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16章 『秘薬』の開発

第135話 囮の準備―2―

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 そう告げてくるレファーに、セリィは「フン……」と鼻を鳴らすと呆れたように言葉をこぼしていた。

「物好きな奴よ。大人しく城で待っておれば良いものを……」
「待つばかりでは飽きたのだ。お前達が『勇者もどき』と旅をしている間、『魔王城』でどれだけ待ったことか。『魔王』が不在となっている『魔王城』など、ただのもぬけの殻だ」

「待つのも臣下の務めだろうに。これだから我慢を知らぬ女は困る」
「ならば、代わりにお前が待っていれば良いだろう? お前も今や立派な臣下の一人なのだからな。安心しろ、お前など居なくても私が主の下に付いている」

「貴様……仮にも『魔王』であった者に対してそのような口をきいて、タダで済むと思うなよ?」
「ハッ、これは面白い。この『吸血鬼』の女王たる私が『魔王』などに素直に下っているとでも思っていたのか?」

 そうして睨み合いを始める姉妹を横目に呆れつつも、俺は同じように軽装へと着替えていたイグンへと声を掛ける。

「ところでイグン、お前が付いて来ようとするのは珍しいな。基本的にお前は隠密行動を中心に動いているから、こういった陽動に自分から参加してきたことには素直に驚いたぞ」

「今回の件については、ムエイやミンクだけの責任とは言えません。本来であれば、我々の部隊が護衛として影から付いていくべきだったのです。それを怠った結果、『秘薬』のサンプルが盗まれてしまったのですから、私もその名誉挽回の機会を頂きたく志願させて頂きました」

「盗まれたことについては不問にしたはずだが、まあお前自身が決めたことなら何も言わん。なら、ムエイ、ミンクと共に今回の作戦に尽力してくれ」
「はっ、ありがとうございます」

 そう言って、丁寧に頭を下げてくるイグン。
 相変わらず、『魔王軍』の中でもイグンとルディンはかなり硬い性格をしているよなとつくづく思う。

 しかも、どちらも女性でありながら男性用のスーツをしっかりと着込み、真面目さ全開な様子にたまに怯み掛けそうになる。

 というか、ぶっちゃけ息苦しさを感じたりもする。

「なあ、イグン。今回は事だから事だから仕方ないが、お前もルディンももう少し肩の力を抜かないか? そこまで畏まられ過ぎると、俺としては少しやりづらいんだが」

「そ、そうでしょうか? そう言われても難しいと申しますか……元よりこういった性格ですし、何よりあなた様には一度敗れた後に命を救われた身。そのような方に万一にでも失礼な態度を取ることは出来ません」

 そうして困惑気味な表情を見せるイグンを目にしたセリィとレファーは争いをやめ、呆れたような口調でぼやいてくる。

「アイド、無理を言うな。イグンやルディンは幼少の頃から我や『魔王』だった父に仕える為、礼儀作法を徹底された者達なのだからな。まあ、たまに息苦しさを感じるというのはあるが」

「そうだな。私を始め、『魔王軍』の将軍達の忠誠心が高い。それだけお前を信頼していると思えば良いだろう?」
「いや、お前やセリィはずいぶんと肩の力を抜いているようだからな」

「まあ、私は将軍という肩書きを付けているとはいえ、『吸血鬼』の女王だ。どちらかと言えば、『魔王軍』と同盟を結んでいる対等な関係、というわけだ。セリィについては、あれは元々ああいう女だ。一朝一夕で治るものではない」

 そうして、わざわざ挑発するようにレファーがセリィへと目を向けると、セリィはまたもムッとした顔を返していた。

 再び諍いが起こりそうなことを察し、俺は軽装へと着替え終えると他の仲間達へと声を掛ける。

「それじゃ、ちょっと盗賊退治に行ってくる」
「……せいぜい生きて帰って来れると良いですね」
「俺が盗賊如きにやられるタマかよ。じゃあな」

 物騒なことを再度口走ってくる『聖女』に呆れつつも、俺は着替えを終えたイグンやセリィ達を連れ、その場を後にしたのだった。
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