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第十九章 聖女が街にやって来た

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シェラさんの話を聞くだけでも異常な、突然変異したような獣達はどうしてそんなにも急に増えたんだろう。

不思議に思って尋ねれば、

「オレもそれが気になりまして。魔法を使って攻撃してくるでもないので魔物でないのは分かっていますが、この様子のおかしさは誰かの手が加わったものと考えることもできました。そこでダーヴィゼルドです。」

シェラさんはにっこりと笑ったけど、私にはその意味が分からない。

「思い出してみて下さい。ヨナス神の力を取り込んだカイゼル殿は元々持っていた魔力や剣技、体力が異常に底上げされ誰にも手が付けられなくなりましたよね?
オレが討伐に向かった獣達の様子もそれとよく似ていました。」

「え?それじゃまさか・・・」

何をどうしたのか分からないけど、普通の獣がヨナスの力の影響を受けて狂ってしまったっていうんだろうか。

そう考えた私の思考を読み取ったのか、シェラさんは頷いて先を続けた。

「試しに国境付近に出た異常行動をする獣と普通の獣を数頭生け捕りにしてダーヴィゼルドに運びました。
・・・ユーリ様がグノーデル神様の加護を付けられたあの山は素晴らしいですね。
オレの疑問はすぐに解消されましたよ。」

ダーヴィゼルドの山と言えば、グノーデルさんの加護で普通の人間や動物は平気だけど魔物が入り込むとすぐに雷が落ちて来る。

もしかして山中に捕まえてきた獣を放って試してみたのかな。

「まさか・・・」

「ユーリ様が考えている通りですよ。比較のために、生け捕りにした普通の獣と異常行動をする獣の両方を山に放しました。」

さすが、ご明察通りですと褒められたけどまさかあの山を魔物判別機みたいに使うとは思わなかった。

「結果はすぐに出ました。異常行動をする方の獣は山に一歩足を踏み入れただけで恐ろしく強烈な雷に打たれ、その骨の一片すら残さず文字通り消し飛びました。
ちなみに普通の獣はその横でのんびりと草を食んでいましたよ。」

獣が消し飛ぶ?そんなに強烈な雷が落ちるなんてヨナスを毛嫌いするグノーデルさんの思いが伝わってくるみたいだ。

やっぱりヨナスの力が関係しているのかな。でも・・・。

「じゃあ獣はやっぱりヨナスの力の影響を受けていたってことですか?」

「ダーヴィゼルドの山での様子を見る限りではそうですね。ただ問題は、なぜあんなにあちこちでおかしな行動をする獣が増えたのかということです。」

そう。突然大量にヨナスの力の影響を受けたものが現れるなんてどういうことなんだろう。

ダーヴィゼルドのカイゼル様のように、何かヨナスの力のこもったものを与えるにしても場所もあちこちだしその数も大量だ。

「まあ、ヨナス神の力の影響を受けたと思われるものが魔物や魔獣でなくただの獣だったのは幸いでした。
魔物を探し出す時間がなく獣で代用して手っ取り早くルーシャ国に混乱を招こうとしたのかもしれませんが」

そんな話をしていた時だった。シンシアさんがやって来た。

いつのまにか私の隣にいるシェラさんに驚いて一瞬目を丸くしたけど、すぐに気を取り直して用件を伝えてくれる。

「ユーリ様、今王宮からご使者の方がいらっしゃいました。なんでもヘイデス国の聖女様がユーリ様へお目通りを願っているそうです。」

それを聞いたシェラさんがおやおや、と目を細めた。

シンシアさんはちょっと呆れたようにため息をついて

「謁見の前ですが、少しでも早く親しくなりたいということでしょうか?聖女様はまだ大神殿におられるようですが、そこから使者を遣わしたようですね。
とりあえずの挨拶ということで、時間もそれほどかからないので神殿から戻られた本日午後のお目通りを望まれているようですが急過ぎて・・・」

お断りしましょうか?と私の返事を待っている。

本当に、また随分と突然だ。それなら昨日のうちにそんな話が出ていても良かったのに。

「私に断る理由はないですけど・・・」

会いたいというなら会うだけだ。とりあえず話してみないとどんな人なのか分からない。

あのシグウェルさんが自分から進んで交流を持とうとする人なんだし、何か人を惹きつける魅力を持っている良い人なのかも。

「オレも同席しましょうか?」

私の手を握ったままシェラさんも気遣ってくれた。

「いえ、大丈夫です!シェラさんは任務の報告とかまだお仕事が色々と残っているでしょう?そっちを優先して下さい!」

「そんなに急いで追い出されると悲しいですね。まあ今夜はオレもこちらで夕食を取りますし、もし殿下がおられなくても寂しく思うことはありませんよ。
心細いなら添い寝もして差し上げます。」

「そこまでしなくてもいいですよ⁉︎シンシアさん、使者の人には喜んでお待ちしていますって伝えてもらえますか?」

添い寝をすると言って手の甲に口付けられたので慌ててその手を引き抜けば、そんな私達を見ていたシンシアさんは苦笑しながら下がった。

「ではせめてお目通りのための装いはオレに任せてくださいね。聖女様も魅了するような美しさに仕上げて差し上げましょう。」

「いやだから任務報告・・・」

「どうせイリヤ殿下はお忙しい方ですし国境の獣騒ぎもすでに収まっておりますからね。報告など今日中であれば良いのです。」

そう言うと私を立たせて部屋の中へと促す。

「ちょうどあちこちを巡ったお土産に様々な絹織物や香料なども買って来ておりました。さっそくそれらを使いましょう。」

「シェラさん、また色々と買い込んできたんですか⁉︎結構大変な任務だったんですよね、どこにそんな余裕があったんです?」

「大変だったからこそユーリ様にお会い出来るのを楽しみにしておりました。
そうそう、ダーヴィゼルドのヒルダ殿もファレルの神殿騒ぎでは贈られた氷瀑竜が役立たれたことを大層喜んでおられましたよ。
機会があればまた竜を狩って贈ると張り切っておられました。相変わらず勇猛なお方です。」

「ヒルダ様、お元気でした?」

「ええ、皆様変わらずお元気でしたよ。あのお三方の仲睦まじさも相変わらずです。氷瀑竜ではありませんがとても美しい宝石を今回はユーリ様への贈答品として預かっておりますからそれもお渡ししますね。」

「またプレゼントを贈ってくれたんですか?」

シェラさんから懐かしいヒルダ様達の話を聞いていればいつのまにか憂鬱だった気分も晴れている。

そうして

「そういえばこの大きさになられたユーリ様を本格的に装うのは初めてですね」

と言って嬉々として新しく買い付けたドレスやら宝石やらで気が済むまで私を飾り付けてからようやく満足したのかシェラさんは任務報告のために奥の院を離れて行った。

私はといえば、初めて会うカティヤ様以外の位の高い神官さん的な立ち位置の人・・・

しかも他国で聖女様と崇められている人とくだけた雰囲気とはいえ二人で会うことになり若干緊張していた。

それなのに。

「えっ、来られない⁉︎」

訪問予定の時間になっても来なくておかしいなと思っていたら、王宮のリオン様付きの侍従さんがやってきて伝えられた。

奥の院の前まで来た聖女様が体調を崩されてそのまま引き返されたと。

ド、ドタキャン?いや、具合が悪いなら仕方ないけど・・・。

「申し訳ありません。ただいま殿下の命で魔導士院へ戻られたシグウェル魔導士団長も呼ばれてご様子を診ておられますが、恐らく本日の面会は無理かと。
ユーリ様にはお時間まで取っていただいたのに大変申し訳ないと聖女様からもリオン殿下からもお言葉を賜っております。
本日は体調を整えて、明日の正式な謁見では必ずお会いしましょうとの聖女様からの伝言も預かっております。」

「は、はあ、私は構いませんけどお大事にと伝えてもらえますか・・・?」

申し訳ないと何度も頭を下げながら王宮へと帰る侍従さんを見送ったけど、なんだか釈然としない。

張り切ってお茶の準備をしてくれていたリース君達はボク達も聖女様にお会いしたかったです、とがっかりしているしマリーさんはなんだかプンプンしている。

「急なお願いにもせっかくユーリ様が快く応えられたのに突然来られないだなんて。いくら聖女様でも失礼ですよ!
しかもそれをどうしてリオン殿下の侍従を使って伝えるんでしょう⁉︎シグウェル様をわざわざ呼び付けて診療するのもおかしいですし!
具合が悪いのならお医者様を呼べば済む話です、それに回復魔法での治療が必要ならシグウェル様を呼ばずともご自分も聖女と呼ばれるくらいの力をお持ちなんですから、自分で自分を治せばいい話です!」

「マ、マリーさん声が大きいです」

こんなにも堂々と他国の聖女様の文句を言って不敬罪にならないのかな⁉︎

予想外の出来事に私はぽかんとして、逆にマリーさんの勢いに圧倒される。

「ユーリ様はお優し過ぎます!殿下もシグウェル様も聖女様のところへは通われるのにこちらにはお見えにならないなんて、ないがしろにされているようなものですよ?もっと怒ったり殿下方に会いたいとわがままを言うべきです!」

だけどリオン様達が聖女様と一緒にいるのは接待も兼ねてるし。

それにシェラさんも、あのリオン様が私に会いに来ないのは何か理由があってのことで、それは絶対に私のためだからって言っていた。

その言葉を信じてみようと思う。

でもそれとは別に、今のマリーさんの言葉には少し引っ掛かることがあった。

確かに、治癒魔法に優れている聖女と呼ばれるほどの人がどうして自分を治せないんだろう?

例えばシグウェルさんに会いたいからと治せないふりをしてもそんなのはすぐにシグウェルさんに見破られるだろうし、そんな事をしたら嫌われるだけだ。

ヘイデス国の聖女様はなんだかおかしい。

まだ会いもしていないのになぜかそんな思いが頭から離れなくなった。


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