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10章 ガリ地蔵
10-5 遺言
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「乳ローさん。さっき、号泣してましたね」
「そんなの知らねーな」
強がっていたので笑ってしまった。右手は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「ナンパ鬱病をこじらせて情緒不安定になっていたんだろう。ほんと怖いな、ナンパ鬱病ってやつは」
言い訳が繰り出されてきたので、「ふーん」と言っておいた。
「あ、あの綺麗な女をナンパしてくるわぁ」
「バカ、やめろよ。ここは斎場だぞ。しかも、ガリさんの葬式なのに」
「俺に『バカ』とは、いい根性してるじゃねぇか」
「え、いや、その……」
「まぁいい。お前はホントわかってねぇよな。ガリの葬式だから、ナンパするんじゃねぇか。それが、ガリにとっての最良の供養だろ」
「いや、確かに……。って、さすがに場はわきまえましょうよ」
「そもそも、俺が喪服フェチなのを知らねぇの?」
「知らないっすよ、そんなこと」
「お前は相変わらずパッパラパーで、何にもわかっちゃいねぇな。だから、ナンパがうまくならねぇんだよ。喪服ってのは女の淫靡な色気を最大限に引き出すんだよ。どうだ見てみろ。萌えねぇか?」
「死者を冒涜する行為に見えますよ」
「ナンパが一番の供養だと言ってんだろ。このすっとこどっこい」
と言うと、改めて女を物色し始めた。
すっとこどっこいって言いたいだけだろ。ったく、もう……。
「おい。あっちの喪主を見てみろ」
見てみると、右手に持ったハンカチをきゅっと握り締めて悲しみを堪えている。
「三十五歳専業主婦子ども一人未亡人決定と言ったところだろう。『これから先の人生をまだまだ夫と共に歩もうと思っていたのにどうしよう……。路頭に迷うかもしれない……。でも、今日はお葬式だから、最後まで良き妻として勤め上げなければいけない』といった気丈な表情をしてるだろ。そんな表情を喪服は引き立たせるだけでなく悲しげな色気をも上手に醸し出すんだよ。あれに萌えない男は男じゃねぇよ。よし、あれに声をかけてくるわぁ」
「お、おい、やめろよ」
確かに乳ローの視線の先にいる喪服の未亡人は美しく見えたが、そんなことはどうでも良かった。これから、どうしよう。ガリさんがいなければ、ナンパ祭は終わってしまうしな。
「グリーンさん」
振り向くと、そこには爽やかな子凛の笑顔があった。もちろん、肩にはちょこんと妖精が座っている。その後ろにはねじ、十太、まあさ、末吉、チャルミー、クリック、グース、ヒロの姿があり、その後方には、大祭にいたナンパ師のほとんどがいた。さすが、ガリさん。しかし、皆、シャレにならないほど落ち込んでいる。
――ナンパ祭はグリーンに任せるわぁ。曲のある奴らばかりやけど何とか頑張ってくれ。
そんな遺言を勝手に残されても困るんだよなぁ。これという彼女もできちゃったし、そもそも一番ヘタな俺に務まるわけがないじゃん。どうしよう……。
不満げな表情をしながら乳ローが戻ってきた。
「声をかけたんですか?」
「声をかける寸前に夫のことで何かを思い出したのか、泣き始めてしまい無理だった。ちくしょう。しかし、あの涙でより萌えてしまったぜ」
喪服だけど、ま、いっか。決めた。一度限りということで。
「皆、聞いて!」
「どうしたんだよ、グリーン」
「これから、皆で渋谷に行ってナンパをしましょう」
「お、お前、さっきまで死者を冒涜するとか何やかんやと言ってたじゃねぇかよ……」
「だって、ガリさんの葬式なんだぜ。ナンパが一番の供養に決まってんじゃん」
「そうだそうだ!」「OK!」「やろうやろう!」「最高!」「お前の言う通りだ!」という声があちこちから聞こえる。
「てめぇ、この野郎。さっき俺が言ったセリフを寸分違わずパクリやがって……」
「ガリ・ガリ・ガリ・ガリ」
誰かがガリさんの名前を連呼し始めると、まあさがくねくね踊りながら声を荒げ始めた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
誰もが、そのまあさの叫び声に負けないように被せてきた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
大祭では取り残された俺も、自然に落ちてくる涙をぬぐいながら、今度は皆と一緒に声を張り上げて叫び続けた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
その掛け声は、これで最後にしたくない想いを乗せていつまでもいつまでも天国にいるガリさんに向けて響き続けた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
「そんなの知らねーな」
強がっていたので笑ってしまった。右手は包帯でぐるぐる巻きにされている。
「ナンパ鬱病をこじらせて情緒不安定になっていたんだろう。ほんと怖いな、ナンパ鬱病ってやつは」
言い訳が繰り出されてきたので、「ふーん」と言っておいた。
「あ、あの綺麗な女をナンパしてくるわぁ」
「バカ、やめろよ。ここは斎場だぞ。しかも、ガリさんの葬式なのに」
「俺に『バカ』とは、いい根性してるじゃねぇか」
「え、いや、その……」
「まぁいい。お前はホントわかってねぇよな。ガリの葬式だから、ナンパするんじゃねぇか。それが、ガリにとっての最良の供養だろ」
「いや、確かに……。って、さすがに場はわきまえましょうよ」
「そもそも、俺が喪服フェチなのを知らねぇの?」
「知らないっすよ、そんなこと」
「お前は相変わらずパッパラパーで、何にもわかっちゃいねぇな。だから、ナンパがうまくならねぇんだよ。喪服ってのは女の淫靡な色気を最大限に引き出すんだよ。どうだ見てみろ。萌えねぇか?」
「死者を冒涜する行為に見えますよ」
「ナンパが一番の供養だと言ってんだろ。このすっとこどっこい」
と言うと、改めて女を物色し始めた。
すっとこどっこいって言いたいだけだろ。ったく、もう……。
「おい。あっちの喪主を見てみろ」
見てみると、右手に持ったハンカチをきゅっと握り締めて悲しみを堪えている。
「三十五歳専業主婦子ども一人未亡人決定と言ったところだろう。『これから先の人生をまだまだ夫と共に歩もうと思っていたのにどうしよう……。路頭に迷うかもしれない……。でも、今日はお葬式だから、最後まで良き妻として勤め上げなければいけない』といった気丈な表情をしてるだろ。そんな表情を喪服は引き立たせるだけでなく悲しげな色気をも上手に醸し出すんだよ。あれに萌えない男は男じゃねぇよ。よし、あれに声をかけてくるわぁ」
「お、おい、やめろよ」
確かに乳ローの視線の先にいる喪服の未亡人は美しく見えたが、そんなことはどうでも良かった。これから、どうしよう。ガリさんがいなければ、ナンパ祭は終わってしまうしな。
「グリーンさん」
振り向くと、そこには爽やかな子凛の笑顔があった。もちろん、肩にはちょこんと妖精が座っている。その後ろにはねじ、十太、まあさ、末吉、チャルミー、クリック、グース、ヒロの姿があり、その後方には、大祭にいたナンパ師のほとんどがいた。さすが、ガリさん。しかし、皆、シャレにならないほど落ち込んでいる。
――ナンパ祭はグリーンに任せるわぁ。曲のある奴らばかりやけど何とか頑張ってくれ。
そんな遺言を勝手に残されても困るんだよなぁ。これという彼女もできちゃったし、そもそも一番ヘタな俺に務まるわけがないじゃん。どうしよう……。
不満げな表情をしながら乳ローが戻ってきた。
「声をかけたんですか?」
「声をかける寸前に夫のことで何かを思い出したのか、泣き始めてしまい無理だった。ちくしょう。しかし、あの涙でより萌えてしまったぜ」
喪服だけど、ま、いっか。決めた。一度限りということで。
「皆、聞いて!」
「どうしたんだよ、グリーン」
「これから、皆で渋谷に行ってナンパをしましょう」
「お、お前、さっきまで死者を冒涜するとか何やかんやと言ってたじゃねぇかよ……」
「だって、ガリさんの葬式なんだぜ。ナンパが一番の供養に決まってんじゃん」
「そうだそうだ!」「OK!」「やろうやろう!」「最高!」「お前の言う通りだ!」という声があちこちから聞こえる。
「てめぇ、この野郎。さっき俺が言ったセリフを寸分違わずパクリやがって……」
「ガリ・ガリ・ガリ・ガリ」
誰かがガリさんの名前を連呼し始めると、まあさがくねくね踊りながら声を荒げ始めた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
誰もが、そのまあさの叫び声に負けないように被せてきた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
大祭では取り残された俺も、自然に落ちてくる涙をぬぐいながら、今度は皆と一緒に声を張り上げて叫び続けた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
その掛け声は、これで最後にしたくない想いを乗せていつまでもいつまでも天国にいるガリさんに向けて響き続けた。
「ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!ガリ!」
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