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第一章 魔王の誕生と、旅立ちまでのそれぞれ

16.第二王子 アレクシス①

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入学式。
目の前に立ったまま動かない女の子がいて、何となく気になって声をかけた。

「どうした、大丈夫か?」
「ふえっ?」

これが最初。

そして二回目。
学園の広場で素振りをしていたら、視線を感じた。
嫌な感じはしないのでそのままにしていたが、あまりにも見ているため、こちらから声を掛けた。

「どうした、何か用か?」

声をかけてすぐ気付いた。あの時の子だ、と。

「お前確か、入学式の日の……」

言いかけた言葉は、途中で切れた。その子が、無言のまま去っていったからだ。
どうしたんだ? と思いつつ、俺はその子の背中を見送っていた。


※ ※ ※


俺の名前は、アレクシス・フォン・アルカトル。このアルカトル王国の第二王子だ。
俺は今年、国立アルカライズ学園に入学した。


つい先日、入学後初めてのテスト、中間期テストが先日行われた。
そして、今はその結果が廊下に貼り出されているので、見に来ていた。

自分の名前はすぐに見つかった。
剣の実技試験、同率一位。

もう一人の一位は、バルムート・フォン・ミラー。この国の騎士団長の息子であり、俺の友人でもある。


そして、もう一人の友人と一緒に、テスト結果を見ているのだが、

「……ユーリが二位、なあ……」
「信じらんねぇくらいの魔法の威力なのにな。どうして二位になるんだ?」
「世界はまだまだ広いっていうことか?」

俺とバルムート……バルとで、そんな会話を交わす。

「……結構自信あったんですけどね……」

当の本人は、呆然と結果を見て、静かに落ち込んでいた。


ユーリッヒ・フォン・シュタイン。神官長の息子であるユーリは、今や父親以上に魔法を使いこなしている、と俺は思っている。

魔法の実技試験では、当然ユーリが一位を取ると思っていたのだが、まさかの二位だった。

「……一位の子、平民クラスの子だよな」

「そうだな。あれだろ? 魔力暴走をコントロールしたっていう、訳分からんことをしでかした奴……」

そんな話をしていると、ふと、回りがざわついた。

「あれ、平民だろ」
「何でこんな所に平民がいるんだよ」
「先生だからって、平気で貴族の校舎に立ち入らないでほしいですね」

そんな会話が聞こえてきて、その先を見ると、そこにいたのは下を向いたままできるだけ足早に通り過ぎようとしている、一人の先生だった。

「――ダスティン先生!!」
俺が声をかけると、こちらを見たダスティン先生の顔が、引きつった。

「お、ほんとだ」
「お久しぶりです。ダスティン先生」

俺が声をかけて、バルとユーリがその先に続く。周りの貴族どもがざわついているが、気にせずに先生に駆け寄った。


ダスティン先生は、平民クラスを受け持っている先生で、先生自身も平民だ。

俺たち三人とも、学園に入学する前に、身分を隠していた状態で、ダスティン先生と会ったことがある。

俺たちの入学時に、身分は知られただろう。
入学して初めての遭遇だから、初めて身分を知られた上で会うことになる。


「……あ、その……な……」

うろたえるダスティン先生だが、そんな先生を気にせず詰め寄ったのは、ついさっきまで落ち込んでいたユーリだ。

「良いところで会えて良かったです。ダスティン先生、あの一位の子のこと、知っていますよね? どんな子ですか?」

「…………は?」

意外なことを聞かれた、とでも言うように、口を半開きにしている先生だが、俺は慌てた。
それは聞いては駄目な奴だ。

ユーリを止めようとしたが、まるで譲るつもりがない。

「まったく何も、教えてもらえませんか?」

食い下がるユーリに根負けしたように、ダスティン先生が俺たちに付いてくるように言った。


連れてこられた部屋は、ちょっとした応接室のようになっていた。
俺たちの前に座った先生が、言葉に詰まっているようだったので、先手を打った。

「先生、以前と同じように話してくれると嬉しいです」
すると、先生は深々とため息をついた。

「……じゃあ、そうさせてもらうか。久しぶりだな、三人とも」
そう言って、ニカッと笑った。



俺たち三人は、12歳から学園に入学する前まで、身分を隠して、冒険者ギルドに登録して冒険者をやっていた。

その時、よくお世話になった人が二人いて、うち一人が、ウィニーさん、というギルドの受付をやっている女の人。

そして、もう一人が、ダスティン先生だ。冒険者として必要な知識を教えてくれて、その後も会う度に何かと気に掛けてくれた人だ。


「……ったくなあ。今年は、王族やら何やら有名な奴が入ってくるから、顔と名前は一致させておけ、って言われて渡された絵姿に、お前ら三人が入ってたんだ。俺がどんだけ驚いたか、知らないだろ」

言われて、苦笑した。
先生がこのアルカライズ学園で教師をやっている、という話は先生自身から聞いていたのだ。

入学時には身分がバレるよな、どうしよう、と思ったのを覚えている。


そんな昔のことを思い出していると、先生の顔つきが変わった。

「ま、雑談はこれくらいにしておいて。――ユーリ、さっきのはどういうことだ? 平民クラスの生徒の情報は教えられない。決まりは知ってるだろ?」

ユーリをまっすぐ見て言った。
例え誰だろうと、平民クラスの生徒の情報は守られる。それは、ただ一つの場合を除いて、この学園の絶対の決まりだ。

「もちろん知っています。先生の信頼を勝ち取れば、教えてもらえる、と言うことも」

ユーリの言った方法が、そのただ一つの例外だ。

先生に信頼されて、決して情報を悪用しないと判断されれば、希望に応じて教えてもらえる事もある。

だが、普通は一年目のこんな早いうちから教えてもらえる事などあり得ない。普通ならあっさり切り捨てられる。

それでも、こうしてダスティン先生が俺たちと話をしてくれているのは、冒険者生活の期間で、すでに信頼してくれている証拠なんだろう。


「僕は、ずいぶん実力を上げたと思っています。一位を取れる自信もありました。けれど、二位だった。――どんな子なのか、どんな魔法を使うのかを知りたい。ただそれだけです」

ユーリの言葉に先生は躊躇って、ユーリを説得するかのように話をし出した。

「気持ちは分からなくはないが、アイツは魔法使いで、お前は神官だ。同じ魔法を使うって言っても、分野が違う。
 そりゃあ、テストじゃ一緒にされちまうが、比べたところで意味がない。それに……アイツは常識外れだ。意識すると、失敗するぞ」

「……常識外れ?」

「……それを説明しようとすれば、教えるしかなくなるんだよ」

困ったように腕を組んで、できればこれで納得してほしい、という先生に、ユーリは少し考えた。
しかし、その上で言った。

「教えて下さい」
「……しょうがねぇなぁ」

先生は諦めたように笑う。ただし、と条件を付けられた。

「シスとバルは、ここで話を聞くだけ。ユーリは、一度だけ会いにいっていいが、その時にアイツがどんな行動しようと、一切お咎めなしとすること。――その条件で良ければ、教えてやる」

シス、とは俺が冒険者時代に名乗っていた名前だ。他になくて仕方なく使っていた名前だが、久しぶりに呼ばれると、すごく懐かしい。

自分が会いに行けないのは残念だが、今回の件を言い出したのはユーリだ。別に構わない。

そう思って、ユーリに対してうなずく。バルもうなずくのを見て、ユーリもうなずいた。

「分かりました、先生。その条件を受け入れます」


そして、先生が話してくれたのだが、確かに常識外れもいいとこだった。
「無詠唱……? なに……それ……?」

混乱しているらしいユーリは、さっきからぶつぶつつぶやいている。


魔法は、詠唱して魔法名を唱えることで発動する。それは、魔法使いだろうと神官だろうと変わらない『常識』だ。

しかし、そのリィカは詠唱を省略して魔法を使ってしまうらしい。

意識するなと言われるのも当然だ。

魔法の実技テストには、魔法発動までの時間も内容に含まれるから、それを完全にゼロにされてしまえば、敵うわけがない。


ついでに、学園に入学してから魔法の勉強を始めたはずなのに、すでに中級魔法を習得。
上級魔法に手を伸ばしているらしい。

支援魔法は全く使えないそうだが、それでもあり得ない。
何をどうしたら、そんなに魔法を使えるようになるんだ?


「明るい栗色の髪が、緩くウェーブがかかってる。とにかく、見た目が可愛い奴だから、一目見りゃ分かるだろ」

先生がユーリに話すその外見の特徴に、俺は「まさか」と思った。


※ ※ ※


「ということで、これでリィカ・クレールムについての情報は以上。何か質問は?」

ダスティン先生の言葉に、俺はとりあえず思い出したその子のことを後回しにして、気になったことを聞くことにした。

「先生、その子はそんなに問題があるんですか? 最初の条件が何というか……」

そう。先生の出した条件『どんな行動しようと、一切お咎めなしとすること』。
少々無礼な態度を取られたところで、俺たちが問題にすることはない。それが分かっているから、先生も教えてくれたのだと思うのだが……。

「……ああ、それな。シスは、その、王太子殿下から話を聞いたりはしてないのか?」

突然、兄上の話が出てきた。というか、ダスティン先生から兄上の話題が出てきたことが意外だ。
そんな顔をしている俺に、先生が説明してくれた。


何でも、そのリィカ嬢が、入学式の日に、貴族校舎に入り込んだ。そこで兄上が声を掛けたらしいが、それに碌な返事もせずに逃げ出した。

そして、後になってから、どうしよう、と先生に相談があったらしい。

「何で逃げたんだって聞いたら、貴族と関わって無礼とか言われて死にたくなかった、とか、逃げたのもまずかったって後から思った、とか言っていた。ユーリと会っても、正直そのまま逃げ出す可能性が一番高いと思ってる」

俺は二度目の出会いを思い出していた。さっさと逃げ出したのは、そういうことか。そう考えると、最初のときに普通に会話をしてくれたのは、もしかして奇跡なんだろうか。

何となく、ため息をつきたくなった。
貴族の中には、横柄な奴も多い。廊下でダスティン先生を揶揄していた奴らなんかは、その筆頭だ。

そんな貴族との関わりがあったとするなら、逃げ出したくなるのも分かるし、条件についても理解できる。
――だが、ただ一つ。

「話もせずに逃げ出されたら、ユーリが会いに行く意味がないと思いますが」
「悪いが、それでも一回のカウントだからな」

どうやら、想像以上にきつい条件だったらしい。

「……あの逃げっぷりだと、どう考えても逃げ出すよな」

なぜ最初の時は普通に話をしてくれたのかは不明だが、二度目の時の逃げっぷりは見事だった。何せ、俺が話しかけている途中で逃げ出したのだ。

あれはあれで無礼……かもしれないが、横柄な貴族相手だと逆に正解かもしれない。そもそも平民が貴族に姿を見せるな、という考えの奴が多いから。

「おいシス、どういうことだ?」

ダスティン先生に凝視されていた。ついでに、バルも驚いたように俺を見ていたが。

「なんですか?」
「……あの逃げっぷりってなんだ? お前、もしかしてリィカと会ってるのか?」

恐る恐る。できれば違って欲しい。そんな様子の先生の言葉に、俺は無意識に声に出してしまっていたことに気付いた。
しまったな、と思っても、口にしてしまった以上は言った方がいいだろう。

「はい、実は二回。入学式の日に会ったときは、普通に話してくれたんですけど、二回目の時は一目散に逃げていきました。多分、外見からしてあの子だと思うんですが」
「……………」

先生は黙ってしまい、その代わりにバルが俺に突っかかってきた。

「なんだよ、お前そんなこと、なんも言ってなかったじゃねぇか」
「いや、言うほどでもないだろう? 会った時には、そんなすごい子だなんて思わなかったわけだしな」

そこで、その子のことを思い出しつつ、思った事をそのまま言った。

「正直、攻撃魔法をガンガン使う顔には見えなかったな」
「あああああああああ……。やっぱりそうか。ああもう、あいつは……」

俺の言葉に、突然先生が悲痛な声を上げた。頭を抱える先生が、何を思っているか分かって、苦笑するしかない。

「大変ですね、先生って」
「他人事のように言いやがって! シス、あいつに何か罰を与えようとかは……」
「何もありませんよ。逆に面倒です」

俺がサラッとそう返した瞬間、ブツブツ言っていたユーリが突然叫んだ。

「分かりました! 事実は事実として認めます! その代わり、絶対に魔法の発動方法を聞き出します!」

気持ちは分かるが、たぶん話を聞いていないな。果たして、聞き出すところまでいくかどうか、怪しいもんだ。

そして数日後。
俺の予想通りに、ユーリが「逃げられました……」と力なく言うのを聞いたのだった。


※ ※ ※


それからさらにもう少し経ってから、俺はもう一度そのリィカ・クレールムを見かける機会があった。
今度は、バルと一緒に手合わせをしているときだった。目が合ったら逃げられた。

「なるほど。確かに、攻撃魔法をバンバン使うタイプには見えねぇな」

逃げられたことに関してはコメントしないバルは、俺と同じ感想を持ったようだった。

もしまた出会ったら、その時はどうしたものかと思っていたが、それからはもう会うことはなかった。

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