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2章 乳ロー

2-3 ガリ総長の講義【①ナンパとは】

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 ガリさんは、珈琲の缶を両手に一つずつ持って戻ってきた。
「ほら、飲めや」
 渡された珈琲を素早く開けて、喉の奥に流し込んだ。水分が体内の隅々まで染み渡るのを感じ、思っていたよりも喉が渇いていたことに気づく。ガリさんは隣に座り、一口飲んでから大きく息を吐いた。
「他の奴らはまだ来ないと思うし、グリーンはナンパについて何にも知らんみたいやから軽く説明してやるよ」
 一気に珈琲を飲み干し、缶を地面に置いた。
「ナンパと言うても、車を使うならばカーナン、クラブでやるならクラナン、カフェでやるならカフェナン、ネットで求めるならばネトナン、学園祭でやるなら学ナンと様々あるし、やり方もそれぞれちゃう。ワイが専門でやってるのはストリートナンパ、略してストナンや」
「はい、自分はストナンが一番面白そうだと思いました。なんてったって、街中の全ての女性が対象であり、その中で自分の好みのに声をかけられますもんね」
「せやな。それがストナンのええところ。しかし、ナンパの中でストナンが一番ハードルが高いんや。せやから鍛えられるわけだし、それに伴って、オスとしての魅力もグングン増すんやで」
 ガリさんはポケットからタバコを取り出し、右手で弄んでいたジッポーで火をつけた。
「ストナンに限らず、ナンパには専門用語がある。まず声をかけてうまくいくと、カフェやファーストフードや漫画喫茶やカラオケに連れ出すわけや。これを、『連れ出し』という。しかし、おなごに時間がなければ連絡先交換だけで終わることがある。その連絡先交換のことを『LINEゲット(1L、2L)』や『TMG』、もしくは、番号ゲットを略して『番ゲ』というたりすんねん」
「TMG。フランスの新幹線みたいな名前ですね」
「アホちゃう。確かにちょっと似てるがそれはTGVやろ。TMGとは、テレフォンメールゲットを略している言葉なんや。せやから、電話番号のゲットだけならTG。メールのゲットだけならMG。ちなみに、自分の連絡先を教えて返答を待つ方法は、ブーメランというんやで」
「でも、メールって平成時代の通信手段ですし、死語ですよね?」
「早々に老害扱いか?」
「いえいえ! そういうわけではありませんが……」
「ナンパ人の生き字引として歴史を紐解いて説明してんねん! ま、確かに過去の遺物になってしまったのは事実やけどな」
 空になった珈琲の缶の中に灰を落としている。缶の中に落ちなかった灰が、ふわりと風に揺られながら一枚ずつ地面に落ちていく。蟻は何かの食べ物と勘違いしたのか持ち帰ろうとしている。
「前回、モヤイ像前で連絡先交換してたやろ」
「はい。彼女、時間なさそうでしたよね」
「せやな。連絡先交換をしておけば関係性を持続することができるし、彼女が無理でもコンパに繋げることができる。せやから、連絡先交換をちゃんとしておくことは大事なことなんやで」
「で、そのとは、その後どうなったのですか」
「ゲスナンパ師用語で説明するならば、次の日アポって準即したで」
「『じゅんそく』って何ですか。さっきも『そく』って言ってましたけど」
「即と言うのは、ナンパした日に最後までいくことを指す。準即と言うのは、一回目のデートで最後までいくことを指す。二回目のデートならば準々即や……。しかし、ワイは女性蔑視に感じられてゲスナンパ師用語が好きではないねん」
「最後ってSEXってことですよね!」
 ガリさんは「血眼になってSEXなんて言わんといてや。なんか、恥ずかしくなってきたやろ」と言うとむせてしまった。何度か咳払いをした後、気持ちを沈めるように煙を深く吸い込んだ。
 その煙が吐き出されると、ゆっくりと上空に舞っていった。それを静かに追っていくと、いつの間にか上空を眺めていて、その中心には一筋のひこうき雲が流れていた。
「次は声かけのスタイルや。直説法と間接法があんねん。直接法とは、明らかにナンパだとわかるスタイルを指す。わかりやすく言うと、『よっ。姉ちゃん、チャー行かへん』みたいな感じやねん」
 上空のひこうき雲から段々と視線を下げていくと、タバコの煙に薄く覆われているガリさんを発見したので探るように見つめた。
「ガリさんは、関西出身なんですか」
「せや。ナンパするときは相手によって関西弁と標準語を使い分けてる。ワイはバイリンガルや、バイリンガルやで!」
「あっ、はい……」                                
「次に間接法だが、その名の通り間接的な声かけや。わかりやすく言うと、『よっ。姉ちゃん、渋谷のハチ交ってどこにあるか教えてくれへん?』ってな感じやねん。『場所き』や『道き』ともいわれる。欧米では昔から愛用されている古典的手法なんやで」
「ガリさんはどちらのやり方なんですか」
「ワイは、その場の状況によって使い分けるやり方や。ナンパを極めていきたいならば、最終的には臨機応変なアドリブ能力が鍵になるんやで」
 タバコを地面ですりつぶすと、缶の中に入れた。そして、手の平と拳を当ててパチンと鳴らした。
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