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とある夜の街に住む少年の話
Q5. ここがボクの家になるなんて
しおりを挟む「君を俺の家に連れて行く。今日からそこが君の家だ。
君の荷物は……今度、取りに行こう。それでいいか?」
「ううん、大したものないから取りに行かなくて大丈夫。でも……本当に、ボク、お兄さんと住んでいいの?」
「最初からそういう話だ。
とはいえ、家はあまり期待はするな。普通のマンションだから……」
「マンション……ボク、物置でもホテルでもない家って初めて。
あ、でも……ボク、あんまりキレイじゃないから、おうち、汚しちゃうかもしれない……」
「そんなもの気にしないさ。
それでも気になるなら、帰って風呂に入ればいい。
……ついでに、今着ている汚れた服は処分して、新しい服を用意しよう」
「いいの? あ、ありがとう……新しい服なんていつぶりだろ」
そんな会話をして、ボクはお兄さんに連れられて街から遠く離れた場所にあるマンションに来ていた。
ここは何だかボクが知ってる街とは全然違う。比べ物にならないくらい。
どこもかしこも背の高い大きなビルがずらっと並んでいて、ネオンも看板もないのに、すごく明るい。道路も広くて木と花とか植えてある。道行く人は酔っ払いとか全然いなくて、スーツを着た人とか、ちっちゃい動物を連れた人とか、走る人とかそんな人ばかり。しかも、みんなお兄さんのようにとてもキレイな人ばかりだった。
そんな場所にある、お兄さんが住んでるマンションも凄かった。普通のマンションだってお兄さんは言っていたけど、絶対嘘だ。
45階建てなんて聞いたことないし、それにキレイでどこもピカピカしてて、ボクが住んでる廃ホテルとかおじさん達と行くピンク色のホテルとかと全然違う。
マンションの中も広くて、暖炉があってソファがあって、奥にはお店もいっぱいあるようだった。
玄関には誰もいない。でも、受付らしき真っ白な機械があった。お兄さんが胸ポケットから出したカードを機械に翳すと、マンションの玄関が開く。すると、玄関に入ってすぐにあるエレベーターもボク達をずっと待っていたみたいに開いた。
そして、ボク達が乗ると勝手に33階のボタンが点灯してエレベーターが動き始めた。
「すごい。全部勝手にやってくれる」
「そのうち、見慣れるさ」
「……見慣れる?」
「しばらくしたら君に合鍵を渡そうと思う。そうしたら毎日ここを使うことになるだろう。嫌でも見慣れる」
「…………」
その言葉に、じわじわと実感が湧いてきた。
「そっか、暮らすってそういうことだよね……」
エレベーターが上がっていくと突然、ぱあっと窓が開くみたいにエレベーターの壁面が透明になる。
びっくりして、壁の外を見るとそこには……絨毯みたいに広がっているキラキラした光が広がっていた。建物一つ一つが白や赤や青に輝いていて、まるで星みたい。それがどこまでも永遠に広がっている。とてもキレイで、ボクはわぁと声を出してしまう。
「キレイ。ここってこんなに広かったんだ……」
「気に入ったか?」
そう突然聞かれて、ボクはハッとお兄さんを見上げる。お兄さんは何だか楽しそうに笑ってボクを見ていた。
はしゃぎすぎたかも……ちょっと恥ずかしくなったけど、ボクは頷いた。
「うん、お兄さんはずっとこんな場所に住んでいるの?」
「あぁ。もう2年半になる。
……お兄さん、か。
そう言えば、俺の名前をまだ告げていなかったな」
どんどん地面から離れていくエレベーター。キレイな景色がどこまでも広がっていくと同時に、ボクの体も気持ちもふわふわしていく。
そんなボクにお兄さんは名前を教えてくれた。
「俺の名前は柞木原 聡真だ」
「ゆすきばら……そうま、さん……。
ゆすきばらって名前、聞いたことない。珍しいね」
「よく言われる。
……君の名前は?」
「ボク……? ボクの名前……?
……ごめんなさい。分からないんだ。
おかあさんとおとうさんからはゴミクズって呼ばれてたけど……」
「…………」
「っ! さすがに、それが、ボクの名前とは思ってないよ!ただみんな好き勝手呼ぶから分からなくて……。
え、えっと……おじさん達からはたっちゃんって呼ばれてたよ。タチンボ?してるからって。タチンボが何なのか未だに知らないけれど……」
「…………」
ボクの名前があまりに酷いのか、そうまさんはすっかり黙ってしまった。
ボクだって分かってる。ゴミクズも、意味が分からなくてもタチンボも酷いって。
でも、それで生きてきたのは本当だから。何も言えない。
ボクの名前、どうしたらいいんだろう。
「なら、君の名前は俺がつけようか」
ずっと黙っていたそうまさんの言葉にボクはびっくりした。
「ホ、ホント? 良いの?」
「あぁ、ただそうなると、君も俺と同じこの珍しい苗字になるが良いか?」
「うん、うん! 全然良いよ!」
嬉しい。顔が熱い。そっか、名前までくれるんだ。
そうまさんは凄い。ボクが欲しいもの何でもくれる。
「どうしてこんなに何でもしてくれるの?」
だからこそ気になった。ボクは凄く幸せだ。でも、そうまさんは何でここまでしてくれるんだろう。
気になって聞いたら、そうまさんはボクから視線を離した。
その目は何処か遠くを見ていて、何かを確かに見てる気がするけど、ボクには分からない。
首を傾げるボクにそうまさんはポツリと零した。
「……似てるからだろうな」
「?」
「まぁ、いい。俺の話はいつか話そう。まずは……」
エレベーターの音が鳴る。
33階に着いたみたい。
「君を案内しよう。一番奥の部屋だ」
3310号室と書かれた扉の向こうにある、そうまさんの部屋。
そこは……とにかく広くてキレイだった。
「凄い……」
ついつい色んな部屋を覗いてしまう。
玄関に入ってすぐの物置(うぉーくいんくろーぜっとって言うらしい)、ボクよりずっと大きなテレビと何人も座れる横長のソファと、テーブルみたいな大きなキッチンがある部屋(あいらんどキッチンだって)、2つもあるトイレ、洗面台がふたつある脱衣所とガラス張りのお風呂(スイッチ入れるとガラスが曇るの不思議)、2部屋ある個室(覗いた部屋は空き部屋だったから、もう一つの方がそうまさんの部屋かな?)。
どれもボクが知ってるものじゃない。
広くて大きくてキレイだ。
「昔聞いたことある。こんな風に大きくてキレイな場所をオシロって言うんでしょ?」
「……いや、城ではないな。城にしては2LDKは狭すぎる」
「そうなの?」
オシロはもっと広くて大きいみたい。
ボクが首を傾げていると、そうまさんが服をボクに手渡した。
「サイズが合う物がなくてな、ひとまずこのジャージを着てくれ」
「ありがとう」
「浴室の使い方は分かるか? 水は出せる?」
「? どういうこと? 蛇口を捻ればいいんじゃないの?」
「蛇口はない。全部ボタンだ」
「……ボタン……。
うちゅうせん……?」
「ふっ、この部屋は空に飛べないぞ」
ただ思ったことを言っただけなのに、笑われてしまった。全部ボタンなんて言われたら、そう思うじゃん……。
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