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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘

泰基の回想、そして、追憶―暁斗②ー

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暁斗が、保育園の話をまったくしなくなった。
母親のことをまったく聞かなくなった。
目が、どこか虚ろな気がした。


気になって保育士さんに聞いてみたが、「特に変わらない」と言われる。
しかし、続けられた言葉に、愕然とした。

「暁斗君のお母さんが、あの、奇跡の人なんですね。テレビで何回も見ましたよ。だから、暁斗君にもね、お母さん、すごい人なんだよ、と言ってあげるようにしているんです」
笑顔で言われた。


凪沙が強盗に殺されたあの事件、マスコミにも大きく取り上げられた。
奇跡だと、母親の鏡だと、美談として語られて、大きな反響があったようだ。

時々、その後の様子をテレビで取り上げたい、と訪問を受けることもあるが、全部断っている。
少なくとも、自分にとっては、美談なんかじゃなかった。


暁斗に最初に話をした人も、この保育士さんも、まったく悪意がないのが分かるだけに、厄介だった。
それが善意であっても、受け取れないことだってある。


暁斗に「剣道、やってみるか」と聞いたのは、まったく違う環境を与えてやりたいと思ったからだ。

それが剣道である必要はなかったけれど、自分がそれを教えている立場だから、目につきやすいんじゃないか、と思ったからだった。


とは言っても、自分が教えるのでは何も変わらない。
知り合いの、信頼できる先生に暁斗をお願いした。

初日、終わって迎えに行ったときに、暁斗の様子を先生に聞いて最初に出た言葉が、「いやー、負けず嫌いですねぇ」だ。

初日なんだから、できなくて当然。なのに、かなり悔しかったみたいですよ、と言われた。

暁斗に聞いたら、「できなかった……」と唇を尖らせて言っていたから、まさしくその通りだったんだろう。


それから、暁斗は剣道に夢中になった。
表情が明るくなった。
それは良かったが、気になることが一つ出てきた。

「痛いのを、気にしないんですよ」
先生にそう言われた。

いくら防具をつけた所で、防具がないところに当たれば痛い。
ところが、暁斗は当たって「痛い」とは言っても、それを嫌がる様子がないんだと言われた。


「暁斗、剣道、楽しいか?」
「うん、楽しい!」
答える暁斗は笑顔だ。

「竹刀が直接当たったりして、痛くないか?」
そう聞いたら、暁斗は少し考えた。

「うーん、いたいけど。でもね、母さんは、もっといたかったと思うんだ」
思わず暁斗を凝視した。
けれど、暁斗はそんな自分に気付かない。

「だから、平気だよ。オレ、母さんに助けてもらったんだし。ね、父さん」
そう言って笑う暁斗が何を考えていたのか、泰基には分からなかった。


※ ※ ※


 〔暁斗〕

何で痛いのが平気なのか、と聞かれても、分からなかった。
だって、痛いものは痛い。別に平気なわけじゃない。

ただ、夢の中の母さんは、刃物に貫かれていた。剣道での痛みなんかよりずっと痛いんだろうな、と思った。母さんの事を知りたかった。少しでも近づきたかった。

もしかしたら、母さんはすごい、と話をされ続けたせいで、その程度の痛みで怯んだら駄目だと思ったのかもしれない。

理由がどんなものであっても、痛みに怯まないオレは、どんどん剣道の腕を上げていった。


オレに、最初に母親のことを教えてくれた人。近所のおしゃべりのおばさんだったけど、その人はオレを見ると、母親の話をしたがった。

話を聞くと辛いから聞きたくなくて、逃げるようになった。


夢は相変わらず見る。
やっぱり、辛くて、苦しくて、悲しくて。
あるときポロッと言葉が出た。

「母さんなんか、キライだ」「母さんなんか、知らない」

自分がこんなに辛くて、苦しくて、悲しいのは、母さんのせいだ。
そう思ったら、少し楽になった気がした。


いつだったか、そうつぶやいた事を父さんに聞かれた。
夢を見ていることを、父さんに知られてしまった。

秘密にしていたことを知られて、頭の中がグチャグチャになって、「出てけ!」って叫んだら、父さんは何も言わずに出て行った。

それから何かを聞かれることもなくてホッとしたけど、心配はすごくしてくれていたみたいだった。


女の子、女の人、どっちでもいいけど、とにかく女性に近づくのが怖くなっていた。

母親が女性で、おしゃべりのおばさんも女性で、それだけで女性全部を嫌になるのもどうかと思ったけど、嫌なものはどうしようもなかった。



異世界に連れてこられた。
父さんの病気を治してくれると言われて、魔王退治を引き受けた。

そこで出会った、リィカ。
女性は苦手だったのに、どうしてかリィカは平気だった。

でも、あの時。
パールから攻撃されて、自分が守られたと分かった時。夢の中の母親の背中と、リィカの背中が重なったとき。

もしかして、自分はリィカに母親を重ねていたんじゃないか、と思った。


リィカは優しかった。

自分が魔法が使えないと分かった時、王宮に来て、一生懸命に教えてくれた。
魔物と戦ったときも、吐いた自分を受け止めてくれた。

どこか包んでくれる優しさに、母親ってこんな感じなのかな、と思っていたことに気付いた。


小さい頃を思い出す。
さみしくない、と他人に言われて、何でそうなのかな、なんて思ってしまったのか。

ずっと寂しかった。
寂しくないはずない。

こんな異世界に来て、少し優しくされただけで母親の姿を見てしまうのに。


だから、認めるわけにはいかなかった。
リィカが、自分を守ってくれた。
でも、その先にあるのは自分を守って死んだ母親の姿だ。


アレクがリィカを庇って大怪我を負った挙げ句に、行方不明になった。
許せなかった。

でも、それよりも怖かった。もしこれでアレクが死んでしまったら、きっともう自分は立ち直れない。


だから、二人が生きていることが分かって、本当にホッとした。
でも、今回はたまたま助かっただけ。次はどうなるかなんて、分からない。


気が付けば、
「…………自分が死んじゃうかもしれないのに、助けるなんて、絶対に間違ってるよ!!」
そう叫んでいた。
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