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(4)ローレリア視点
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ローレリアは仕方がないと思った。
ウィスタリアが「大精霊」と契約を交わせばまた季節は巡るだろうと言われているのに、姉は頑として首を縦には振らない。
王家やブルーム伯爵家は手を変え品を変え、情に訴えかけ、泣き落としをしようとし、また脅しかけたりした様子だが、ウィスタリアの意思は変わらなかった。
ローレリアは、ウィスタリアの言を信じてはいなかった。
下の姉はきっと、己の身かわいさに嘘を弄して「大精霊」の契約から逃れようとしているに違いないと思った。
しかしローレリアからすると、それは意外だった。
ウィスタリアはハッキリ言って、伯爵家からは冷淡な扱いをされている。
同母姉のオリヴィアでさえ、ウィスタリアを疎ましく思っていることを隠そうとしない。
けれどもウィスタリアはそれに抗議する気概もなければ、涙を見せるような可愛げもない。
だからずっとローレリアはウィスタリアを意志薄弱な意気地なしだと思っていた。
しかしウィスタリアが自己主張をし始めれば、それはそれでローレリアには生意気に映った。
これまでの伯爵家での扱いのように、唯々諾々と王命に従えばいいのに、こういうときだけよくわからない抵抗を見せる。
ウィスタリアは意気地なしに加えて、馬鹿なのだとローレリアは思った。
だから、馬鹿が痛い目を見るのは仕方のないことだと思った。
丁寧に言葉を重ねても、少しもウィスタリアの心に響きはしないのならば、乱暴な実力行使という手を使われても、仕方がないと思った。
「ウィスタリア・ブルームヘイヴン」
堂々たる態度の美貌の貴公子は、まさに王室に名を連ねる王子そのひとで、「『大精霊の愛し子』を妃に」と打診をされた際に名が出たアルバートであった。
王子は自らの背と同じくらいの、あどけない顔をしてはいるが青年に差し掛かっている――ジニオの首筋に短剣の切っ先を突きつけていた。
ローレリアの異母兄であり、ブルーム伯爵家唯一の男児であるジニオは、その無垢な言動から「知恵遅れ」と囁かれていた。
今だって、アルバート王子に短剣の先を向けられてるというのに、ブルーグレーの瞳をまん丸にしてぼんやりとしているだけだ。
ローレリアは、ウィスタリア同様に兄のジニオのことは好きではなかった。
まずなにを考えているかわからないし、そもそもジニオは双子の姉のウィスタリアにしか興味がなく、また彼女のそば以外ではしばしば奇行に走ることがあり、ローレリアはできる限りこの兄とは同じ部屋にいたくなかった。
だから、王宮へ上がった際に、アルバート王子からジニオを人質にして、ウィスタリアに言うことを聞かせる、という計画を持ちかけられたときにも、ローレリアは特に躊躇はしなかった。
仕方がないと思ったからだ。
アルバート王子の憂国の念に少なからず感銘を受けたこともあったが、美貌の王子の歓心を買いたいという気持ちも当然あった。
それに、いい計画だと思ったのだ。
ウィスタリアは、「大精霊」と契約をすれば身も心もひとつになって永遠を生きる、と言った。
ウィスタリアがブルーム伯爵家からいなくなるのは、ローレリアは賛成だった。
不甲斐ない下の姉がいなくなれば、せいせいすると思った。
そしてこの国も助かる。いいこと尽くしだ。
アルバート王子はその救国への熱心さゆえに、父王からウィスタリアとの接触を諫められていた。
それでも、いや、だからこそ、アルバート王子は意気込み強く、ウィスタリアを説得してやろうという気概にあふれている。
ローレリアはそんなアルバート王子がウィスタリアに「鉢合わせ」られるよう、宮殿の中庭を使った。
ウィスタリアとジニオを無理矢理に散歩に誘い出して、そこに「偶然」アルバートが出くわす――。
アルバート王子に持ちかけられたのは、そういう計画だった。
ジニオを人質にするとは、聞いていなかった。でも、仕方がないと思った。
ウィスタリアが馬鹿みたいに強情だから、アルバート王子だってやりたくもない蛮行へと及ぶしかなかったのだ。
ローレリアはそう考えた。
「おやめください、殿下」
ウィスタリアを監視するためにつけられていた警護の騎士や侍女たちは、相手が王子という身分のためか、困惑した様子で成り行きを見守ることしかできない様子だった。
ウィスタリアだけが冷静で、ローレリアは計画になかった王子の行動に少なからず動揺したし、ジニオはまったく事態を理解していない顔をしている。
「私は本気だ。今すぐ『大精霊』と契約し、季節を巡らせるのだ! 『愛し子』としての責務を果たせ!」
気持ちが昂っているのか、アルバート王子は顔をほのかに赤くし、声を張り上げる。
対するウィスタリアは相変わらず、無表情で、無感情的な目をしていた。
それでもアルバート王子が、ぐっと短剣の切っ先を先ほどよりも少しジニオの首筋に近づけると、ウィスタリアも余裕を失い始めたようだった。
「おやめください、アルバート殿下。ジニオに危害を加えても、決してよい結果にはなりません」
「私とてこのような野蛮な行為は避けたいところであったが……そなたがいつまで経っても『大精霊』と契約しないのが悪いのだ」
「……『大精霊の愛し子』は、『大精霊』に愛されている人間、という以上の意味を持ちません」
「ええい。いったい何度言い訳を弄すれば気が済むのだ!?」
「言い訳ではありません」
「口答えばかりするのではなく、行動でもって示して見せよ!」
「……私に今使えるのは、言葉しかありません。殿下、これまでも申してきたとおり、『大精霊』と契約すればすべてが上手くいく、などという都合のいいことは起こり得ません」
なおウィスタリアは努めて平静に反論するが、逆にアルバート王子の声には熱がこもっていった。
「そなたの弟の首が落ちても、『大精霊』と契約はしないと申すか」
「おやめください、殿下」
「二度は言わぬ! 『大精霊』と契約せよ、ウィスタリア・ブルームヘイヴン!」
アルバート王子が握る短剣の切っ先が、ジニオの首の皮一枚に沈み込み、小さな血の球が浮いた。
「おやめください!」
ローレリアは、ウィスタリアが声を張り上げたことにおどろいた。
生まれたときからずっと同じ屋敷で育った姉妹だったが、ローレリアはこれまでウィスタリアが大声を出すところを見たことがなかったのだ。
「殿下、後生ですから、それだけはおやめください。ジニオは……」
「そなたの弟の命運は、そなたが握っておるのだ。再度申し渡す。ウィスタリア・ブルームヘイヴン、『愛し子』としての責務を果たせ」
ウィスタリアは何度かめをしばたたかせた。
それから痛みに耐えるような顔でうなだれ、消え入りそうな声でひとことだけこういった。
「……承知、いたしました……」
ウィスタリアが「大精霊」と契約を交わせばまた季節は巡るだろうと言われているのに、姉は頑として首を縦には振らない。
王家やブルーム伯爵家は手を変え品を変え、情に訴えかけ、泣き落としをしようとし、また脅しかけたりした様子だが、ウィスタリアの意思は変わらなかった。
ローレリアは、ウィスタリアの言を信じてはいなかった。
下の姉はきっと、己の身かわいさに嘘を弄して「大精霊」の契約から逃れようとしているに違いないと思った。
しかしローレリアからすると、それは意外だった。
ウィスタリアはハッキリ言って、伯爵家からは冷淡な扱いをされている。
同母姉のオリヴィアでさえ、ウィスタリアを疎ましく思っていることを隠そうとしない。
けれどもウィスタリアはそれに抗議する気概もなければ、涙を見せるような可愛げもない。
だからずっとローレリアはウィスタリアを意志薄弱な意気地なしだと思っていた。
しかしウィスタリアが自己主張をし始めれば、それはそれでローレリアには生意気に映った。
これまでの伯爵家での扱いのように、唯々諾々と王命に従えばいいのに、こういうときだけよくわからない抵抗を見せる。
ウィスタリアは意気地なしに加えて、馬鹿なのだとローレリアは思った。
だから、馬鹿が痛い目を見るのは仕方のないことだと思った。
丁寧に言葉を重ねても、少しもウィスタリアの心に響きはしないのならば、乱暴な実力行使という手を使われても、仕方がないと思った。
「ウィスタリア・ブルームヘイヴン」
堂々たる態度の美貌の貴公子は、まさに王室に名を連ねる王子そのひとで、「『大精霊の愛し子』を妃に」と打診をされた際に名が出たアルバートであった。
王子は自らの背と同じくらいの、あどけない顔をしてはいるが青年に差し掛かっている――ジニオの首筋に短剣の切っ先を突きつけていた。
ローレリアの異母兄であり、ブルーム伯爵家唯一の男児であるジニオは、その無垢な言動から「知恵遅れ」と囁かれていた。
今だって、アルバート王子に短剣の先を向けられてるというのに、ブルーグレーの瞳をまん丸にしてぼんやりとしているだけだ。
ローレリアは、ウィスタリア同様に兄のジニオのことは好きではなかった。
まずなにを考えているかわからないし、そもそもジニオは双子の姉のウィスタリアにしか興味がなく、また彼女のそば以外ではしばしば奇行に走ることがあり、ローレリアはできる限りこの兄とは同じ部屋にいたくなかった。
だから、王宮へ上がった際に、アルバート王子からジニオを人質にして、ウィスタリアに言うことを聞かせる、という計画を持ちかけられたときにも、ローレリアは特に躊躇はしなかった。
仕方がないと思ったからだ。
アルバート王子の憂国の念に少なからず感銘を受けたこともあったが、美貌の王子の歓心を買いたいという気持ちも当然あった。
それに、いい計画だと思ったのだ。
ウィスタリアは、「大精霊」と契約をすれば身も心もひとつになって永遠を生きる、と言った。
ウィスタリアがブルーム伯爵家からいなくなるのは、ローレリアは賛成だった。
不甲斐ない下の姉がいなくなれば、せいせいすると思った。
そしてこの国も助かる。いいこと尽くしだ。
アルバート王子はその救国への熱心さゆえに、父王からウィスタリアとの接触を諫められていた。
それでも、いや、だからこそ、アルバート王子は意気込み強く、ウィスタリアを説得してやろうという気概にあふれている。
ローレリアはそんなアルバート王子がウィスタリアに「鉢合わせ」られるよう、宮殿の中庭を使った。
ウィスタリアとジニオを無理矢理に散歩に誘い出して、そこに「偶然」アルバートが出くわす――。
アルバート王子に持ちかけられたのは、そういう計画だった。
ジニオを人質にするとは、聞いていなかった。でも、仕方がないと思った。
ウィスタリアが馬鹿みたいに強情だから、アルバート王子だってやりたくもない蛮行へと及ぶしかなかったのだ。
ローレリアはそう考えた。
「おやめください、殿下」
ウィスタリアを監視するためにつけられていた警護の騎士や侍女たちは、相手が王子という身分のためか、困惑した様子で成り行きを見守ることしかできない様子だった。
ウィスタリアだけが冷静で、ローレリアは計画になかった王子の行動に少なからず動揺したし、ジニオはまったく事態を理解していない顔をしている。
「私は本気だ。今すぐ『大精霊』と契約し、季節を巡らせるのだ! 『愛し子』としての責務を果たせ!」
気持ちが昂っているのか、アルバート王子は顔をほのかに赤くし、声を張り上げる。
対するウィスタリアは相変わらず、無表情で、無感情的な目をしていた。
それでもアルバート王子が、ぐっと短剣の切っ先を先ほどよりも少しジニオの首筋に近づけると、ウィスタリアも余裕を失い始めたようだった。
「おやめください、アルバート殿下。ジニオに危害を加えても、決してよい結果にはなりません」
「私とてこのような野蛮な行為は避けたいところであったが……そなたがいつまで経っても『大精霊』と契約しないのが悪いのだ」
「……『大精霊の愛し子』は、『大精霊』に愛されている人間、という以上の意味を持ちません」
「ええい。いったい何度言い訳を弄すれば気が済むのだ!?」
「言い訳ではありません」
「口答えばかりするのではなく、行動でもって示して見せよ!」
「……私に今使えるのは、言葉しかありません。殿下、これまでも申してきたとおり、『大精霊』と契約すればすべてが上手くいく、などという都合のいいことは起こり得ません」
なおウィスタリアは努めて平静に反論するが、逆にアルバート王子の声には熱がこもっていった。
「そなたの弟の首が落ちても、『大精霊』と契約はしないと申すか」
「おやめください、殿下」
「二度は言わぬ! 『大精霊』と契約せよ、ウィスタリア・ブルームヘイヴン!」
アルバート王子が握る短剣の切っ先が、ジニオの首の皮一枚に沈み込み、小さな血の球が浮いた。
「おやめください!」
ローレリアは、ウィスタリアが声を張り上げたことにおどろいた。
生まれたときからずっと同じ屋敷で育った姉妹だったが、ローレリアはこれまでウィスタリアが大声を出すところを見たことがなかったのだ。
「殿下、後生ですから、それだけはおやめください。ジニオは……」
「そなたの弟の命運は、そなたが握っておるのだ。再度申し渡す。ウィスタリア・ブルームヘイヴン、『愛し子』としての責務を果たせ」
ウィスタリアは何度かめをしばたたかせた。
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