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二度目
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その後、ジェシカはリアムから贈られた髪飾りを、いつもその髪に付けていた。
そして、わたしに会うと、見せ付けるかの様に、髪飾りを付けた左側を向く。
「お兄様から手紙は着た?」
ジェシカが大きな目を見開き、口角を上げる。
それは獲物を狙っているかの様で、感じの良いものでは無かったが、
わたしは気にしない様に努め、微笑み返した。
「いいえ、リアム様は休暇で行かれたのではないし、お忙しいのでしょう」
「あら!婚約者候補に手紙を書く位の時間はあるわよ!
だって、あたしに手紙を書く時間はあるんだもの!そうでしょう?」
「それでは、わたしから手紙を書いてみます、宛先を教えて頂けますか?」
これは予想外だったのか、ジェシカはギョッとした。
「何で、あたしが!?」
「リアム様からのお手紙に、宛先も書かれていたのではありませんか?
わたしは詳しい行先を聞いていませんでしたので、教えて頂けると助かるのですが…」
「残念だけど、手紙は燃やしちゃったわ!」
「まぁ…手紙は取っておかれないのですか?」
「全部頭に入ってるから、取っておく必要なんてないわ!」
「ジェシカ様は賢いのですね」
わたしが褒めると、ジェシカは口元を引き締め、逃げる様に去って行った。
その後もジェシカは、髪飾りを見せ付けて来たが、リアムの名は出さなくなった。
手紙の事を当て擦られずに済み、わたしの気持ちも随分楽になった。
わたしは本当に、リアムに手紙を書いた。
だが、自分の想いを知られる訳にはいかないので、他人行儀なものになってしまった。
【ボエムドゥーには無事に着かれたでしょうか?】
【そちらはいかがですか?お元気にされていますか?】
【何か困られていませんか?】
【こちらは変わりありません】
【わたしの事はご安心下さい】
【立派な侯爵となれる様、ご存分に励まれて下さい】
その様な事だ。
宛先はクロエを通して聞き、手紙もクロエに渡したので、もしかすると、
リアムの元には届かないかもしれない___
そんな風に疑う自分が嫌だったが、クロエは何かとルイーズに報告しに行っているので、
やはり信用するのは難しかった。
◇◇
館に来て、三月も経つと、ルイーズはわたしを茶会に連れて行く事は完全に無くなった。
パーティにも声が掛かる事は少なくなった。
ルイーズ自身は、毎日の様に昼間は出掛けていて、夜に居ない事も増えた。
夫である侯爵と出掛ける事もあるが、ほとんどはルイーズ一人で出掛けている。
ルイーズは社交的な人だが、それにしても誘いが多い。
一度目の時には、わたしは時折にしか侯爵家を訪れていなかったので、
全く気付いていなかった。
ルイーズが出掛けている間、わたしはピアノを弾かせて貰ったり、
刺繍や繕い物をしたり、侯爵家の図書室で文献を読んだり、
散歩をして過ごした。
散歩の延長で、《聖なる泉》にも毎日の様に通っていた。
泉を見ていると、心が洗われ考えも明るくなった。
わたしは泉に祈りを捧げた。
本当は教会に通っていた時の様に、掃除や手入れをしたかったのだが、
泉の周囲はいつも綺麗なので、庭師が手入れをしているのだろう。
わたしは見つけた落ち葉を拾い、片付ける位だった。
その日は、短く刈られた草の中に、四つ葉のクローバーを見つけた。
幸運の象徴だ。
それと同時に、わたしの頭に、リアムの顔が浮かんだ。
わたしはそれを慎重に摘み取り、ポケットに忍ばせ、館に戻った。
部屋ではクロエが待ち受けていた。
クロエは散歩には付いて来ない、尤も、最初の内は何度か
他の使用人が付いて来ていたが、ただの散歩なので、その後は監視される事も無かった。
「ただいま戻りました。
クロエ、読書をしたいので、暫く一人にして貰えますか?」
クロエは半ば嘲る様な表情で、「はい」と答えると、部屋を出て行った。
だが、あまり長くなると、何か用事をみつけて部屋に入って来るだろうという事は、
これまでの生活から分かっていた。
わたしは机の引き出しから用紙を取り出し、クローバーを挟んだ。
そして、一冊の厚い本の中に挟み、引き出しに仕舞った。
他の本を手にし、ソファに座って読んでいると、扉が叩かれた。
「ジスレーヌ様、御茶はいかがですか?」
この場合、『お茶の準備をしてきた』という意味で、
わたしが断ると無駄にしてしまう事になる。
「頂きます」
わたしが答えると、扉が開き、メイドがワゴンを押し、入って来た。
メイド二人は、無言で紅茶を淹れ、
ケーキスタンドをテーブルに置き、皿やケーキナイフを並べていく。
クロエは一歩離れ、それを見張っている。
一度目の時には、わたしもクロエの様に、厳しい目でメイドの動向を見て、
粗を探したものだった…
「ありがとう、とても良い香りね、ケーキも美味しそう」
わたしが微笑み掛けると、メイド二人は目を丸くし、少しだけうれしそうな顔をし、
頭を下げた。
「用が済んだら直ぐに戻りなさい!」
クロエが厳しい口調で言ったので、メイドたちは逃げる様に部屋を出て行った。
そんな風に言わなくてもいいのに…メイドたちは怯えていたわ。
わたしはつい、批難の目をクロエに向けたが、彼女の表情は『忌々しい』といった風だった。
「ごめんなさい、クロエ、どうしても感謝を言いたかったの、許してね」
「使用人ですので、感謝等、必要ありません」
「わたしは侯爵家の者ではないので、必要でしょう。
あなたにも感謝しています、クロエ、いつも有難う」
「使用人は皆、主人に従っているだけですので、感謝は要りません」
クロエは厳として言った。
確かに、忠誠心は厚そうだ。
「それでは、侯爵と侯爵夫人にも、感謝をお伝えしましょう」
わたしは話を纏め、香りの良い紅茶を飲んだ。
◇◇
わたしはリアムに手紙を書き、用紙に張り付けたクローバーを同封した。
この手紙は、どうしてもリアムに届けたかったので、
わたしは『両親の様子を見に行く』という名目で、
三日程、ローレン伯爵家に戻らせて貰う事にした。
急な帰宅だったが、両親は歓迎してくれ、侯爵家での事をあれこれと聞きたがった。
わたしは両親を安心させる為にも、良い事を並べたてた。
勿論、期待はさせない様にしなくてはいけない。
「侯爵も侯爵夫人も、館の皆様も、大変良くして下さいます。
リアム様はボエムドゥーに勉強に行っています、一年近く戻れないそうです」
「リアム様がおられないのは残念だな。
だがその間、おまえもしっかり侯爵家に馴染める様、努めるのだぞ」
「あなたなら大丈夫よ、ジスレーヌ!
それより、不足しているものは無い?パーティにも出席する事があるでしょう?
あなたはドレスをあまり持っていないし、この機会に何着か新調した方がいいわ、
直ぐに仕立て屋を呼びましょう!」
「パーティはあまり無いから、今ある物で十分です」
「いいえ、ドレスは必要よ!今はあなたにとって大切な時ですもの!
美しく着飾って、《次期侯爵夫人》に相応しいと言わせるのよ!」
母の目は爛々と輝いているが、何処かルイーズに似て見え、わたしは反発していた。
「わたしは財力を見せ付ける様な、華美な着飾り方はしたくありません。
それが《侯爵夫人》なのでしたら、わたしには似合わないわ。
わたしにはやはり修道女の方が似合うと…」
「止めて頂戴!」
母の悲鳴で、わたしは言葉を止めた。
「ああ、ジスレーヌ!そんな事は言わないで頂戴!
あなたは、《侯爵夫人》になりたくないの?あなたはこれがどれだけ凄い事か、
分かっていないのよ!」
耳を塞ぎたくなる中、父がやんわりと母を止めてくれた。
「気持ちは分かるが…ローズ、ジスレーヌに押し付けてはいかんよ。
ジスレーヌの言う通りだ、傲慢で高飛車な《侯爵夫人》などおまえらしくない。
おまえはおまえが思う《侯爵夫人》を目指しなさい。
きっと、慈悲深い、上品な《侯爵夫人》になるよ」
「あなた!ジスレーヌが《侯爵夫人》になれなかったら、どうするの!?」
「それなら、侯爵に見る目が無かったという事だ。
そうなったとしても、私はおまえを誇りに思うよ、ジスレーヌ」
父がわたしを抱擁してくれ、わたしは思わず涙ぐみ、抱きしめ返した。
「ありがとう、お父様…」
「分かりました、それなら、上品なドレスを一着だけ作りましょう!」
母はまだ諦めていなかったが、妥協してくれたので、わたしも頷いた。
「お母様、ありがとう!」
◇
両親とお茶をした後、自分の部屋に戻り、寛いでいた所、兄が訪ねて来た。
「ジスレーヌ、急だな、何かあったのか?」
兄だけは、それを怪しんでいた。
兄は聡明で、いつもわたしを正してくれるが、流石にルイーズの事は話せない。
「三月以上も戻っていないんだもの、心配で様子を見に来ただけよ」
「それならいいが、上手くやってるのか?何か困った事があれば言えよ」
「侯爵家の人たちは皆、良い方たちだから、大丈夫よ。
お兄様は、リアム様がボエムドゥーへ行かれている事は知っている?」
「いや、初耳だ、リアムはそんな遠くへ行っているのか?」
「ええ、ボエムドゥーの領主が親戚関係にあって、勉強させて貰う事になったの」
「へー、それじゃ、戻って来るまで話は進みそうにないな」
わたしが「そうね」と返すと、兄は「おや?」と言う顔をし、ニヤリと笑った。
「おお?おまえもやっぱり、リアムに落ちたか?」
「わたしは『そうね』と言っただけよ?どうして、そんな風に思ったの?」
わたしは内心の焦りを隠す為、怖い顔をし兄を睨んだ。
兄は構わず、ニヤニヤとして答えた。
「最初、おまえはこの縁談を断りたがっていただろう?
それなら、『そうね』なんて言わないさ、『そうね』って言う事は、
おまえがこの縁談を受け入れているって証拠だよ」
全く、謎の理論だ。
わたしは肩を竦め、頭を振った。
「それで、お兄様たちの方は?結婚の話は進んでいるの?」
話を変えようと出した話題に、兄は相貌を崩し、デレデレとした。
「ああ、結婚式は六月に決まった、おまえも出席してくれるだろう?」
「ええ、勿論よ!楽しみだわ!」
「けど、その前に、おまえの誕生日だな」
兄に言われ、わたしは自分の誕生日が三月先に来る事を思い出した。
「誕生日の前には帰って来るだろう?母さんが色々準備してるぞ!」
「準備?誕生日は、まだまだ先よ?」
「三月なんてあっという間さ、そうだ、何か欲しい物あるか?」
一度目の時、わたしは兄に宝飾品を強請った気がする。
勿論、それを頼む気は無い。今のわたしに必要なのは…
「それでは…《大聖女マリアンヌ》の生涯が書かれた本を、探して頂けますか?」
あの日、神父から借りた本がわたしのバイブルだったが、
月日が流れる間に、やはり記憶は薄れていく。
自分が道を見失わない様に、見失った時には読み返せる様、手元に置きたいと思った。
「《大聖女マリアンヌ》か、分かった探してみる。
けど、おまえは侯爵家に行っても、変わらないなー」
悪い意味かと、わたしはギクリとしたが、兄の表情は優しかった。
兄は子供にする様に、わたしの頭をポンポンと叩いた。
「安心したよ、おまえはそのままがいい___」
そして、わたしに会うと、見せ付けるかの様に、髪飾りを付けた左側を向く。
「お兄様から手紙は着た?」
ジェシカが大きな目を見開き、口角を上げる。
それは獲物を狙っているかの様で、感じの良いものでは無かったが、
わたしは気にしない様に努め、微笑み返した。
「いいえ、リアム様は休暇で行かれたのではないし、お忙しいのでしょう」
「あら!婚約者候補に手紙を書く位の時間はあるわよ!
だって、あたしに手紙を書く時間はあるんだもの!そうでしょう?」
「それでは、わたしから手紙を書いてみます、宛先を教えて頂けますか?」
これは予想外だったのか、ジェシカはギョッとした。
「何で、あたしが!?」
「リアム様からのお手紙に、宛先も書かれていたのではありませんか?
わたしは詳しい行先を聞いていませんでしたので、教えて頂けると助かるのですが…」
「残念だけど、手紙は燃やしちゃったわ!」
「まぁ…手紙は取っておかれないのですか?」
「全部頭に入ってるから、取っておく必要なんてないわ!」
「ジェシカ様は賢いのですね」
わたしが褒めると、ジェシカは口元を引き締め、逃げる様に去って行った。
その後もジェシカは、髪飾りを見せ付けて来たが、リアムの名は出さなくなった。
手紙の事を当て擦られずに済み、わたしの気持ちも随分楽になった。
わたしは本当に、リアムに手紙を書いた。
だが、自分の想いを知られる訳にはいかないので、他人行儀なものになってしまった。
【ボエムドゥーには無事に着かれたでしょうか?】
【そちらはいかがですか?お元気にされていますか?】
【何か困られていませんか?】
【こちらは変わりありません】
【わたしの事はご安心下さい】
【立派な侯爵となれる様、ご存分に励まれて下さい】
その様な事だ。
宛先はクロエを通して聞き、手紙もクロエに渡したので、もしかすると、
リアムの元には届かないかもしれない___
そんな風に疑う自分が嫌だったが、クロエは何かとルイーズに報告しに行っているので、
やはり信用するのは難しかった。
◇◇
館に来て、三月も経つと、ルイーズはわたしを茶会に連れて行く事は完全に無くなった。
パーティにも声が掛かる事は少なくなった。
ルイーズ自身は、毎日の様に昼間は出掛けていて、夜に居ない事も増えた。
夫である侯爵と出掛ける事もあるが、ほとんどはルイーズ一人で出掛けている。
ルイーズは社交的な人だが、それにしても誘いが多い。
一度目の時には、わたしは時折にしか侯爵家を訪れていなかったので、
全く気付いていなかった。
ルイーズが出掛けている間、わたしはピアノを弾かせて貰ったり、
刺繍や繕い物をしたり、侯爵家の図書室で文献を読んだり、
散歩をして過ごした。
散歩の延長で、《聖なる泉》にも毎日の様に通っていた。
泉を見ていると、心が洗われ考えも明るくなった。
わたしは泉に祈りを捧げた。
本当は教会に通っていた時の様に、掃除や手入れをしたかったのだが、
泉の周囲はいつも綺麗なので、庭師が手入れをしているのだろう。
わたしは見つけた落ち葉を拾い、片付ける位だった。
その日は、短く刈られた草の中に、四つ葉のクローバーを見つけた。
幸運の象徴だ。
それと同時に、わたしの頭に、リアムの顔が浮かんだ。
わたしはそれを慎重に摘み取り、ポケットに忍ばせ、館に戻った。
部屋ではクロエが待ち受けていた。
クロエは散歩には付いて来ない、尤も、最初の内は何度か
他の使用人が付いて来ていたが、ただの散歩なので、その後は監視される事も無かった。
「ただいま戻りました。
クロエ、読書をしたいので、暫く一人にして貰えますか?」
クロエは半ば嘲る様な表情で、「はい」と答えると、部屋を出て行った。
だが、あまり長くなると、何か用事をみつけて部屋に入って来るだろうという事は、
これまでの生活から分かっていた。
わたしは机の引き出しから用紙を取り出し、クローバーを挟んだ。
そして、一冊の厚い本の中に挟み、引き出しに仕舞った。
他の本を手にし、ソファに座って読んでいると、扉が叩かれた。
「ジスレーヌ様、御茶はいかがですか?」
この場合、『お茶の準備をしてきた』という意味で、
わたしが断ると無駄にしてしまう事になる。
「頂きます」
わたしが答えると、扉が開き、メイドがワゴンを押し、入って来た。
メイド二人は、無言で紅茶を淹れ、
ケーキスタンドをテーブルに置き、皿やケーキナイフを並べていく。
クロエは一歩離れ、それを見張っている。
一度目の時には、わたしもクロエの様に、厳しい目でメイドの動向を見て、
粗を探したものだった…
「ありがとう、とても良い香りね、ケーキも美味しそう」
わたしが微笑み掛けると、メイド二人は目を丸くし、少しだけうれしそうな顔をし、
頭を下げた。
「用が済んだら直ぐに戻りなさい!」
クロエが厳しい口調で言ったので、メイドたちは逃げる様に部屋を出て行った。
そんな風に言わなくてもいいのに…メイドたちは怯えていたわ。
わたしはつい、批難の目をクロエに向けたが、彼女の表情は『忌々しい』といった風だった。
「ごめんなさい、クロエ、どうしても感謝を言いたかったの、許してね」
「使用人ですので、感謝等、必要ありません」
「わたしは侯爵家の者ではないので、必要でしょう。
あなたにも感謝しています、クロエ、いつも有難う」
「使用人は皆、主人に従っているだけですので、感謝は要りません」
クロエは厳として言った。
確かに、忠誠心は厚そうだ。
「それでは、侯爵と侯爵夫人にも、感謝をお伝えしましょう」
わたしは話を纏め、香りの良い紅茶を飲んだ。
◇◇
わたしはリアムに手紙を書き、用紙に張り付けたクローバーを同封した。
この手紙は、どうしてもリアムに届けたかったので、
わたしは『両親の様子を見に行く』という名目で、
三日程、ローレン伯爵家に戻らせて貰う事にした。
急な帰宅だったが、両親は歓迎してくれ、侯爵家での事をあれこれと聞きたがった。
わたしは両親を安心させる為にも、良い事を並べたてた。
勿論、期待はさせない様にしなくてはいけない。
「侯爵も侯爵夫人も、館の皆様も、大変良くして下さいます。
リアム様はボエムドゥーに勉強に行っています、一年近く戻れないそうです」
「リアム様がおられないのは残念だな。
だがその間、おまえもしっかり侯爵家に馴染める様、努めるのだぞ」
「あなたなら大丈夫よ、ジスレーヌ!
それより、不足しているものは無い?パーティにも出席する事があるでしょう?
あなたはドレスをあまり持っていないし、この機会に何着か新調した方がいいわ、
直ぐに仕立て屋を呼びましょう!」
「パーティはあまり無いから、今ある物で十分です」
「いいえ、ドレスは必要よ!今はあなたにとって大切な時ですもの!
美しく着飾って、《次期侯爵夫人》に相応しいと言わせるのよ!」
母の目は爛々と輝いているが、何処かルイーズに似て見え、わたしは反発していた。
「わたしは財力を見せ付ける様な、華美な着飾り方はしたくありません。
それが《侯爵夫人》なのでしたら、わたしには似合わないわ。
わたしにはやはり修道女の方が似合うと…」
「止めて頂戴!」
母の悲鳴で、わたしは言葉を止めた。
「ああ、ジスレーヌ!そんな事は言わないで頂戴!
あなたは、《侯爵夫人》になりたくないの?あなたはこれがどれだけ凄い事か、
分かっていないのよ!」
耳を塞ぎたくなる中、父がやんわりと母を止めてくれた。
「気持ちは分かるが…ローズ、ジスレーヌに押し付けてはいかんよ。
ジスレーヌの言う通りだ、傲慢で高飛車な《侯爵夫人》などおまえらしくない。
おまえはおまえが思う《侯爵夫人》を目指しなさい。
きっと、慈悲深い、上品な《侯爵夫人》になるよ」
「あなた!ジスレーヌが《侯爵夫人》になれなかったら、どうするの!?」
「それなら、侯爵に見る目が無かったという事だ。
そうなったとしても、私はおまえを誇りに思うよ、ジスレーヌ」
父がわたしを抱擁してくれ、わたしは思わず涙ぐみ、抱きしめ返した。
「ありがとう、お父様…」
「分かりました、それなら、上品なドレスを一着だけ作りましょう!」
母はまだ諦めていなかったが、妥協してくれたので、わたしも頷いた。
「お母様、ありがとう!」
◇
両親とお茶をした後、自分の部屋に戻り、寛いでいた所、兄が訪ねて来た。
「ジスレーヌ、急だな、何かあったのか?」
兄だけは、それを怪しんでいた。
兄は聡明で、いつもわたしを正してくれるが、流石にルイーズの事は話せない。
「三月以上も戻っていないんだもの、心配で様子を見に来ただけよ」
「それならいいが、上手くやってるのか?何か困った事があれば言えよ」
「侯爵家の人たちは皆、良い方たちだから、大丈夫よ。
お兄様は、リアム様がボエムドゥーへ行かれている事は知っている?」
「いや、初耳だ、リアムはそんな遠くへ行っているのか?」
「ええ、ボエムドゥーの領主が親戚関係にあって、勉強させて貰う事になったの」
「へー、それじゃ、戻って来るまで話は進みそうにないな」
わたしが「そうね」と返すと、兄は「おや?」と言う顔をし、ニヤリと笑った。
「おお?おまえもやっぱり、リアムに落ちたか?」
「わたしは『そうね』と言っただけよ?どうして、そんな風に思ったの?」
わたしは内心の焦りを隠す為、怖い顔をし兄を睨んだ。
兄は構わず、ニヤニヤとして答えた。
「最初、おまえはこの縁談を断りたがっていただろう?
それなら、『そうね』なんて言わないさ、『そうね』って言う事は、
おまえがこの縁談を受け入れているって証拠だよ」
全く、謎の理論だ。
わたしは肩を竦め、頭を振った。
「それで、お兄様たちの方は?結婚の話は進んでいるの?」
話を変えようと出した話題に、兄は相貌を崩し、デレデレとした。
「ああ、結婚式は六月に決まった、おまえも出席してくれるだろう?」
「ええ、勿論よ!楽しみだわ!」
「けど、その前に、おまえの誕生日だな」
兄に言われ、わたしは自分の誕生日が三月先に来る事を思い出した。
「誕生日の前には帰って来るだろう?母さんが色々準備してるぞ!」
「準備?誕生日は、まだまだ先よ?」
「三月なんてあっという間さ、そうだ、何か欲しい物あるか?」
一度目の時、わたしは兄に宝飾品を強請った気がする。
勿論、それを頼む気は無い。今のわたしに必要なのは…
「それでは…《大聖女マリアンヌ》の生涯が書かれた本を、探して頂けますか?」
あの日、神父から借りた本がわたしのバイブルだったが、
月日が流れる間に、やはり記憶は薄れていく。
自分が道を見失わない様に、見失った時には読み返せる様、手元に置きたいと思った。
「《大聖女マリアンヌ》か、分かった探してみる。
けど、おまえは侯爵家に行っても、変わらないなー」
悪い意味かと、わたしはギクリとしたが、兄の表情は優しかった。
兄は子供にする様に、わたしの頭をポンポンと叩いた。
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