ひとでなしの声

やなぎ怜

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(3)ローレリア視点

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 ローレリアは、家族のだれもが息を呑んだのがわかった。ローレリアも、例外ではなかった。

 唯一泰然としていたのは国王夫妻と――「大精霊の愛し子」と呼ばれた、当の姉、ウィスタリアだけだった。

 その態度は泰然というよりも、平然と言ったほうが正しいかもしれない。

 いっそ不敬なほどにウィスタリアは、無表情で、無感情的で、おどろきも微笑みもしなかった。

 しかし国王は統治者たる堂々とした態度で、まったくの無反応としか言いようのないウィスタリアに語りかける。

「そなたが『大精霊』と契約を交わせば、また季節が巡り始めるであろう。そなたには、『大精霊』が見えておるか?」

 ウィスタリアはなにかを考えるかのようにゆっくりとまばたきをしたあと、「はい」と答えた。

 いつもの覇気のない声とは違ったものの、ローレリアにはそれが非常に固いものに聞こえた。

 ローレリアは、衝撃から戻ってきて、少し腹立たしい気持ちになった。

 国王夫妻を前にして、少しも恐縮しないウィスタリアを恥ずかしいとさえ思った。

 そしてなんでこんな女がわたしの姉のひとりなのだろうと思った。

 王室は「大精霊の愛し子」を王子アルバートの妃に迎えたいらしいが、ローレリアには姉にとうてい、王子妃という大役が務まるようには見えなかった。

「恐れながら陛下、しかし私は『大精霊』とは契約はできません」

 ウィスタリアがとんでもないことを言い出したので、ローレリアは父と母の顔がさっと青白くなったのを見た。

 上の姉のオリヴィアなどは、ウィスタリアの恐れを知らぬ言葉に、心底肝を冷やした様子だった。

 ローレリアは、思わずウィスタリアをにらみつけるようにして見たが、彼女はまっすぐに対面する国王へと目を向けている。

 一瞬、痛いほどの沈黙がおりたが、すぐに国王が口を開いた。

「――それは、なにゆえにだ?」
「……『大精霊』と契約をした『愛し子』は、身も心も『大精霊』のものとなります。そして『大精霊』とひとつの存在となり、永遠の時間を生きることになります。それは――不幸なことです」

 ブルーム伯爵家の面々は、また呆気に取られた。

 ウィスタリアの発言は、我が身かわいさに出たようにしか、聞こえなかった。

 この国の未来よりも、己個人のほうが大切なのだと言っているも同然だった。

 今度こそ、国王夫妻も呆気に取られた。

「ウィスタリア・ブルームヘイヴン。貴女はこの国よりも自分自身を優先するのですか?」

 王妃の声は震えていた。それは怒りゆえかどうかまでは、ローレリアには末恐ろしくて推察することなど叶わなかった。

 しかしウィスタリアだけは、ひとつも恐れる様子などなく、まっすぐに背筋を伸ばし、国王夫妻を見つめていた。

「いいえ。『大精霊』と契約をしないことは、この国のためでもあります」
「なにを馬鹿な――」
「……これ以上なにをおっしゃられようと、私の意思は変わりません」
「ウィスタリア!」

 とうとうウィスタリアたちの父、ブルーム伯爵が声を上げた。

 叱責するような鋭い声を浴びせかけられても、やはりウィスタリアは怯える様子など見せない。

 それどころか実の父であるブルーム伯爵には一瞥もくれず、ただ正面に座す国王夫妻を見るばかりだ。

「なにを馬鹿なことを言っているんだ!」

 父が怯えと怒りをにじませた声を絞り出しても、ウィスタリアは平然としている。

 国王は左手を軽く前に出し、いきり立つブルーム伯爵を制した。

「……そなたは『大精霊』が見えるのだな?」
「はい」
「では『大精霊』に季節を巡らせるよう、説得することは叶わぬか?」
「……『大精霊』は私たち人間とは思考の流れや、心の構造が違うと見受けられます」
「ほう?」
「私に、説得はできないと思います。それに」

 ウィスタリアは一度言葉を切った。

「……いえ。ただ、『大精霊』と契約をしないという選択を取るのは、私の弱さゆえです。私は――恥を晒したくはないのです」

 国王は当然、ウィスタリアの言葉の真意を問いただそうとしたが、彼女は答えなかった。

 ただ、「『大精霊』と契約をしない」こと、「季節が巡らずとも人間は生きている」「陛下の手腕であればそれは可能である」ということを主張した。

 後者の弁は、ローレリアにはウィスタリアの保身のためのおべっかにしか聞こえなかった。

 ウィスタリアは「大精霊」と契約をしたくないがために、そうやっておべんちゃらを言って役目から逃れようとしているのだ。

 ローレリアには、そうとしか思えなかった。

「ウィスタリア・ブルームヘイヴン」

 国王は、どこか無機質な瞳でウィスタリアの名を呼んだ。

「しばらく宮殿に滞在しなさい。ここで生きる者たちを見れば、そなたの気も変わるであろう」

 声音は威厳がありつつも柔らかかったが、それは事実上の、国王直々の軟禁宣告であった。

 ウィスタリアはそれをわかっているのかいないのか、またゆっくりと目をしばたたかせてから、口を開いた。

「……陛下のご命令とあらば。しかし、私からひとつお願いしたいことが」
「言うてみよ」

「弟のジニオを呼んでください」
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