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来るべき時
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「……来たか、帰蝶よ」
私は、再び斎藤道三と相見えた。
目の前で私を見つめる蝮の眼からは、相変わらず人を縛りつける毒が流れている。
蝮の毒に負けないように、私は必死に気持ちを強く持つ。
顔はなんとか平静を保てているけど、下半身はもうガクガク震えているよ。
「……お前を儂が呼び寄せた理由、察しはつくな?」
「……大方は」
「ならばよい、早速本題に入るぞ」
……いよいよだ。いよいよ私は、あの織田信長のもとに嫁入り……
「お主を新たなる美濃守護、土岐頼純様のもとに嫁がせることが決まった。守護様の正室として、粗相のないように振る舞うのだぞ?」
…………え、ゴメン、誰?
土岐……なんて言った?
「……どうした、帰蝶。返事は?」
「……あっ、は、はい! 承知致しました!」
と、とにかく! 誰が相手だろうがどうせ私に拒否権なんてないんだ!
この場は道三に大人しく従っておいて、細かいことは後から考えろ!
「……しっかりしろよ、帰蝶。武家の嫁というものは過酷だぞ?」
「……はい。重々、承知しております」
「……それならばよい。……未来がどうなろうとも、気を強く持てよ」
その時私は初めて、僅かながら道三に父性というものを感じた。
今の彼からは目の前の相手に毒を垂れ流す蝮らしさは見られず、嫁入りする娘を心配する父親のようにも見えた。
「……話は終わりだ。後のことは小見に聞けい」
「は、はい……では、失礼致します」
でも、未来がどうなろうともって……それってつまり、私の未来が暗いものになる可能性が、道三には見えているってことだよね?
土岐ってのは確か美濃のお偉いさん……ザ・下克上の道三とは如何にも相性悪そうだ。
昨日の夜、孫四郎兄さんは私の嫁入りを人質同然って言ってたし……今回の嫁入りの真意は、私を土岐への人質に出すことで、斎藤と土岐の間を取り持とうって考えなのかな?
……でも、あの道三が大人しく仲良くするなんて思えない。
さっきの言葉も、いつか道三がまた土岐と戦争をするって意味なら……
……ヤバい、体が震えてきた。
なんだよコレ、どう転んでも私の将来は真っ暗闇なのか?
で、でも、私が帰蝶なら、いつかきっと織田信長と結婚できるはず……
いや、私の振る舞いが不味かったせいで、本来の歴史とは運命が変わったらどうする?
もしかしたら私は……信長に嫁ぐことなく、ここで死ぬのか?
「……顔色が悪いですよ、帰蝶」
「……母上様……」
いつの間に……いや、私が気づかなかっただけだ。
今の私はきっと、周りから見たら情けない姿に見られているんだろうな。
「……嫁入りを、不安に思っているのですか?」
「……はい。果たして私の未来は、どうなるんだろうって……」
嫁入りではなく、人質。
もう私の頭の中はその認識で凝り固まってしまい、いつ殺されるのかという不安しか考えられなくなっていた。
「……大丈夫ですよ。大殿様はまだ、親としての情を失っているわけではありません。あの方が今後どのような選択をとろうとも、まず第一にあなたの無事を考えるはずです」
……見透かされているのか、私の不安が、この人には全て。
「……父上は、私を見捨てずにいてくれるでしょうか?」
「ええ。あのお方は、なんだかんだ言いつつ肉親には情を持っています。目に入れても痛くないほど可愛い娘に試練は与えても、命を奪う真似はしません」
……そうだ。さっきの道三のあの顔……あれは、単純に私のことを案じてくれていたのか?
私は、ほんの一瞬だけ見えたあの父性を信じてもいいのか?
「……信じて下さい、あなたの両親を」
……信じる、私は……
「……分かりました。父上のことも、母上様のことも、私の心の拠り所として信じます。……だから、裏切らないで下さい……」
我ながらなんて弱々しい声だ。
こんな弱さで、本当にこの戦国時代を生きていけるのか?
「帰蝶」がちゃんと勤まるのか?
「……ええ。裏切るはずがないでしょう。親も、子も、裏切ってはならない存在なのですから」
大丈夫……大丈夫。この人は私を裏切らない。
だから私も、この人を裏切らないようにしなくちゃいけない。
私は……斎藤家の「駒」として、立派に役目を果たしてみせる!
私は、再び斎藤道三と相見えた。
目の前で私を見つめる蝮の眼からは、相変わらず人を縛りつける毒が流れている。
蝮の毒に負けないように、私は必死に気持ちを強く持つ。
顔はなんとか平静を保てているけど、下半身はもうガクガク震えているよ。
「……お前を儂が呼び寄せた理由、察しはつくな?」
「……大方は」
「ならばよい、早速本題に入るぞ」
……いよいよだ。いよいよ私は、あの織田信長のもとに嫁入り……
「お主を新たなる美濃守護、土岐頼純様のもとに嫁がせることが決まった。守護様の正室として、粗相のないように振る舞うのだぞ?」
…………え、ゴメン、誰?
土岐……なんて言った?
「……どうした、帰蝶。返事は?」
「……あっ、は、はい! 承知致しました!」
と、とにかく! 誰が相手だろうがどうせ私に拒否権なんてないんだ!
この場は道三に大人しく従っておいて、細かいことは後から考えろ!
「……しっかりしろよ、帰蝶。武家の嫁というものは過酷だぞ?」
「……はい。重々、承知しております」
「……それならばよい。……未来がどうなろうとも、気を強く持てよ」
その時私は初めて、僅かながら道三に父性というものを感じた。
今の彼からは目の前の相手に毒を垂れ流す蝮らしさは見られず、嫁入りする娘を心配する父親のようにも見えた。
「……話は終わりだ。後のことは小見に聞けい」
「は、はい……では、失礼致します」
でも、未来がどうなろうともって……それってつまり、私の未来が暗いものになる可能性が、道三には見えているってことだよね?
土岐ってのは確か美濃のお偉いさん……ザ・下克上の道三とは如何にも相性悪そうだ。
昨日の夜、孫四郎兄さんは私の嫁入りを人質同然って言ってたし……今回の嫁入りの真意は、私を土岐への人質に出すことで、斎藤と土岐の間を取り持とうって考えなのかな?
……でも、あの道三が大人しく仲良くするなんて思えない。
さっきの言葉も、いつか道三がまた土岐と戦争をするって意味なら……
……ヤバい、体が震えてきた。
なんだよコレ、どう転んでも私の将来は真っ暗闇なのか?
で、でも、私が帰蝶なら、いつかきっと織田信長と結婚できるはず……
いや、私の振る舞いが不味かったせいで、本来の歴史とは運命が変わったらどうする?
もしかしたら私は……信長に嫁ぐことなく、ここで死ぬのか?
「……顔色が悪いですよ、帰蝶」
「……母上様……」
いつの間に……いや、私が気づかなかっただけだ。
今の私はきっと、周りから見たら情けない姿に見られているんだろうな。
「……嫁入りを、不安に思っているのですか?」
「……はい。果たして私の未来は、どうなるんだろうって……」
嫁入りではなく、人質。
もう私の頭の中はその認識で凝り固まってしまい、いつ殺されるのかという不安しか考えられなくなっていた。
「……大丈夫ですよ。大殿様はまだ、親としての情を失っているわけではありません。あの方が今後どのような選択をとろうとも、まず第一にあなたの無事を考えるはずです」
……見透かされているのか、私の不安が、この人には全て。
「……父上は、私を見捨てずにいてくれるでしょうか?」
「ええ。あのお方は、なんだかんだ言いつつ肉親には情を持っています。目に入れても痛くないほど可愛い娘に試練は与えても、命を奪う真似はしません」
……そうだ。さっきの道三のあの顔……あれは、単純に私のことを案じてくれていたのか?
私は、ほんの一瞬だけ見えたあの父性を信じてもいいのか?
「……信じて下さい、あなたの両親を」
……信じる、私は……
「……分かりました。父上のことも、母上様のことも、私の心の拠り所として信じます。……だから、裏切らないで下さい……」
我ながらなんて弱々しい声だ。
こんな弱さで、本当にこの戦国時代を生きていけるのか?
「帰蝶」がちゃんと勤まるのか?
「……ええ。裏切るはずがないでしょう。親も、子も、裏切ってはならない存在なのですから」
大丈夫……大丈夫。この人は私を裏切らない。
だから私も、この人を裏切らないようにしなくちゃいけない。
私は……斎藤家の「駒」として、立派に役目を果たしてみせる!
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