6 / 33
とある夜の街に住む少年の話
Q6. 湯船に浸かって
しおりを挟むボタンの使い方を教えて貰って、ボクは無事にお風呂に入れた。
お湯に浸かったのいつぶりだろう。いつもおじさん達とホテルで過ごす時はシャワーだけで済ませちゃうから尚更。
「あったかい……」
お湯の中は気持ちいい。ぽかぽかする。温かくて凄く居心地がいい。
ぼうっとしていた頭も勝手に動いていた口も気づけば治ってる。
知ってる自分の体が戻ってきた気がしてホッとした。あのままじゃいつか変なこと言ってしまいそうだったから。
(けれど……)
あんな風になるなんて初めてだった……いや、まず今日という日が変だ。
ただいつものように誰かを待っていたのに、怖い目にあったり、かと思えば、夢みたいなことが起こったり、どういう日なんだろう。
(もしかしたらボクは今、夢でも見てるのかも。
今日起こったこと全部、夢で……目が覚めたらいつものベッドにいるんだ)
それだけボクにとって今日は信じられない日だった。
嫌で怖いことも起こったけど、それ以外は、本当にこんなに幸せでいいのかと思うくらいだ。
それもこれも全部、あの人のおかげだ。
本当にどうしてこんなに良くしてくれるのか……あの人は似てるからって言っていたけど、どういうことだろう。それが自分なのか、他の誰なのか、みのうえ?なのか、さっぱり分からない。
でも……あの人が、ボクを救ってくれたのは本当だ。
もちろん100パーセント良い人とは思わない。何か目的があるのは確かだから。でも、後になってお金を請求したり、ボクを利用しようとするような人だったら、ここまでしないしする必要がない。ああいう人は下心が言葉にも仕草にもやっぱり見えるし、優しさもほどほどだ。
けれど、あの人の優しさは終わりが見えない。家にも住まわせてくれて名前まで付けてくれるなんて思わなかった。
……まるで家族が出来たみたい。
「でも、家族じゃないんだよな……」
ボクの家族は、何処に行っても、あのおかあさんとおとうさんだ。
ボクのことが大嫌いな、あの2人。
気持ちが沈んで湯船に沈んだ。
……何だか気分が悪くなっちゃった。
「あったかいここにずっといたいなぁ……そしたら、いつか、せめて、忘れられるかも……。
嘘さえ吐かなければ、あの人はいいみたいだし……」
湯船の中でそんなことを思う。目をつぶって縁に持たれる。
段々と重たくなる瞼……今更になって自分がやけに疲れていることに気づく。今日はずっと色んなことがあったからかな……でも、こんなところで寝るなんて迷惑をかけてしまう。
「早く出ないと……でも、少しだけ……」
堪え切れなくてボクはやってきた眠気に任せて、ちょっとだけ寝ることにした。
【一方、その頃】
彼が湯船に浸かっている頃、彼に柞木原聡真と名乗った男は、彼が脱いだ薄汚れた服をそっと手に取った。
徐に広げれば、そこには彼も気づかなかった程に小さな赤黒い痕が点々と着いている。
まるでザクロがはじけさせたような飛沫の痕……。
それをじっと彼は眺めた。何処にどの程度、どれくらい……ただひたすらにそれを観察していた。
「下半身が主か……そうか、なら靴もだな……」
冷静にそう判断すると、服を畳み、黒いゴミ袋にいれ、玄関に置いてあった彼の靴も手に取る。
踵が潰れ汚れて泥で黒ずんだ靴もよく見れば、赤黒い点が幾つも着いていた。
彼は無言で靴をゴミ袋に入れ包み、ゴミ箱に入れる。
そして、そのままリビングに向かった。
携帯していたスマホを取り出し開ければ、ニュースサイトの速報が流れる。
【速報 飛び降り自殺か? 〇○区〇〇の繁華街で女性の1人死亡 立ち入り調査中の警察官によって発見】
「………………」
男はそれを流し読むと、何事も無かったかのようにスワイプし世間をにわかに騒がせているそのトピックを消す。
ふと、男は、いつの間にか浴室から物音が聞こえなくなったことに気づいた。
浴室に歩を進める。そっと中を覗けば、頬を赤くして、浴槽の中でうたた寝している彼がいた。
「…………」
しかし、男はこんな場所で眠る彼に驚くことはなかった。
そっと近づき、彼の肩に触れる。
……だが、その手をすぐさま引っ込める。そのあまりの細さに、思わず、その手を離した。
その身体をよく見れば、今までの彼がどんな人生を送ってきたか瞬時に理解出来る程に、傷痕だらけで痩せこけていた。
傷痕も、古い痣や切り傷痕だらけ……それがある場所も内股や背中ばかりで、どう見ても彼がうっかりして付けたものではなく、誰かが故意に彼を傷つけたのが見て取れる。
そんな傷痕がある身体はかなり細く肋が浮いて見える……明らかに食べていない。当然、そんな身体から肉感など感じない。骨と皮、それだけだ。触れたら簡単に折れてしまいそうだ。
体を売って生きているとはまるで思えない。その体に艶めかしさなどなく、痛々しさしかなかった。
その瞼の下には隈がある。眠れる夜など彼にとって滅多になかっただろう。
男は静かに立ち上がり、バスタオルを取りに戻った。
10
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説

真面目な部下に開発されました
佐久間たけのこ
BL
社会人BL、年下攻め。甘め。完結までは毎日更新。
※お仕事の描写など、厳密には正しくない箇所もございます。フィクションとしてお楽しみいただける方のみ読まれることをお勧めします。
救急隊で働く高槻隼人は、真面目だが人と打ち解けない部下、長尾旭を気にかけていた。
日頃の努力の甲斐あって、隼人には心を開きかけている様子の長尾。
ある日の飲み会帰り、隼人を部屋まで送った長尾は、いきなり隼人に「好きです」と告白してくる。

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。


牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。
牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。
牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。
そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。
ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー
母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。
そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー
「え?僕のお乳が飲みたいの?」
「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」
「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」
そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー
昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!
「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」
*
総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。
いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><)
誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる