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16章 『秘薬』の開発

第140話 に、逃げて下さい!

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「―く、クソが! 何で幻術が効いてねぇんだよ!?」

 そう言って、哀れなくらいに動揺した盗賊の頭らしき野郎が俺にナイフを見せつけてくる。そんな盗賊の動きを見て、ミンクが感心したように声を上げていた。

「すごい……本当にアイド様の仰っていた通りだ。まさか、アイド様まで幻術を使えるなんて……驚きました」
「まあ、大して強いものじゃないが。分かる奴には簡単に見破られるからな。現に、そこに居る奴には見破られてたようだ」

 俺は盗賊の中に紛れ込み、布を深く被った奴へと目を向ける。
 そんな俺の視線に気付いたのか、布を被っていた少年は動揺した声を俺へと返してきた。

「ご、ごめんなさい……」
「ん? あぁ、いや……そんな素直に謝られると、それはそれでやりづらいんだが……お前、俺の幻術に気付いてだろ?」

「え? あ、は、はい……」
「何ィッ!?」

 俺が布を被った少年とやり取りをしていると、盗賊の頭が苛立ったように声を上げていた。

 そして、その少年を睨み付けると、今にもナイフを刺しそうな勢いで声を荒げる。

「クソの役にも立たねぇ無能が! それに気付いてんなら、さっさと言えよ!」
「す、すいません……! ぼ、僕もすぐには気付かなくて―」
「うるせぇ! おい、お前ら! そいつを盾にしろ!」

「え……?」
「へ、へい! すぐに!」

 そう言って、部下達はその少年を後ろから蹴り上げた。

「ぐぅっ!?」

 全く予期していなかったのか、少年は呻き声を上げながら俺達の前へと転がってくる。あまりに無様に転がってきた少年に、俺は同情の言葉を投げ掛けてしまう。

「大丈夫か?」
「……痛……っ、く……ぅ……だ、大丈……痛っ……!」

 俺の言葉にどうにか答えようとするものの、口を切ってしまったのか上手く言葉に出来ないようだ。

 そんな様子に殺意など湧くはずもなく、俺は呆れた様子で盗賊達へと目を向けた。

「……おいおい、仲間を差し出して逃げるつもりか? クズもここに極まれり、だな。おい、立てるか?」
「え? あ、は、はい……」

 俺に手を差し伸べられ、困惑気味な様子で俺の顔と手を交互に見てくる少年。
 そんな少年の手を取ると、俺は勢いよく立たせてやった。

「す、すいません……」
「まあ良い。それより、幻術を使ってたのはお前か?」
「え……えっと……」

 俺に恐怖しているのか、ガタガタと震える少年。
 いくら俺でもこんな風にただ恐怖し、挙句に仲間に捨てられるような人間をいたぶる趣味はない。

 とはいえ、ミンクに掛けていたという幻術がどの程度のものかは気になる。
 だから、俺はオドオドと俺の様子を伺ってくる少年に優しく声を投げ掛けた。

「別に責めやしないさ。うちでも幻術を使える奴は珍しいし、そういう人間は重宝しているんだよ。見たところ、向こうでクビにされたみたいだからな。お前に悪意が無けりゃ、うちで雇ってやっても良いぞ?」

「わ、私を雇って―あ! ぼ、僕を雇ってくれるんですか?」
「ん? ああ、お前さえ良ければだが」

 ん? 今、私とか言ってたが……元々そういう口調なのか?
 そうして困惑する俺の耳に、ムエイとイグンの声が入ってくる。

「……アイド様、この身の程知らずの猿共の駆除は私共にお任せ頂いても構いませんかな?」

「生きている事すら恥であるのに、自らの仲間を切り捨てるなど……このイグン、あのような虫を目にする事も我慢なりません。アイド様、あなたが直接手を下す価値もありません。……あの虫を駆除する許可を頂けないでしょうか」

「そうだな……」

 さて、どうしたものか。
 俺がそうして敵の処罰を考えていると、ふと匿おうとしていた少年が声を上げた。

「に、逃げて下さい! あの人達、仲間を呼んでいるんです!」
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