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二度目

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わたしは連日の様に、ルイーズに茶会に連れ出された。
ルイーズの友人たちが、それぞれの館に招いてくれたのだ。
彼女たちの会話は、ドレスや宝飾品…それから人の噂や批判がほとんどだった。

「あの方は、趣味が悪いわよね、あのドレスは何処で仕立てたのかしら?」
「あれでは、品位がありませんわ」
「それに、あの髪型といったら!」
「まるで、鳥の巣ね!」

わたしは存在感を消し、会話を流し聞きながら、紅茶を飲んだ。

「ジスレーヌ、あなたも装いには気を付けるのですよ、皆に笑われる事になれば、
リアムも侯爵も恥を掻きますからね」

ルイーズが優しい口調で、釘を刺す。

確かに、その通りだわ…

ルイーズの言う事は、半分は正しいと思える。
だからか、つい、鵜呑みにしてしまうのだ。

「はい、気を付けます、ルイーズ様」

わたしが答えると、ルイーズは満足そうな笑みを浮かべた。
だが、その目は鋭く何かを狙っていた。

「あなたは顔立ちが幼いから、もっと大人に見える装いを選ぶといいわ。
リボンやフリルは野暮ったいですよ」

わたしの今日のドレスは、淡い緑色で、フリルやリボンが多い。
一度目の時のわたしは、恥ずかしさに顔を真っ赤にして、「申し訳ございません!」と、
半泣きになったものだ。
だけど、二度目は、冷静にそれを考える事が出来た。
わたしが持っているドレスは、笑われる様な物ではない。
仕立ても良く、デザインも気に入っている。
流行を追うものでは無いが、皆が皆、流行を追っている訳ではない。

「教えて下さって、感謝致します、ルイーズ様」

「いいのよ、あなたは私の愛する息子の婚約者候補ですもの、
全部教えて差し上げますよ、ジスレーヌ」

ルイーズは真っ赤な唇の端を大きく上げた。
ぞっとする笑みだが、わたしは平静を装い微笑み返した。

「まぁ!仲がよろしいのね!羨ましいわ!」
「本当に、私の息子の嫁なんて、碌に返事もしないのよ!」
「ええ、私の息子の嫁もよ、我儘だし、口答えばかり!」
「ルイーズが羨ましいわ!」
「ねぇ、ルイーズ、今度のパーティには、是非ジスレーヌを連れて来て」
「そうね、ジスレーヌにも良い勉強になるでしょう___」

パーティへの参加は気が引けたが、断る理由も浮かばず、
気付くとわたしは、当然の様に行く事にされていた。


◇◇


ルイーズに忠告された事もあり、わたしはなるべく、飾りの少ないドレスを選んだ。
艶のある、深い緑色の上品なドレスだ。
身に付ける宝飾品も、目立たない、上品な物にした。

それを見たルイーズは顔を顰め、大仰に頭を振った。

「まぁ、地味だこと!
大人の装いというのはね、地味にすれば良いという訳ではないの。
もっと、目を惹く宝飾品は持っていないの?
伯爵家ですもの、裕福ではないのね、そうだわ、私が仲介して差し上げましょう。
出回っていない品が、驚く程安い値段で手に入るわよ___」

一度目の時にも同じ話を持ち掛けられ、わたしは喜んでルイーズに頼んだ。
相場を知らないので、何とも言えないが…
確か、何度目かの時、両親は『もう十分じゃないのかい?』と言い出した。
その時、わたしはルイーズの言葉を信じ切っていたので、強く言い返した。

『全然足りないわ!だって、わたしは侯爵子息の婚約者なのよ!
わたしがみすぼらしい恰好をしていたら、リアム様が恥を掻いてしまうわ!』

両親は困った顔をしていたが、金を出してくれた。
今になって気付いたが、わたしはパーティでは毎回、ドレスを新着していたし、
両親はかなり無理をしていたのではないだろうか?

「それで、お兄様の小言も、多くなっていったのね…」

兄は、わたしがリアムと婚約した時は喜んでくれたが、時が経つにつれ、
不満を隠さなくなっていった。
顔を合わせれば小言を言われるので、わたしは兄を避ける様にもなっていた…

一度目の時の事を思い出すと、気持ちが沈む。
自分が愚かに思え、居た堪れなくなるのだ___

「ジスレーヌ、聞いていて?」

「はい、ルイーズ様のご厚意には、大変感謝致します。
ですが、今の所は、手持ちの物で間に合わせます」

「まぁ!ジスレーヌ!あなたは侯爵子息の婚約者なのよ!?
あなたの恥は、リアムの恥です!もっと、真剣に考えなさい!」

「わたしは《婚約者候補》に過ぎません。
伯爵家の娘として、身の丈に合った物を身に付けます。
相応しいと認められ、婚約した際には、リアム様の恥にならない様に努めます」

ルイーズの表情は険しく、が苛立ちを見せた。

「あら、そう、だけど、それで『相応しい』と認められるかしら?
そんな風だと、きっと守銭奴に見られますよ、
あなたが皆から『侯爵家の財を狙っている』と言われないか、心配だわ。
ねぇ、ジスレーヌ、私はあなたに、リアムの妻になって頂きたいのよ。
あなたは良い娘だもの、あなたの事、本当の娘の様に思えるのよ…」

本当にそうだったら良かったが…
ルイーズの本性を知ってしまった今、彼女を信じる事は無理だった。

「ルイーズ様、そんな風に言って頂き、感謝致します。
ご期待に添えられます様、努めます」

その後も、ルイーズは何やら言っていたが、わたしは冷静に聞き、
失礼にならない様、丁寧に、だが儀礼的に返事をする様努めた。





パーティ会場に入ると、皆が振り返り、ルイーズに羨望の眼差しを向けた。
ルイーズのドレスは、宝石が散りばめられ眩しく、結い上げた髪には、羽飾りが踊っている。
大勢の中に居ても、その姿を隠す事は出来ない。
ルイーズの側に居る者は、皆霞んで見える程だ。

「こちらは、息子の婚約者候補の、ローレン伯爵令嬢、ジスレーヌです」

ルイーズは親しい者たちに、わたしを紹介して周った。
侯爵、侯爵夫人、伯爵、伯爵夫人…皆、爵位を持ち、立派そうに見える。
一度目の時は、数をこなすまで、かなりの間、緊張したものだが、
二度目ともなれば、余裕があり、わたしはルイーズの脇に控え、儀礼的に挨拶をした。

「まぁ、十八歳だというのに、落ち着いていらっしゃるのね」
「流石、次期侯爵の婚約者候補だな」
「侯爵が選ぶだけあり、賢そうなご令嬢だ」
「早く婚約なさればよろしいのに、何か問題でも?」

ルイーズはわたしへの賛辞を澄まし顔で聞いていたが、ここぞとばかりに口を開いた。

「ええ、ジスレーヌが承知してくれませんの。
とても優れた令嬢ですから、きっと、《侯爵夫人》では不足なのでしょう」

それは、軽口に聞こえたが、周囲の空気はピリリと張り詰めた。
ルイーズが、わたしを良く思っていないと、周囲も気付いたのだ。
わたしは静かに答えた。

「滅相もない事でございます、不足なのは、わたしの方です。
リアム様はご立派な方なので、今のわたしでは釣り合いが取れません。
わたしがリアム様に相応しい者になれるまでは、婚約は控えるべきと考えました」

ルイーズの目が鋭く光る。
周囲はわたしたちの動向を伺っていた様だが、「最近の若い娘はしっかりしていますな」と
笑い、取りなしてくれた。

「あなた、ルイーズ様の言う通りになさっていれば、大丈夫よ」
「ルイーズ様は素晴らしいお方ですからね」
「ルイーズ様がいてくれて、あなたは幸運よ!」

皆、こぞってわたしに言ってくる。
ルイーズはそれを得意気な笑みで聞いていた。

その後、ルイーズは「あなたも楽しんでね」と、わたしから離れて行った。
わたしは安堵し、そっと息を吐いた。
パーティは賑やかだが、わたしは楽しむ気にはなれず、飲み物を手にした。
ふと、周囲の者たちが、こちらを見て、何か囁き、顔を見合わせ笑っている。
陰気でつまらない娘と思われたのだろうか?
評判の悪い娘は、誘いが掛かる事も無い。
わたしはこの夜、壁の花になった。

わたしとは対照的に、ルイーズはパーティを心から楽しんでいる様子だった。
ルイーズは数人の男性に囲まれ、彼等と代わる代わるダンスをした。
相手に困る事は無く、寧ろ、ルイーズが断る方が多かった。

「ジスレーヌ、パーティはいかがだったかしら?」

帰りの馬車でも、ルイーズは上機嫌だった。

「はい、とても素晴らしいパーティでした」

わたしが無難な言葉を口にすると、ルイーズが笑いを零した。

「そうでしょう、あなた、ダンスはしたの?
若くて可愛いもの、沢山誘われたでしょう?」

知っていて聞いているのだと、流石のわたしにも分かった。
わたしが壁の花でいた事は、あの場にいたなら、ほとんどの者が知っているだろう。

「いえ、わたしは誰からも誘われておりません」

ルイーズは「まぁ!」と、大袈裟に声を上げた。
そして、終末だと言わんばかりの顔で言った。

「誰からも誘われないなんて、信じられないわ!
言って下されば、私のお友達を紹介しましたのに…
それにしても、何故かしら?やっぱり、少し地味過ぎたんじゃない?
きっと、目に入らなかったんでしょう…」

「構いません、リアム様がお戻りになるまで、皆様の様子を見て、勉強させて頂きます」

ルイーズの眉間に、僅かに皺が入った。

「十八歳なのに、まるでお婆さんみたいな事を言うのね、
そんなに難しく考えるものではありませんよ、つまらない人間になりますからね。
パーティを楽しみなさい、リアムに陰気な娘だと思われてしまうわよ?」

リアムはとっくに、そう思っているだろう。
わたしは彼に良い顔をした事がない。
だからこそ、縁談の打診が来て驚いたのだ…

「はい、気を付けます」

そう答えつつも、わたしにそんな気は無かった。

きっと、このままの方がいい…
想いを解放し、彼を愛してしまったら…
自分が冷静ではいられなくなりそうで、恐ろしかった。
そして、その先に待ち受けるのは、きっと、破滅だ___

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