胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
上 下
17 / 23

乱世を生きる術

しおりを挟む
「……ああ、そうか。……ここは稲葉山じゃなかったな」

 祝言の翌日、私はいつも通りに目が覚めた。
 初日は緊張やら不安やらで眠れないかもしれないと思っていたけど、ちゃんと睡眠がとれたのは待遇がまともだったお陰か。
 ま、私は土岐と斎藤の橋渡し役みたいなものらしいし、あまり雑に扱うわけにもいかないってことか。

 とにもかくにも、頼純様がまともそうな人で助か……あれ、隣で寝ていたはずの頼純様の姿が……もしや私!

 寝所の襖を開けると、まだ半分寝ぼけていた私の目を覚ますかのように眩しい朝日が射し込んできた。

 こっちの世界に来て約1ヶ月、太陽の位置で大体の時間は分かるようになってきた。
 現時刻は大体8~9時くらい。
 この時代では普通に寝坊になる時間だ!

「……お早う。随分とぐっすり眠っていたな?」

「……あ、旦那様……」

 私が太陽の光に目を細めていると、廊下から頼純様が声をかけてきた。
 ……ヤバい、怒ってないかな?

「ご、ごめんなさい。ついうっかり、寝過ごしちゃって……いや、うっかりで済まないことだったら本当に……」

「……フフ、そう必死に謝るな。起こそうと思えば起こせたところを、そうしなかったのは私の判断だ」

「で、でも、やっぱり旦那様よりも早く起きて、ちゃんと朝のご挨拶をした方が……」

「気にするな。私はお前にそんなことは求めていないよ」

「……で、では……」

「……お前は変に着飾ることなく、己のままでいればいい。私がお前に求めることは、それだけだ」

 ……己のまま? それが私に求めることって……どういうこと?

「……さあ、早く着替えるんだ。もう朝飯は用意されているぞ」

「……あ、はい!」

 まあ、私の足りない頭で考えても他人の考えてることなんて分かるわけない。
 だったら額面通りに受け取って、私は私らしく振る舞えば……いいのかな?





 さて、着替えはしたけど私はまだ昨日と同じ白装束のままだ。
 花婿と花嫁は婚礼の翌日まではこの格好で過ごして、3日目になってようやく着なれた色柄の着物に着替えるらしい。
 これを色直しと言うんだけど、お色直しって言葉はここから取られてるのかな?

 とにかく、この色直しが終わってはじめて私は土岐家の方々と対面することになる。
 つまるところ、今日1日はまだ頼純様や侍女の人達としか絡むことはないのだ。

「……美味しいですね」

「当たり前だ。土岐の飯が斎藤の飯に劣るはずがないだろう」

 さて、今の私は朝御飯を食べています。
 今日のメニューは玄米に味噌汁、そして大根の味噌付け。
 戦国飯はとにかく米と味噌が多いです。
 まあ、現代に比べれば味付けのバリエーションが少ないのは仕様がないし、私はこれでも全然満足してるけどね。
 でも、機会があれば何か現代っぽいメニューの開発とかできないかなあ? そうゆうのって、歴史改変とかになりそうだしやらない方がいいかもだけど……

「朝飯は1日を過ごす英気を養うものだ。しっかり食べろよ」

「はい。……ところで、なぜ旦那様も同席しているので……」

「不満か?」

「いや! 別にそんなことは……ただ、旦那様はお忙しいだろうに、私の飯程度に時間を割いて頂くのも……」

「そんなことを気にするな。私は年がら年中お前の父親と息のつまるやりとりをしているんだ。今日くらいは女房とともにのんびり過ごしてもいいだろう?」

「は、はあ……その、なんかスミマセン」

「ハハッ、お前が謝ることはないだろう。……全く、本当にお前はあの蝮の娘とは思えんな。言動全てに、毒気の欠片も感じられん」

「そ、そうですか……でも、この乱世でそんな性格をしているのはどうなんでしょうね……」

「この乱世だからこそ、そんな性格に惹き付けられる者もいると思うぞ? 私もそのクチだからな」

「……旦那様が?」

「……ああ。私はてっきり、蝮の娘とは奴のように食えない女だと警戒してやまなかったが……いざ蓋を開けてみればこれだ。良い意味で予想を裏切られたよ」

 ……予想を裏切られたのは私も同じですよ。
 私はてっきり、戦国時代なんて私みたいな無力な人間にはどこまでも厳しい世界だと思っていたから……

「今の美濃には、あの蝮を筆頭に鬼畜の如き連中が跋扈している。……そんな乱世に身を置いていると、お前のような毒気のない、信頼できる存在を大切に思うようになるのさ」

 ……そうか。無力な私にも1つだけ、この乱世で生きていくための武器があるってことなのかな……

「だから、お前はこれからも……乱世に毒されず、そのままのお前でいてくれ。それが、私がお前に求めることだ」

 ……今の私を、大切にしよう。
 たとえ戦国時代でも、現代に通じる倫理観が全く失われたわけじゃないんだ。

 人の命を、優しい心を、他人を思いやる気持ちを、忘れることなく大切することが、私がこの乱世で生きていく術だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

このやってられない世界で

みなせ
ファンタジー
筋肉馬鹿にビンタをくらって、前世を思い出した。 悪役令嬢・キーラになったらしいけど、 そのフラグは初っ端に折れてしまった。 主人公のヒロインをそっちのけの、 よく分からなくなった乙女ゲームの世界で、 王子様に捕まってしまったキーラは 楽しく生き残ることができるのか。

処理中です...