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二度目

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ルイーズは当初、わたしに何かと意見を言ってきていたが、
わたしが返事こそすれ、従わないと気付いてからは、考えを変えた様だった。

茶会に誘われる事は無くなり、パーティには何度か誘われたが、
ルイーズは完全にわたしを放置し、親しい者たちにわたしの悪口を言って周り、
殊更同情を誘っていた。

「あの娘、また、あんな地味なドレスを…幾ら止めて欲しいと言っても、
聞いて貰えなくて…きっと、私を後妻と見下しているんだわ…
私はジスレーヌと本当の母娘の様になりたいのに…」

「ああ、何て可哀想な、ルイーズ様!」

「大人しい子だと思っていたけど、内心は腹黒いのね!恐ろしい!」

「ああいうタイプは、人目の無い所で、酷い事をするのよ、
気を付けて下さいね、ルイーズ様」

わたしは皆から白い目で見られ、完全に、壁の花になっていた。
それでも、わたしがパーティを断らないのは、ルイーズがそれを狙っていると思えたからだ。
パーティを避ければ、後々、「社交性に欠く」と言われるだろう。
『侯爵夫人に相応しくない』、その材料を与えてしまう事になる。

それに、わたしが辛い思いをしていると分かれば、ルイーズは喜ぶだろう___
一度目の時には、そんな事、考えもしなかったが、今のわたしには、容易く想像が付いた。
と言うのも、侯爵の館でのルイーズの姿を見ているからだ。

ルイーズは使用人たちに厳しい女主人だった。
使用人たちが少しでもお喋りをしようものなら、厳しく詰め寄った。

「何て、はしたないのかしら!ここは侯爵家よ、品性を疑われるでしょう!
それが出来ないのなら、どうぞ、館から出て行って下さいな」

茶会やパーティの無い日には、館を端から端まで練り歩き、
少しでも汚れや埃を見つけると、直ぐに使用人を呼び、注意をする。

「こちらをご覧なさい、掃除はなさっていないの?それとも、見落としたのかしら?
これが見えない様であれば、メイドの資格もありませんよ、直ぐに荷物を纏めて
出て行きなさい。お給金?ええ、ありませんよ。
まともな仕事もしていないのに、お給金を貰おうなんて、あなたが恥ずかしいでしょう?」

ルイーズは些細な事でも使用人を首にしてしまうので、皆、彼女を恐れていた。
だが、悪い事に、ルイーズはそれを楽しんでしまっている。
その上、娘のジェシカは、ルイーズに習っているので、まるで《小さなルイーズ》だ。

「今日はキイチゴのケーキの気分なの!こんなの要らないわ!」

我儘で、使用人に対し、物を投げつけ、笑っている。
ルイーズが「子供のした事よ」という態度なので、使用人たちは誰にも相談出来ず、
皆泣き寝入りするしかなかった。

「お給金は良いけど、正直、出て行きたいわ…」
「お金の為よ、我慢するわ…」
「館を出たら、それこそ生きていけないもの…」

目にする度に、気の毒に思うのだが、わたしが面と向かって庇えば、
ルイーズは怒るだろう、そして、もっと酷い事になる気がした。
わたしには監視役のクロエも居る。

何か助けになれたらいいのに…

一度目の時、わたしはルイーズの言い分を聞き、それこそが正しいと思い、
ルイーズと同じ様に振る舞ってきた。
それを思い出すと、自分が恥ずかしくなり、消えてしまいたくなった。

壁際に立ち、パーティを眺めながら、悶々としていると、一人の男性が近付いてきた。
ダークブロンドの髪に、目尻の下がった茶色の目、口元には笑みを浮かべている。
美形というよりは、愛嬌があり、女心を擽るタイプの男だ。
きっと、女性たちは放っておかないだろう…
そんな風に思っていたので、彼がわたしの前に立ち、話し掛けて来た時には、驚いた。

「マフタン男爵子息、バヤールです、あなたは?」

「ローレン伯爵の娘、ジスレーヌです」

「ジスレーヌ、良い名だね、僕と踊って頂けますか?」

自分の魅力を知っているのだろう、殊更甘い笑みを見せる。
誘われ、気を悪くする女性はいないだろう。
わたしは短く「はい」と答え、手を預けた。

踊っている間も、バヤールはわたしに魅力を振り撒いてきた。
何故、わたしに?
それとも、普段からこういう人なのだろうか?

周囲の女性たちが、踊りながらもこちらを気にしている事に気付き、
わたしは特に愛想を返す事はせず、淡々と踊った。

一曲踊り終わると、バヤールが「もう一曲」と誘って来たが、
わたしは「すみません、少し休みます」と、その場を後にした。
思った通り、バヤールは直ぐに女性たちに囲まれていた。

何故、わたしを誘ったのだろう?

増々分からない。
壁の花に同情したのだろうか?
それなら、もう少し愛想良くしても良かったかもしれない。

「だけど、わたしは、リアム様の婚約者候補だもの…」

婚約していたとしても、他の男と踊る事自体は、普通の事だ。
だけど、何故か、バヤールには近付かない方が良い様に思えた。
気の所為だとは思うが、バヤールと相対すと、誘われている気分になるのだ。


◇◇


「ジスレーヌ!見て!この髪飾り!」

ジェシカがわたしの部屋に来て、その波打つ赤毛の髪に付けた髪飾りを見せてきた。
白い小さな花が幾つか並んだ上品な物で、
普段ジェシカが身に付ける派手な物とは違うが、ジェシカは喜んでいた。

「まぁ、可愛らしい、素敵ですね」

「ふふふ!これね、お兄様が手紙と一緒に、送って来て下さったの!」

わたしは何を聞いても驚かない自信があったが、これは無理だった。

リアム様が手紙を!?
それに、髪飾りまで…

わたしの胸に、嫉妬の炎が燃え上がり、わたしは『いけないわ!』とそれを抑えた。
震えているわたしに、ジェシカは大きな笑みを見せ、聞いて来た。

「ジスレーヌも貰ったんでしょう?何を貰ったの?隠さずに見せて!」

「いえ…わたしの所には、何も届いていないわ…」

「ええ!?ジスレーヌは、お兄様の婚約者候補でしょう?
手紙や贈り物が届かないなんて変よ!きっと、明日には届くんじゃない?
届いたら、教えてね!」

ジェシカは無邪気に笑い、部屋を出て行った。
わたしは打ちのめされた気分だった。

リアム様に愛されていない___!

分かっていた事なのに、胸が苦しくなった。
だが、わたしはクロエの視線に気づき、無理に笑みを作った。

「少し、散歩をして来ます」


ぼんやりとしながらも、わたしの足は庭園の方へ向かっていた。
咲き誇る彩豊かな花たちは、いつもは心を慰めてくれるが、今は難しく、
鬱々としたものが、胸に渦巻いたままだ。

リアム様は、どうして、わたしには手紙をくれないのだろう?
わたしではなく、ジェシカに手紙を書くなんて…

リアムとジェシカは、表面上は普通の兄妹の様に見えるが、
リアムは、ルイーズを慕っているジェシカを警戒しているし、
ジェシカはリアムを尊敬する所か、ルイーズと一緒になり、追い出そうとしていた位だ。
リアムも、それは知っていると思っていた。

それなのに、どうして?

リアムは本心では、ジェシカを可愛く思っているのだろうか?
異母妹なのだから、当然と言えば、当然だ。

「それなら、そうと言って下されば良かったのに…」

何も知らされず、勝手に気を遣っていた自分が馬鹿みたいだ。

「でも、ジェシカで良かった…」

ジェシカはリアムの異母妹だ。
これが、血の繋がりのない、赤の他人の令嬢だったら…
わたしはきっと、嫉妬が抑えられなかっただろう。
もし、エリザだったら___!

わたしは自分の内の激しい感情に驚き、そして、失望した。

わたしは変わろうとした。
リアムから身を引こうとした。
二度と間違いを犯したくなかった。

だけど、何も変わっていない!!

「!?」

気付くと、わたしは泉の淵に立っていた。
ここまで来ていた事に驚いた。
これまで、この場所を避けていたというのに…
だが、実際に来てみると、恐怖は感じなかった。

その水面は、一つの揺らぎも無く、まるで鏡の様に、美しい景色を映している。

わたしは惹かれる様に膝を着き、水面を覗き込んだ。
透き通り、底まで見える。

「綺麗…」

思わず感嘆の息が漏れた。
覗いていると、自分の心まで、洗われる気がした。
胸の中にあったもやもやとしたものが晴れ、考えも鮮明になる。

「そうね、努力もなく、変わる筈はないもの…」

大聖女マリアンヌも、何年も使用人として働き、自分を変えていったのだ。
それは、決して楽な事では無かった筈だ。

「わたしも、努めます…」

醜い心と向き合い、浄化していこう…
もう、誰も傷つけない様に…


「聖なる泉…」

その名に相応しいと思った。

「こんな神聖な場所を汚すなんて…」

一度目の時のわたしは、それすら、見えていなかったのだ…
本当に、どうかしていた。自分が情けなくなった。

「もう、絶対に、この場を汚したりしないわ…」

わたしは泉に誓い、この場を後にした。

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