君の為の不幸だったと貴方は言う

春目

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とある夜の街に住む少年の話

Q6. 湯船に浸かって

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ボタンの使い方を教えて貰って、ボクは無事にお風呂に入れた。
 お湯に浸かったのいつぶりだろう。いつもおじさん達とホテルで過ごす時はシャワーだけで済ませちゃうから尚更。

「あったかい……」

 お湯の中は気持ちいい。ぽかぽかする。温かくて凄く居心地がいい。
 ぼうっとしていた頭も勝手に動いていた口も気づけば治ってる。
 知ってる自分の体が戻ってきた気がしてホッとした。あのままじゃいつか変なこと言ってしまいそうだったから。

 (けれど……)

 あんな風になるなんて初めてだった……いや、まず今日という日が変だ。
 ただいつものように誰かを待っていたのに、怖い目にあったり、かと思えば、夢みたいなことが起こったり、どういう日なんだろう。

 (もしかしたらボクは今、夢でも見てるのかも。
 今日起こったこと全部、夢で……目が覚めたらいつものベッドにいるんだ)

 それだけボクにとって今日は信じられない日だった。
 嫌で怖いことも起こったけど、それ以外は、本当にこんなに幸せでいいのかと思うくらいだ。
 それもこれも全部、あの人のおかげだ。
 本当にどうしてこんなに良くしてくれるのか……あの人は似てるからって言っていたけど、どういうことだろう。それが自分なのか、他の誰なのか、みのうえ?なのか、さっぱり分からない。
 でも……あの人が、ボクを救ってくれたのは本当だ。
 もちろん100パーセント良い人とは思わない。何か目的があるのは確かだから。でも、後になってお金を請求したり、ボクを利用しようとするような人だったら、ここまでしないしする必要がない。ああいう人は下心が言葉にも仕草にもやっぱり見えるし、優しさもほどほどだ。
 けれど、あの人の優しさは終わりが見えない。家にも住まわせてくれて名前まで付けてくれるなんて思わなかった。
 ……まるで家族が出来たみたい。

「でも、家族じゃないんだよな……」

 ボクの家族は、何処に行っても、あのおかあさんとおとうさんだ。
 ボクのことが大嫌いな、あの2人。
 気持ちが沈んで湯船に沈んだ。
 ……何だか気分が悪くなっちゃった。

「あったかいここにずっといたいなぁ……そしたら、いつか、せめて、忘れられるかも……。
 嘘さえ吐かなければ、あの人はいいみたいだし……」

 湯船の中でそんなことを思う。目をつぶって縁に持たれる。
 段々と重たくなる瞼……今更になって自分がやけに疲れていることに気づく。今日はずっと色んなことがあったからかな……でも、こんなところで寝るなんて迷惑をかけてしまう。

「早く出ないと……でも、少しだけ……」

 堪え切れなくてボクはやってきた眠気に任せて、ちょっとだけ寝ることにした。





















【一方、その頃】


 彼が湯船に浸かっている頃、彼に柞木原聡真と名乗った男は、彼が脱いだ薄汚れた服をそっと手に取った。
 徐に広げれば、そこには彼も気づかなかった程に小さな赤黒い痕が点々と着いている。
 まるでザクロがはじけさせたような飛沫の痕……。
 それをじっと彼は眺めた。何処にどの程度、どれくらい……ただひたすらにそれを観察していた。

「下半身が主か……そうか、なら靴もだな……」

 冷静にそう判断すると、服を畳み、黒いゴミ袋にいれ、玄関に置いてあった彼の靴も手に取る。
 踵が潰れ汚れて泥で黒ずんだ靴もよく見れば、赤黒い点が幾つも着いていた。
 彼は無言で靴をゴミ袋に入れ包み、ゴミ箱に入れる。
 そして、そのままリビングに向かった。
 携帯していたスマホを取り出し開ければ、ニュースサイトの速報が流れる。

【速報 飛び降り自殺か? 〇○区〇〇の繁華街で女性の1人死亡 立ち入り調査中の警察官によって発見】

「………………」

 男はそれを流し読むと、何事も無かったかのようにスワイプし世間をにわかに騒がせているそのトピックを消す。
 ふと、男は、いつの間にか浴室から物音が聞こえなくなったことに気づいた。
 浴室に歩を進める。そっと中を覗けば、頬を赤くして、浴槽の中でうたた寝している彼がいた。

「…………」

 しかし、男はこんな場所で眠る彼に驚くことはなかった。
 そっと近づき、彼の肩に触れる。
 ……だが、その手をすぐさま引っ込める。そのあまりの細さに、思わず、その手を離した。
 その身体をよく見れば、今までの彼がどんな人生を送ってきたか瞬時に理解出来る程に、傷痕だらけで痩せこけていた。
 傷痕も、古い痣や切り傷痕だらけ……それがある場所も内股や背中ばかりで、どう見ても彼がうっかりして付けたものではなく、誰かが故意に彼を傷つけたのが見て取れる。
 そんな傷痕がある身体はかなり細く肋が浮いて見える……明らかに食べていない。当然、そんな身体から肉感など感じない。骨と皮、それだけだ。触れたら簡単に折れてしまいそうだ。
 体を売って生きているとはまるで思えない。その体に艶めかしさなどなく、痛々しさしかなかった。
 その瞼の下には隈がある。眠れる夜など彼にとって滅多になかっただろう。
 男は静かに立ち上がり、バスタオルを取りに戻った。




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