき日だ。無理をしない程度に祝おうではないか」

 こうして私は、美濃国の若き守護、土岐頼純様の妻になった。
 頼純様は、思ったよりもずっとマトモそうな人だし、私の新婚生活もそこまで悪いものにはならなさそう……かな?

 ……でも、まだまだ不穏な気配はあちこちに満ちている。
 きっと、私が嫁いだ程度ではこの美濃の戦乱が収まることはないのだと、悲しいけれどそう思っている私がいるんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

婚約破棄?貴方程度がわたくしと結婚出来ると本気で思ったの?

三条桜子
恋愛
王都に久しぶりにやって来た。楽しみにしていた舞踏会で突如、婚約破棄を突きつけられた。腕に女性を抱いてる。ん?その子、誰?わたくしがいじめたですって?わたくしなら、そんな平民殺しちゃうわ。ふふふ。ねえ?本気で貴方程度がわたくしと結婚出来ると思っていたの?可笑しい!  ◎短いお話。文字数も少なく読みやすいかと思います。全6話。 イラスト/ノーコピーライトガール

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

異日本戦国転生記

越路遼介
ファンタジー
五十五歳の消防士、冨沢秀雄は火災指令が入り、出場の準備をしていたところ心不全でこの世を去ることに。しかし目覚めてみれば、戦国時代の武蔵の国に少年に若返って転生していた。でも、この戦国時代は何かおかしい。闘気と法力が存在する和風ファンタジーの世界だった。秀雄にはこの世界に心当たりがあった。生前プレイしていた『異日本戦国転生記』というゲームアプリの世界だと。しかもシナリオは史実に沿ったものではなく『戦国武将、夢の共演』で大祝鶴姫と伊達政宗が同じ時代にいる世界。作太郎と名を改めた秀雄は戦国三英傑、第十三代将軍足利義輝とも出会い、可愛い嫁たちと戦国乱世を生きていく! ※ この小説は『小説家になろう』にも掲載しています。

処理中です...