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第十九章 聖女が街にやって来た

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この広大なルーシャ国の国境のあちこちを巡り、最後は北の果てのダーヴィゼルド領にまで行って来たと言うシェラさんは、

「たった数日留守にしただけだというのにユーリ様が悩み事を抱えてこんなにもお顔を曇らせているとは思いもしませんでした。やはりオレは騎士を辞めてお側にいる方が良さそうですね。」

と私の頬を撫でた。

心配してくれるその気持ちは嬉しいけど無職になるのはまだ早い。慌てて

「いえ!悩んでるってほどじゃないんです。ただ少し心配っていうか気にかかるってだけで・・・」

と大丈夫だとアピールする。そんなに悩んでいるように見えたかな。

「オレがいない間に何がありましたか?」

シェラさんに促されて木に寄りかかって座り込めば、その隣にシェラさんも腰を下ろす。そこで、

王都に張ってある結界に何か異変があったらしいことやシグウェルさんがその原因を探っているのにまだ分からないこと。

ヘイデス国の聖女様に会った後のシグウェルさんの行動がいつもと違うような気がすること。

なによりいつもなら私の力に・・・

今回は私の張った結界だけど、それに何か変化があったならたとえ原因はまだ分からなくても些細なことだろうとシグウェルさんなら何でも報告に来てくれるはずなのに会いに来ないこと。

それをリオン様に相談してみようと思ってもなかなか会えないこと。

そんなあれこれをぽつぽつと話した。

「なるほど。確かに、何かにつけ魔導士院にすぐ篭っては魔法実験に明け暮れる割にユーリ様の所へは足繁く通うシグウェル魔導士団長が明らかに結界に異変が起きているのにユーリ様へその報告をしに来ないのは不思議ですね。」

「シェラさんもそう思います?」

私に会いに来ないなんておかしいと言ったらどんなうぬぼれだと笑われるかと思ったけど、意外と真剣にシェラさんはふうん、と考え込んだ。

「それにあのリオン殿下がユーリ様に会いに来ず、着替えすら従者を通じて取りに来させる?
あり得ないですねぇ、あの殿下なら例え着替えるための僅かな時間でもユーリ様に会えるのならばここに戻って来るはずです。レジナスから連絡は?」

「レジナスさんからも何も・・・。いえ、ヘイデス国はルーシャ国にとっても大事なお客様だって分かってるんです。
だから私なんかよりそちらを優先してもらって当たり前だって分かってはいるんですけど」

だけど何だか不安になる。

体育座りで膝に手を置いて俯き考えている私に、シェラさんは自分の手をそっと重ねて来た。

「ユーリ様、そんなにお気を落とさないで下さい。何よりもユーリ様を大切に思う彼らが会いに来ないというならば、それはきっと何らかの理由があっての、ユーリ様のためです。
まあ万が一の可能性としてはそのヘイデス国の聖女様とやらが殿下らに何かしたのかも知れませんが・・・」

「ええ⁉︎」

何かって何だ。操るとかそんなこと?

青くなった私にシェラさんはくすりと笑う。

「でもユーリ様、お忘れですか?殿下にはユーリ様が与えられた強力なご加護と祝福があります。
それは例え聖女様がどれほど強い力をお持ちでも敵うものではないでしょう?
そんな者にあの殿下が惑わされるはずがありません。」

聖女は神のしもべ、言うなればイリューディア神様の力を授けられたユーリ様よりも格下ですよ、と笑う。

「シグウェル魔導士団長もそうです。あれほどの傑物が聖女様が相手とは言え、そう簡単に惑わされるはずがありません。
レジナスもです。あの真っ直ぐな堅物がユーリ様以外の者に心を動かされるなど絶対にないですよ。ですからもう少し様子を見てみましょう。」

そう言ってよしよしとするように私の手をさすってくれた。

「まあオレとしてはもし本当に万が一の可能性として殿下方が心変わりされたと言うならば、さっさと伴侶の座を退いていただけると嬉しいですが。
そうすればユーリ様は真実オレだけの女神になりますし。」

そうなったら二人だけで王宮を出てどこかに行ってしまうのもいいですねぇ、いっそ国も出ましょうか?
喜んで養いますよといつものあの色気を自重しない笑顔を向けられた。

励ましてくれてちょっと感動したらすぐこれだ。

「相変わらず考えることが極端ですね、ルーシャ国を出るとか、さすがにそんなことまで考えてないですからね?」

呆れたように言えば嬉しそうに微笑まれる。

「そうそう、そのお顔ですよ。いつものユーリ様に戻られたようで良かったです。」

どうやらシェラさんの手のひらの上で転がされて機嫌を取られたらしい。

単純な自分が恥ずかしいけど・・・でもありがとう。

おかげで少し元気が出た。

そこで気分を変えるように私もわざと明るくシェラさんに尋ねる。

「それにしても随分と急な任務であちこち行っていたんですね?ルーシャ国は広いのに大変だったんじゃないですか?」

ああそれは、とシェラさんが教えてくれる。

「少し前から・・・そうですね、オレ達がファレルの神殿へ出掛けた辺りからでしょうか?
その頃から上がって来ていた報告で、国境に突然変異の獣が現れ地方の傭兵や騎士では対処が難しいというものがあったんです。」

「突然変異の獣?魔物や魔獣じゃなくてですか?」

「頭が二つある大熊やよだれを垂らして見境なく人を襲う猪、肉食ではないのに人を喰らう鹿、足が六本あってどんなに槍を刺されても頭を落とすまで人を角で刺し殺そうとしてくる暴れ牛、尾が二つに分かれた食人虎などです。」

いや、突然変異にもほどがあるんじゃないかな?

シェラさんがつらつらと上げた例はどれも異常という言葉で片付けるのも簡単過ぎるくらい異常だった。

「そ、それでも魔獣じゃないんですか?どう聞いてもヘンなんですけど⁉︎」

そう聞いた私にシェラさんは魔力や魔法を持って攻撃して来ないので分類上は獣ですねと言う。

「まあそれでも最初は数が少なく、人数で当たれば何とか対処出来ていたんですが。
そのため様子を見ていました。ですがオレやユーリ様がリオネルの港町に出かけたあたりでしょうか?
その頃になるとキリウ小隊からも何人か派遣をしなければ手がつけられないほど凶暴化した獣が数を増やして国境のあちこちに現れ始めたんですよ」

ファレルの神殿では私達もヨナスの力を鎮めるために大変だったけど、リオネルへ出掛けていた時は完全にリゾートだ。

いや、結果的にタコ足魔物を討伐する騒ぎになっちゃったけど。

そんな大変なことが起きていたなんて知ってたら、のん気にリゾート気分を味わってなんかいなかったよ⁉︎

そう思ってシェラさんを見れば、

「魔物でもないんですから、その程度はオレがわざわざ出ていかなくても対処出来ませんと。
ですがさすがに国境沿いがこれでは戴冠式のためにやって来る他国の招待客達に支障があるということで、一掃するためにオレにも任務が降りてきました。」

おかげでこの短期間であちこちを駆け回る羽目になりましたよ、となんでもなさそうに首をすくめている。

「だけど今ここにシェラさんがいるっていうことは無事に任務を終えたってことですよね?」

え?キリウ小隊の他の隊員さんを含めてみんなが討伐に苦労したその突然変異の獣を本当に一掃して来ちゃったの?この短期間で?

「ある程度はオレが対処して、後は見極めた弱点やコツを他の者達にも教えそれを覚えてもらえば案外どうにかなるものです。
何よりオレにはユーリ様の身辺を整えるという大事な仕事がありますからね、たかが獣ごときにいつまでも構っていられません。」

私の所へ早く戻るために他の人達にも対処の仕方を教えたというけど短期間で凶暴な獣を全滅させるほど実力をつけさせたなら、それはかなりのスパルタになったんじゃないのかな?

地方や国境沿いの傭兵さんや騎士さん達がシェラさんのスパルタで可哀想な目に遭った気がする。

「お疲れ様です・・・」

シェラさんもだけど何よりも他の人達が。

そう思いながら一応疲れているだろうシェラさんに癒しの力を使う。

話しながら膝に置いた私の手を撫でていたシェラさんの手を取り力を使えば、機嫌の良い猫のように目を細めて

「このようなねぎらいをいただけるなど、イリヤ殿下へ任務完了の報告へ行く前に帰って来てすぐにこちらへ直行して良かったです。」

と嬉しそうにされた。

・・・いや、その気持ちはありがたいけどまずはお仕事完了の報告が第一じゃないかな⁉︎







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