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第二章 旅の始まりと、初めての戦闘
反省会、そして追憶―暁斗①―
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リィカが持ってきた大量の食事を、アレクはペロリと平らげた。
さすがに五日も寝ていたせいか、体の動きが悪い。
最初は、立つのも苦労したくらいだ。
「もう少し、ここに逗留だな」
そうバルが言うのも分かる。
アレクは、しばらくリハビリが必要だった。
食事中、目を覚ましたと聞いた暁斗と泰基も来た。
ホッとした顔をしていたが、暁斗の顔はそれだけじゃない何かがある気がして、アレクは内心首をかしげていた。
「そんじゃ、反省会始めるぞ」
バルが言うと、暁斗がうつむき、泰基が複雑な表情をする。
ユーリは無表情で、リィカは、暁斗を心配そうに見ていた。
そんなメンバーを見ながら、アレクは首をかしげる。
「……なにか、あったのか?」
「それを、これから話すんだよ」
バルは、真剣な表情をしていた。
さてどこから話すか、というバルに、ユーリが口を開いた。
「まずは、魔族についてでしょう。アキト、タイキさんも、あの時魔族のことを『人と変わらない』と言ってましたよね。お二人には、人に見える?」
「……は? どういうことだ? 魔族は魔族だろ?」
アレクが、思わずといった感じで口を挟む。
「そうですね。僕もそう思います。ただ、あの時に二人がそう言っていたんです」
暁斗が唇を噛みしめる。泰基は暁斗を見やりつつ、口を開いた。
「少なくとも、俺たちにとっては、ちょっと肌が白くて耳が長いだけの、人間と変わらないと思った。――バルは?」
「魔族は魔族だ。話のとおり、長い耳、白い肌に白い髪の化け物。それがおれの認識だ」
「――そうか。リィカは?」
話を振られて、リィカは一瞬口ごもる。
自分の、魔族の印象は、おそらく日本人としての意識が強く出ている。
それを口にしていいか悩み、しかし、結局は素直に答えた。
「わたしは、人に似てるなって思ったよ」
その答えに、アレクとバル、ユーリが、瞠目した。
「じゃあ何でリィカ、普通に戦えたの? 村でもそうだよね。山賊のトップを……」
ふいに暁斗が激高した。が、言いかけて、その声を急にしぼませる。
リィカは、少し目を陰らせたものの、口調はまったく変わらない。
「山賊のお頭を殺したことも知ってるんだね。――好き好んで人を殺したいわけじゃないけど、時と場合によりけりだよ。
あの村にいた時は、わたしも全然余裕なかったし、生かしておいて、追い掛けられたりしたら、逆にこっちがやられてたから」
「村って……アルテロ村か?」
アレクの質問に、リィカがうなずく。
アレクは知らなかったな、と思って、村の説明を行う。
聞き終えて、アレクは頭を下げた。
「……悪い。村に行こうと言ったのは、俺だよな」
「気にしなくていいよ。村があんな事になってるなんて、あの時点じゃ分からなかった」
そこまで言って、リィカはまた暁斗に向き直った。
「ああいう、街道から外れた辺境の村って色々大変なの。あんな風に山賊とかに乗っ取られたって、おかしくない。
わたしがいたクレールム村でもそうだったよ。巡回の兵士さんはいるけど、常に村にいるわけじゃない。自分たちのことは、自分たちで守らなきゃならなかったから」
そこで口を噤んで周りを見れば、暁斗だけでなく、アレクたちまで微妙に顔色が悪いことに気付き、苦笑する。
「……ごめんなさい。そういう環境だったから、色々抵抗は少ないかもしれない」
「でも! だって、リィカは………………!」
また暁斗が激高しかけて、すぐに口を噤んでしまう。
「………なに?」
リィカが首をかしげるが、暁斗は口を開かない。
代わりに、泰基が口を開いた。
「……リィカ、お前、明らかに俺たちを守ってくれたよな。俺たちが動けなくなるのを分かって、守ってくれたように思った。何で自分は抵抗ないのに、俺たちがそうなると思ったんだ?」
意地が悪いな、と泰基は思う。
その答えをほぼ確信していながら、それでも聞いている。
案の定、リィカは困ったようにしている。
「その……平和な世界にいたって言うから……何となく気になってて……」
「……だから、オレたちを守ったの? 自分が危ないのに?」
暁斗が口を開く。声が低い。視線をアレクに向ける。
「……アレクだって、そうだよ。何でリィカを庇ったの? 大怪我して、死んじゃうかもしれないのに、何で!?」
「……………いや、なぜと言われても…………何でだろうな」
必死な暁斗に戸惑いつつも、その答えをアレクは持たなかった。
あえて言うなら、助けたかったら助けた、だろうか。
そう言ったら、暁斗の目がつり上がった。
「……………………………………そんなの、間違ってる」
心から絞り出すように、暁斗が言う。
「…………自分が死んじゃうかもしれないのに、助けるなんて、絶対に間違ってるよ!!」
その叫びに、アレクは戸惑うことしかできない。
しん、としたその場で、ユーリが口を開いた。
「それは、もしかして亡くなったというお母様と、何か……」
「母さんなんて、知らない!!!」
言いかけたユーリの言葉を遮って、暁斗が叫ぶ。
そのまま部屋から飛び出していく暁斗を見る、リィカの顔色は悪かった。
そんなリィカを、泰基が複雑そうに見ていた。
※ ※ ※
〔暁斗〕
小さい頃から、オレには母親がいなかった。
他の子供が、嬉しそうに駆け寄っていく女の人。
それが母親というものだと知って、オレにはいないの、とよく父さんに聞いていた。
いつも、父さんは悲しそうに笑うだけだったけど。
でも、ある日。
何度目になるのか、それを父さんに聞いたオレに、どこかのおばさんが話しかけてきた。
「暁斗君、そんな事を言ったら駄目でしょ? あなたのお母さんは、素晴らしい人なのよ?」
え、と思った。
だって、母さんの話なんて聞いたことなかったから。
「待って下さい。暁斗にはいずれきちんと話しますから、今はまだ……」
父さんが慌ててそう言っていたけど、オレは話を聞きたかった。
そのおばさんに、教えてと頼んだら、喜んで教えてくれた。
でもたぶん、それが間違いの元だったんだと思う。
母さんは、オレが生まれて間もなく、亡くなったらしい。
強盗が家に押し入ってきて、泣くオレを刺そうとしたのを庇って、代わりに刺された。
その強盗は、すぐにオレも刺そうとしたらしいけど、それを母さんが阻んだ。
刃物に刺されながら、その強盗にしがみついて離れなかった。
自分が死んでも強盗を離さず、オレの泣く声に異変を感じた近所の人が警察に通報して、駆けつけてくるまで、掴んだままだった。
母さんは、死んでも息子を守り抜いた「母親の鏡」なのだと。母親として最高の奇跡を起こしたのだ、とそう言われた。
「だからね、お母さんがいなくて寂しい、なんてことないのよ? 暁斗君はお母さんに助けてもらって、ここにいるんだから」
でも、よく意味が分からなかった。
分かったのは、オレには母さんがいない、ということだけだった。
そんな話をした場所が、保育園の、周りにたくさん、大人も子供もいる場所だったのが悪かったのか。
それから、同じ保育園の子にも、言われるようになった。
「あきとくん、よかったね。おかあさんにたすけてもらったんだね。さみしくなくて、よかったね」
にっこり笑って言って、「おかあさーん」と駆け寄っていくその子たちを見送る。
分からなくなった。
自分だってさみしい。母親にいて欲しい。
そう思っていたのに、他の人に「さみしくない」と言われ続けて、あれ、と思った。
――オレって、さみしくないんだっけ?
こんなことが続いたある日。
母さんが死んだ時の夢を見た。
辛くて、苦しくて、泣きたくて。
でも、父さんにも言うことができなかった。
まったく母さんのことを聞こうとしなくなったオレを、たぶん父さんは気にしてた。
ある日、父さんに言われた。「剣道、やってみるか」と。
さすがに五日も寝ていたせいか、体の動きが悪い。
最初は、立つのも苦労したくらいだ。
「もう少し、ここに逗留だな」
そうバルが言うのも分かる。
アレクは、しばらくリハビリが必要だった。
食事中、目を覚ましたと聞いた暁斗と泰基も来た。
ホッとした顔をしていたが、暁斗の顔はそれだけじゃない何かがある気がして、アレクは内心首をかしげていた。
「そんじゃ、反省会始めるぞ」
バルが言うと、暁斗がうつむき、泰基が複雑な表情をする。
ユーリは無表情で、リィカは、暁斗を心配そうに見ていた。
そんなメンバーを見ながら、アレクは首をかしげる。
「……なにか、あったのか?」
「それを、これから話すんだよ」
バルは、真剣な表情をしていた。
さてどこから話すか、というバルに、ユーリが口を開いた。
「まずは、魔族についてでしょう。アキト、タイキさんも、あの時魔族のことを『人と変わらない』と言ってましたよね。お二人には、人に見える?」
「……は? どういうことだ? 魔族は魔族だろ?」
アレクが、思わずといった感じで口を挟む。
「そうですね。僕もそう思います。ただ、あの時に二人がそう言っていたんです」
暁斗が唇を噛みしめる。泰基は暁斗を見やりつつ、口を開いた。
「少なくとも、俺たちにとっては、ちょっと肌が白くて耳が長いだけの、人間と変わらないと思った。――バルは?」
「魔族は魔族だ。話のとおり、長い耳、白い肌に白い髪の化け物。それがおれの認識だ」
「――そうか。リィカは?」
話を振られて、リィカは一瞬口ごもる。
自分の、魔族の印象は、おそらく日本人としての意識が強く出ている。
それを口にしていいか悩み、しかし、結局は素直に答えた。
「わたしは、人に似てるなって思ったよ」
その答えに、アレクとバル、ユーリが、瞠目した。
「じゃあ何でリィカ、普通に戦えたの? 村でもそうだよね。山賊のトップを……」
ふいに暁斗が激高した。が、言いかけて、その声を急にしぼませる。
リィカは、少し目を陰らせたものの、口調はまったく変わらない。
「山賊のお頭を殺したことも知ってるんだね。――好き好んで人を殺したいわけじゃないけど、時と場合によりけりだよ。
あの村にいた時は、わたしも全然余裕なかったし、生かしておいて、追い掛けられたりしたら、逆にこっちがやられてたから」
「村って……アルテロ村か?」
アレクの質問に、リィカがうなずく。
アレクは知らなかったな、と思って、村の説明を行う。
聞き終えて、アレクは頭を下げた。
「……悪い。村に行こうと言ったのは、俺だよな」
「気にしなくていいよ。村があんな事になってるなんて、あの時点じゃ分からなかった」
そこまで言って、リィカはまた暁斗に向き直った。
「ああいう、街道から外れた辺境の村って色々大変なの。あんな風に山賊とかに乗っ取られたって、おかしくない。
わたしがいたクレールム村でもそうだったよ。巡回の兵士さんはいるけど、常に村にいるわけじゃない。自分たちのことは、自分たちで守らなきゃならなかったから」
そこで口を噤んで周りを見れば、暁斗だけでなく、アレクたちまで微妙に顔色が悪いことに気付き、苦笑する。
「……ごめんなさい。そういう環境だったから、色々抵抗は少ないかもしれない」
「でも! だって、リィカは………………!」
また暁斗が激高しかけて、すぐに口を噤んでしまう。
「………なに?」
リィカが首をかしげるが、暁斗は口を開かない。
代わりに、泰基が口を開いた。
「……リィカ、お前、明らかに俺たちを守ってくれたよな。俺たちが動けなくなるのを分かって、守ってくれたように思った。何で自分は抵抗ないのに、俺たちがそうなると思ったんだ?」
意地が悪いな、と泰基は思う。
その答えをほぼ確信していながら、それでも聞いている。
案の定、リィカは困ったようにしている。
「その……平和な世界にいたって言うから……何となく気になってて……」
「……だから、オレたちを守ったの? 自分が危ないのに?」
暁斗が口を開く。声が低い。視線をアレクに向ける。
「……アレクだって、そうだよ。何でリィカを庇ったの? 大怪我して、死んじゃうかもしれないのに、何で!?」
「……………いや、なぜと言われても…………何でだろうな」
必死な暁斗に戸惑いつつも、その答えをアレクは持たなかった。
あえて言うなら、助けたかったら助けた、だろうか。
そう言ったら、暁斗の目がつり上がった。
「……………………………………そんなの、間違ってる」
心から絞り出すように、暁斗が言う。
「…………自分が死んじゃうかもしれないのに、助けるなんて、絶対に間違ってるよ!!」
その叫びに、アレクは戸惑うことしかできない。
しん、としたその場で、ユーリが口を開いた。
「それは、もしかして亡くなったというお母様と、何か……」
「母さんなんて、知らない!!!」
言いかけたユーリの言葉を遮って、暁斗が叫ぶ。
そのまま部屋から飛び出していく暁斗を見る、リィカの顔色は悪かった。
そんなリィカを、泰基が複雑そうに見ていた。
※ ※ ※
〔暁斗〕
小さい頃から、オレには母親がいなかった。
他の子供が、嬉しそうに駆け寄っていく女の人。
それが母親というものだと知って、オレにはいないの、とよく父さんに聞いていた。
いつも、父さんは悲しそうに笑うだけだったけど。
でも、ある日。
何度目になるのか、それを父さんに聞いたオレに、どこかのおばさんが話しかけてきた。
「暁斗君、そんな事を言ったら駄目でしょ? あなたのお母さんは、素晴らしい人なのよ?」
え、と思った。
だって、母さんの話なんて聞いたことなかったから。
「待って下さい。暁斗にはいずれきちんと話しますから、今はまだ……」
父さんが慌ててそう言っていたけど、オレは話を聞きたかった。
そのおばさんに、教えてと頼んだら、喜んで教えてくれた。
でもたぶん、それが間違いの元だったんだと思う。
母さんは、オレが生まれて間もなく、亡くなったらしい。
強盗が家に押し入ってきて、泣くオレを刺そうとしたのを庇って、代わりに刺された。
その強盗は、すぐにオレも刺そうとしたらしいけど、それを母さんが阻んだ。
刃物に刺されながら、その強盗にしがみついて離れなかった。
自分が死んでも強盗を離さず、オレの泣く声に異変を感じた近所の人が警察に通報して、駆けつけてくるまで、掴んだままだった。
母さんは、死んでも息子を守り抜いた「母親の鏡」なのだと。母親として最高の奇跡を起こしたのだ、とそう言われた。
「だからね、お母さんがいなくて寂しい、なんてことないのよ? 暁斗君はお母さんに助けてもらって、ここにいるんだから」
でも、よく意味が分からなかった。
分かったのは、オレには母さんがいない、ということだけだった。
そんな話をした場所が、保育園の、周りにたくさん、大人も子供もいる場所だったのが悪かったのか。
それから、同じ保育園の子にも、言われるようになった。
「あきとくん、よかったね。おかあさんにたすけてもらったんだね。さみしくなくて、よかったね」
にっこり笑って言って、「おかあさーん」と駆け寄っていくその子たちを見送る。
分からなくなった。
自分だってさみしい。母親にいて欲しい。
そう思っていたのに、他の人に「さみしくない」と言われ続けて、あれ、と思った。
――オレって、さみしくないんだっけ?
こんなことが続いたある日。
母さんが死んだ時の夢を見た。
辛くて、苦しくて、泣きたくて。
でも、父さんにも言うことができなかった。
まったく母さんのことを聞こうとしなくなったオレを、たぶん父さんは気にしてた。
ある日、父さんに言われた。「剣道、やってみるか」と。
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