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2章 乳ロー
2-2 乳ロー
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ガリさんはセンター街を進んでいったので俺もついていった。四つ角を右に曲がり、少し歩いていくと、座っていた男が立ち上がりガリさんに向けて手を上げた。
その男の身長は185センチ以上はありそうで見上げる高さだ。背が高いだけじゃなく足も長い。その足の長さをさらに引き立たせるような、細身のラインが美しい紺のストレートデニムを穿いている。裾を見つめると、黒いブーツが太陽の光で反射していた。
足下からてっぺんに一気に視線を移す。少し長めな明るい茶髪に、軽目な内巻きと外はねを無造作に織りまぜた髪型をしていて、その髪型に負けない、目鼻立ちがハッキリした美しい顔をしている。年は俺よりちょっと上の二十代後半ぐらいに見える。
質が良いのか、白いシャツが上品で眩しい。その白さを際立たせるような自然で健康的な浅黒い肌が見える。暑いのか、外れたのか、お洒落なのかわからないが、上からボタンが二つ外れている。ボタンの奥には、革紐で通されたシルバーの小さなクロスペンダントが、よく鍛え抜かれた厚みのある胸板の上で小さく揺れていて、左手首に目を移すと、一目で根が張りそうだとわかる時計が巻かれていた。
「乳ロー、調子はどうや?」
ちちろー。変わったニックネームだと思った。彼は右手で髪を掻き上げながら喋り始めた。
「アホか。この俺が調子悪いことなんて一度もなかっただろ。今日もすでに即ってきた」
吐き捨てるように言われたガリさんの顔を見ると、明らかに辟易した表情をしている。
「相変わらずの挨拶だな、お前は」
乳ローの掻き上げた髪がゆっくり戻ってくる。その戻る様子と、ガリさんの顔を交互に見ながら訊いてみた。
「『そくってきた』ってどういう意味ですか?」
確実に、空気が一瞬止まった。おそらく、この空気を止めた犯人は俺なのだろう。頭皮に汗が突然浮かび上がり、滑り落ちたと思ったら頬を通過して一気に地面に落下した。
「グリーン、そんなことも知らんのか。少しはナンパを勉強してこいや。後で教えてやるよ」
少し呆れられながらも柔和な視線を注がれ、最後にはいつもの笑顔に戻った。
「はい、すいません。ありがとうございます」
それとは反対に、乳ローからは心臓を一突きされるほどの氷のような冷たい視線を感じた。
「ガリさん、このチビ誰よ」
そりゃ、あんたに比べればだいぶ背が低いけれども、170センチはあるからそこまで低くはない。
「グリーンっていうねん。ナンパは初めてだから優しく教えてあげてな」
ガリさんは乳ローの冷たい視線に気づいたのか、それを溶かすような温かい眼差しで諭すように言った。しかし、その氷は一切溶けなかった。
「イヤだね。こいつと絡んでも得るものは何もなさそうだからな」
その氷を溶かそうと俺も努力した。
「キツイっすね……。乳ローさんはかなり背が高いですし、イケメンなんでナンパがうまそうですね」
「俺がイケメンなのは当たり前。しかし、ブサイクだなぁ、お前。久しぶりに見たわ。ここまでのブサイク」
「うっ」
氷のような視線は白い煙を出し始め、ドライアイスに変わってしまった。
「っていうか、いきなりイケメンとか言うってことは、お前ゲイだな? ゲイを差別する気なんて更々ねぇしむしろ美しい男は大歓迎だが、お前みてぇな醜いダニ男はお断りだ。臭くて鼻が曲がるから俺の目の前からとっとと消えてくれ」
「ダ、ダニおとこって……」
「四の五の言うんじゃねぇ。フったんだから、今すぐマッハで立ち去れ。さぁ、鼻が取れる前に光速で消えろ!」
ドライアイスのような視線で心が火傷してしまった。
な、なんで褒めただけなのに、こんなに言われなければならないんだ。しかも、告白してないのにフラれるなんて……。
「グリーン、あまり気にすんな。こいつは人を斬るように言い放つ奴なんや。ただ、人の心が全くわかっていないところが難点っちゅうか……」
ガリさんを見ると、唇を横に伸ばし、時折波立たせるような動きをしながら困っている。
「うるせぇよ、ガリ。どんな女にも声をかけるハイエナ野郎が」
「ハイエナ!?」
あの伝説のナンパ師であるガリさんが言葉を失っている。ハイエナの一言で一蹴するとは……。
「俺様にコンプラインアンスなんて求めるんじゃねぇよ! ネット炎上、上等だ!ゴルァ!」
「あ、はい……」
困り果てたガリさんは、乳ローの腕を取り、軽く送り出すように両手で背中を押しながら「わかったわかった。もう、お前は邪魔だからナンパしに行ってこいや!」と言った。
「ハイハイ、新人研修ご苦労様。じゃ、巡回に行ってくるわ。飲みに行くときは連絡してくれよ」
最後の言葉や表情には、微かに可愛らしさが漂っていた。
「わかったよ、この寂しがり屋が」
乳ローは、女を惹きつけるようなセクシーな香水の匂いをうっすらと残しながら人混みの中に消えていった。
「あいつと絡むとホンマに疲れるわぁ。ほな、そこの自販機で飲み物を買うてくるからちょっと座って待っててな」
「わかりました」
ガリさんはロフトの方に歩いていった。
西武百貨店A館の北口玄関辺りの建物の側面は、長椅子のように座れるつくりになっている。俺はそこに座って街並みを見渡した。ロフトの入口付近では人が多くいるが、俺の周りは閑散としている。すぐ立つと、日射しの当たるところまで歩き、緊張を紛らすために太陽に向けて大きく伸びをした。
その男の身長は185センチ以上はありそうで見上げる高さだ。背が高いだけじゃなく足も長い。その足の長さをさらに引き立たせるような、細身のラインが美しい紺のストレートデニムを穿いている。裾を見つめると、黒いブーツが太陽の光で反射していた。
足下からてっぺんに一気に視線を移す。少し長めな明るい茶髪に、軽目な内巻きと外はねを無造作に織りまぜた髪型をしていて、その髪型に負けない、目鼻立ちがハッキリした美しい顔をしている。年は俺よりちょっと上の二十代後半ぐらいに見える。
質が良いのか、白いシャツが上品で眩しい。その白さを際立たせるような自然で健康的な浅黒い肌が見える。暑いのか、外れたのか、お洒落なのかわからないが、上からボタンが二つ外れている。ボタンの奥には、革紐で通されたシルバーの小さなクロスペンダントが、よく鍛え抜かれた厚みのある胸板の上で小さく揺れていて、左手首に目を移すと、一目で根が張りそうだとわかる時計が巻かれていた。
「乳ロー、調子はどうや?」
ちちろー。変わったニックネームだと思った。彼は右手で髪を掻き上げながら喋り始めた。
「アホか。この俺が調子悪いことなんて一度もなかっただろ。今日もすでに即ってきた」
吐き捨てるように言われたガリさんの顔を見ると、明らかに辟易した表情をしている。
「相変わらずの挨拶だな、お前は」
乳ローの掻き上げた髪がゆっくり戻ってくる。その戻る様子と、ガリさんの顔を交互に見ながら訊いてみた。
「『そくってきた』ってどういう意味ですか?」
確実に、空気が一瞬止まった。おそらく、この空気を止めた犯人は俺なのだろう。頭皮に汗が突然浮かび上がり、滑り落ちたと思ったら頬を通過して一気に地面に落下した。
「グリーン、そんなことも知らんのか。少しはナンパを勉強してこいや。後で教えてやるよ」
少し呆れられながらも柔和な視線を注がれ、最後にはいつもの笑顔に戻った。
「はい、すいません。ありがとうございます」
それとは反対に、乳ローからは心臓を一突きされるほどの氷のような冷たい視線を感じた。
「ガリさん、このチビ誰よ」
そりゃ、あんたに比べればだいぶ背が低いけれども、170センチはあるからそこまで低くはない。
「グリーンっていうねん。ナンパは初めてだから優しく教えてあげてな」
ガリさんは乳ローの冷たい視線に気づいたのか、それを溶かすような温かい眼差しで諭すように言った。しかし、その氷は一切溶けなかった。
「イヤだね。こいつと絡んでも得るものは何もなさそうだからな」
その氷を溶かそうと俺も努力した。
「キツイっすね……。乳ローさんはかなり背が高いですし、イケメンなんでナンパがうまそうですね」
「俺がイケメンなのは当たり前。しかし、ブサイクだなぁ、お前。久しぶりに見たわ。ここまでのブサイク」
「うっ」
氷のような視線は白い煙を出し始め、ドライアイスに変わってしまった。
「っていうか、いきなりイケメンとか言うってことは、お前ゲイだな? ゲイを差別する気なんて更々ねぇしむしろ美しい男は大歓迎だが、お前みてぇな醜いダニ男はお断りだ。臭くて鼻が曲がるから俺の目の前からとっとと消えてくれ」
「ダ、ダニおとこって……」
「四の五の言うんじゃねぇ。フったんだから、今すぐマッハで立ち去れ。さぁ、鼻が取れる前に光速で消えろ!」
ドライアイスのような視線で心が火傷してしまった。
な、なんで褒めただけなのに、こんなに言われなければならないんだ。しかも、告白してないのにフラれるなんて……。
「グリーン、あまり気にすんな。こいつは人を斬るように言い放つ奴なんや。ただ、人の心が全くわかっていないところが難点っちゅうか……」
ガリさんを見ると、唇を横に伸ばし、時折波立たせるような動きをしながら困っている。
「うるせぇよ、ガリ。どんな女にも声をかけるハイエナ野郎が」
「ハイエナ!?」
あの伝説のナンパ師であるガリさんが言葉を失っている。ハイエナの一言で一蹴するとは……。
「俺様にコンプラインアンスなんて求めるんじゃねぇよ! ネット炎上、上等だ!ゴルァ!」
「あ、はい……」
困り果てたガリさんは、乳ローの腕を取り、軽く送り出すように両手で背中を押しながら「わかったわかった。もう、お前は邪魔だからナンパしに行ってこいや!」と言った。
「ハイハイ、新人研修ご苦労様。じゃ、巡回に行ってくるわ。飲みに行くときは連絡してくれよ」
最後の言葉や表情には、微かに可愛らしさが漂っていた。
「わかったよ、この寂しがり屋が」
乳ローは、女を惹きつけるようなセクシーな香水の匂いをうっすらと残しながら人混みの中に消えていった。
「あいつと絡むとホンマに疲れるわぁ。ほな、そこの自販機で飲み物を買うてくるからちょっと座って待っててな」
「わかりました」
ガリさんはロフトの方に歩いていった。
西武百貨店A館の北口玄関辺りの建物の側面は、長椅子のように座れるつくりになっている。俺はそこに座って街並みを見渡した。ロフトの入口付近では人が多くいるが、俺の周りは閑散としている。すぐ立つと、日射しの当たるところまで歩き、緊張を紛らすために太陽に向けて大きく伸びをした。
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