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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

15.リィカ⑦

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お母さんに話ができたなら、後はアレクシス殿下方に返事をするだけだ。

「夕方に来るって言ってたけど……」

もう意思は固まった。後は伝えるだけ。
……なんだけど、話をするだけでも緊張するから、できれば早く済ませてしまいたい気持ちの方が強い。

アレクシス殿下方は忙しいだろうし、わたしから出向くのもありかな。……と思って、王城に向かってみたけれど。

(あ、絶対ムリだ)

当然、王城に自由に入れるはずもない。怖い顔をした人たちが門の前に立っている。
その人たちに、アレクシス殿下に会いたいんです、と話しかけたとして……怪しまれる未来しか思い浮かばない。

やっぱり寮で待っていようかな、と思って、ふともう一つ、王城よりは敷居の低い場所がある事に気付いた。

ユーリッヒ様は、神官様だ。つまり、普段は教会にいる可能性が高い。
教会は、一般人でも自由に出入りする場所だから、そっちであれば入りやすい。


※ ※ ※


「ユーリッヒ様は、ただいま王宮に行かれております」

教会に行って(やっぱり入りやすかった)、受付のような人がいたので、ユーリッヒ様がいないかを聞いてみた。怪しまれたけど、学園での知り合いだと言ってみたら、教えてくれた。
ただ、その答えは、事態が何も良くならなかった事を証明しただけだった。

やっぱり素直に寮で待とう、と決めて踵を返すと、探していた人物が外から入ってきて、名前を呼んでしまった。

「ユーリッヒ様」
「――リィカ? どうしたんですか、何でここに?」

なんていいタイミングなんだ、と思いながら、要件を口にした。

「お返事をしに伺いました」

 言うと、ユーリッヒ様が驚いた顔をした。

「すいません、本当は、王城に行ってみたんですけど……」

 門番が怖くて入れません、とは何となく言いにくくて、後半の言葉は濁したけど、言いたいことは理解してくれたようだ。

「確かにあんな怖い人が立っている所、行きにくいですよね。……ありがとうございます。行くと言っていたのに、リィカから来てくれるなんて」

 これには、曖昧に笑うしかない。単に早く緊張から逃れたいって理由で来ただけなのだ。素直にそうとも言うわけにもいかない。

「じゃあ、このままアレク達の所に一緒に行きましょうか。二人とも王宮にいるから」

 ぜひ、と言いたかったけど、そういうわけにもいかない。ついさっき、ユーリッヒ様は王宮にいるという話を聞いたばかりなのだ。

「い、いえいえ、ユーリッヒ様も用事があって、帰ってきたんですよね? わたしは、その用事の後でいいので」

 貴族様の用事を後回しにできる度胸は、わたしにはない。そっちのほうが緊張してしまう。

「ああ、気にしなくていいですよ。僕の用事って、リィカに会いに行くことですから」
「……え?」
「アレクたちには駄目とは言われたんですけどね。リィカに無詠唱の魔法を習いに行こうかと思ってたんです」
「……あ、はい。……えーと」

 旅に同道するかの返事を聞きに来ると言っていたのが、今日の夕方。
 もうわたしに答えが出ていたからいいけれど、場合によってはまだまだ考え中だった場合もあるわけで。

 つまりは、それって、メチャメチャ迷惑なんじゃなかろうか。

 と言いたいのは必死に堪えた。しつこいが、相手は貴族様だ。そんなことを言ったら、失礼極まりない。

「ですので、僕の用事は気にしないで下さい。それより、返事を先に伺いたいですから」

 ユーリッヒ様の言葉に、わたしはうなずいた。


※ ※ ※


「では、王宮に行きましょうか。それともこちらにアレク達を呼び出します?」
「呼び出す!?」

ぶんぶんと左右に手を振る。
王子殿下を呼び出すとか、そんな恐ろしいことできるはずがない。

「そんな気にしなくても、呼べば飛んできますよ。じゃあ、王宮に行きましょう」
「……あ、はい……」

今更だけど、わたしみたいなのが王宮に入っていいものなんだろうか。
かといって、呼び出すなんてできるはずない。

(あ、なんかすごく緊張してきた)

ガチガチになりながら、ユーリッヒ様の後を追った。


そして、あっさり中に入れた。
しかし、緊張してしまって、自分がどう歩いているのかも分からない。

「今から行くのは、外宮部分、というか、訓練場みたいな所です。そこで、アレク達は今勇者様と一緒に、剣の練習をしているはずです。――リィカ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」

ユーリッヒ様の声が聞こえたが、それを理解するだけの余裕もなかった。

「今後、国王陛下と会ったりする可能性もあるんですけど……、王宮歩くだけでこんなに緊張して、大丈夫かな?」
ポツッとつぶやいたユーリッヒ様の声も、もちろん聞こえていなかった。


やがて、広く開けたところに出た。というか、普通に城の外だった。
「アレク! バル!」
ユーリッヒ様がそう叫ぶと、まばらにあった人影がこっちを向いた。
「「リィカ!?」」
こっちに駆け寄ってくるのは、間違いなくアレクシス殿下とバルムート様だった。

「どうしたんだ? 何でこんな所に……」
「返事をしに来てくれたそうです。教会で会いました」
ユーリッヒ様の言葉に、二人が虚を突かれたような顔をした。
「……そうか。わざわざ来てくれたのか」
そうアレクシス殿下がつぶやくと、
「ミラー団長! 悪いが、少し抜けるぞ!」
「おおよ、行ってこい」

「アキトも悪い。また戻ってくるから」
アキト、と名前を聞いて、心臓がドクンとはねる。
黒い髪の、日本人の少年が、そこにいた。
「うん、いいよ」
その少年は、泰基に、凪沙の夫によく似ていた。


連れて行かれた場所は、すぐ近くにあった個室だった。
真ん中にテーブルが一つあるだけの無骨な部屋だ。
「椅子も何もなくて悪いんだが……。他に近くに部屋がないんだ。さすがに団長の執務室使うわけにはいかないしな」
聞けば、作戦会議なんかに使われる部屋らしい。参加するメンバーによっては椅子を用意することもあるそうだが、大体は立ったまま行われるそうだ。

「――それで、早速で悪いが、返事を聞かせてもらって良いか?」
「はい」
三人の視線が集まるのを感じて、緊張が高まる中、わたしは口を開いた。

「お話、受けたいと思います。わたしも旅に加えて下さい」
そう言って、頭を下げた。
「……そうか、良かった。いや、わざわざ来てくれたんだから、了承してもらえるのかとは思ったが」
「そうは思っても緊張したな」
「……というか、なんでリィカが頭を下げるんですか。上げて下さいよ」
口々にそういって、緊張が一気にほぐれた。

頭をあげたわたしに、アレクシス殿下が手を差し出した。
「これからよろしく、リィカ」
「はい。よろしくお願いします」
そういって、差し出された手を握った。
「あとは、リィカ、その口調……」
「アレク、たぶんまだそれは早いですよ。もう少し経ってからの方がいいです」
言われたアレクシス殿下はいささか不満そうだ。
何のことか分からなくて、バルムート様を見るが、苦笑されただけだ。

「気にしなくていいですよ、リィカ。それよりもアレク、勇者様にリィカのことを紹介しますか?」
「……そうだな」
その返事は、やっぱりムスッとしていた。


訓練場に戻ると、それに気付いたらしい、ミラー団長と呼ばれていた人がこちらを向いた。
「早かったな。話は終わりか?」
「ああ。旅への同行、了解してもらえた」
「そうか、良かったじゃねぇか。魔法師団の下っ端連れて行かずに済んで」
「……魔法師団の下っ端?」
思わずつぶやくと、ミラー団長がわたしの方を見た。

「ああ。あんたが行かない場合には、魔法師団の一人が一緒に行くことになってたんだよ。つうか、最初その話があったのをアレク達がごねて、あんたに声をかけてみる、って話になったんだ。しかし、ほんっとにこいつは美少女だな。
 ――ああ、俺はこの国の騎士団長をやってる。一応ラインハルトって名前はあるが、大抵ミラー団長か騎士団長って呼ばれてるから、そう呼んでくれ」

「は、はい。リィカです。よろしくお願いします」
「何で親父が先に挨拶すんだよ。普通アキトが先だろ」
「細けぇ事気にすんなって。話の流れってもんもあるんだよ」
「別にオレも全然気にしないけど……」
初耳の話もあったり、挨拶の順番なんてあるのかな、と考えたりしていたら、名前を呼ばれた。

「リィカ。この人が勇者様のアキト様だ。アキト、こっちがリィカ。一緒に旅に来てもらう事になった。魔法の腕は俺が保証するよ」
アレクシス殿下に紹介されて、わたしは慌てて頭を下げた。
「――初めまして、勇者様。リィカと言います。一緒に旅をすることになりました。よろしくお願いします」
「えっと、暁斗です。勇者とか呼ばれ慣れないし、様とかつけられると嫌なんで、暁斗って呼んで下さい。できれば敬語なんかもなしにしてほしいんだけど」
元日本人として言いたいことはとてもよく分かるが、こっちは一平民である。それで問題ないのかが分からない。
それに、名前を呼ぶのは正直緊張する。

「リィカ、そうしてやってくれ。アキトも平民だって話しだし、普通に話してやってほしい」
そうアレクシス殿下に言われて、わたしも覚悟を決めた。
「うん、じゃあそうするね。これからよろしく。――暁斗」
名前を呼んだ瞬間、心が跳ねた気がしたけれど、何とかそれを押さえ込んだ。


「じゃあ、後はタイキさんのところか?」
「そうだな。そっちにもリィカのこと、紹介しておいた方がいいか」
タイキ、と聞こえた名前に、またも心臓が跳ねる。

「リィカ、悪いけどもう少し付き合ってくれ。アキトの父親にも紹介しておきたい」
「……はい。大丈夫です。でも、どこにいるんですか?」
一緒にいるんじゃないんだろうか。そう思って質問してみたら、
「父さん、病気なんだよ」
そんな暁斗の言葉に、息が止まるかと思った。


「神官長、入らせてもらうぞ」
ある扉の前で立ち止まると、アレクシス殿下が中に入るので、その後を追った。
「おや、どうされたんですか?」
「タイキさんに紹介しておきたいんだ。リィカが一緒に旅に来てくれることになったから」
「……そうですか。それは良かったですね」
部屋の中は、神官様が数名いらっしゃった。そして、ベッドに横になっている人が一人。
その人が起き上がった。

「寝たままじゃ格好がつかないから。少し起きていいですか」
そう言ったのは、――泰基だった。
記憶にあるよりも、当たり前かも知れないけれど、年を取っている。
そして顔色が悪かった。


病気は癌だった。しかも、全身に転移しているらしい。
この世界では、黒石病と呼ばれている。
魔法での治療が可能な病気だが、状態がひどいため、完治するかどうかは五分五分だとのこと。完治しなくても状態は必ず改善されるそうだ。
日本では余命一年と言われていたそうなので、この魔法治療は本当にうれしい、と暁斗が言っていた。


あまり長居はできないので、お互いに簡単に挨拶だけして部屋を出た。
そして、そのまま王宮の外へ出た。


出発日はまだ分からないが、2~3週間後には出発したい、とのこと。
何かあれば呼ぶから、と言われたので、学園の寮にいることを伝える。
とはいっても、ユーリッヒ様には改めて無詠唱魔法を教えてほしい、と頼まれたので、連絡があるときには、ユーリッヒ様から連絡が来そうである。


出立まで、あと少し。
それまでに、自分のやるべき事は、なんだろう?

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